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くり返されるプール飛び込み事故 底に激突 頭頸部の重度障害 まずは保健体育の指導の見直しから

内田良名古屋大学大学院教育発達科学研究科・教授
悪意のない「垂直飛び込み禁止」をどう回避できるのか・・・

■忘れ去られた事故 いまも・・・

6月も下旬に入り、全国各地の学校で、プールの授業が開始されている。また水泳部活動でも、プールを利用したトレーニングが活気づいている。

そのプールにかかわる重大事故のなかで、「忘れ去られた事故」とでもよぶべきものがある。スタート台やプールサイドからの飛び込みによる事故である。飛び込んだ直後に、プールの底に頭部を打ち付け、脳損傷や頸髄損傷を負い、重度の麻痺を残したり、死に至ったりする。

「飛び込み事故」というと、スポーツ事故に関心のある方は、「それって昔のことでしょ?」と反応する。じつは私自身もそうだった。だが、各種スポーツ活動における頭頸部の障害事例を整理するなかで、いまもなおプールでの飛び込み事故がくり返されているということが見えてきたのだ

■過去31年間に169件の障害事故、うち151件が頭頸部

昨年の7月、N市立中学校の保健体育の授業において、2年生の男子生徒が、水深1.2mのプールでスタート台(高さ約25cm)から飛び込みをした際に、プール底に激突するという事故が起きた。生徒は救急搬送されたものの、首の骨を折っていて、首より下が麻痺するという事態になった。

プール底に頭部が激突し、頸髄・頸椎を損傷(武藤芳照、1982『水泳の医学』ブックハウスHD)
プール底に頭部が激突し、頸髄・頸椎を損傷(武藤芳照、1982『水泳の医学』ブックハウスHD)

日本スポーツ振興センター刊『学校の管理下の災害』を過去にさかのぼって事例を抽出すると、1983-2013年度の過去31年間に、学校管理下のプールにおける飛び込みにより、後遺障害を負った事故が計169件起きている。そのほとんどがプールの底に激突したことによるものである。くれぐれもこれは、「負傷」ではなくて「障害」の事故である。事態は深刻である。

そしてその169件のうち、もっとも重大な事態と考えられる「頭頸部」の外傷に起因する事故が151件(89.3%)を占める。以下、この頭頸部の障害事故について、概要をみていきたい。(全169件の具体的な事故事例概要については、13ページにわたるPDF資料を、私が運営するウェブサイト「学校リスク研究所」に無料で公開している。)

■保健体育でも部活動でも

飛び込みによる頭頸部の障害は、長期的には減少傾向にあるものの、2000年以降でみると2000-2006の7年間が18件(年2.6件)、2007-2013の7年間が20件(年2.9件)と事故が減らないまま(むしろ増加傾向とさえ言える)今日に至っている。

活動別にみると、保健体育科の74件(49.0%)に加えて水泳部活動でも48件(31.8%)の事例が確認できる【注1】。部活動でも事故が起きているということは、一定の飛び込み技術があったとしても、重大事故が起きてしまうということである。

■保健体育と部活動の相違点――学年別の事故件数

中学校/高校における学年別の件数(保健体育)
中学校/高校における学年別の件数(保健体育)

事故の多い中学校と高校に関して、学年別にみてみると、保健体育と部活動には大きなちがいがある。保健体育では、中学校と高校いずれにおいても学年があがるにつれて件数が増えている。

これは、「段階的な指導」により、上級学年で飛び込みが取り入れられてきたことによるものと考えられる。つまり、素人の生徒が、上級学年で飛び込みにチャレンジして、事故に遭っているのである。

中学校/高校における学年別の件数(部活動)
中学校/高校における学年別の件数(部活動)

一方、水泳部活動では、中学校も高校も、学年による明確な差は見出しにくい【注2】。そもそも保健体育にくわえて部活動でも障害事故が起きているということは、飛び込みの技術があったとしても事故に遭う。実際に部活動を学年別にみても、学年差に関係なく事故が起きている。

■事故は避けられない宣言?!

飛び込み事故は、冒頭で述べたように、古くから水泳関係者に認識されている、プールの典型的な事故である【注3】。それゆえ、たびたびその問題が指摘されてきたし、さまざまな対策もとられてきた。

たとえば、日本水泳連盟は「プール水深とスタート台の高さに関するガイドライン」(2005年)において、飛び込みが認められる具体的な基準を定めている。だが、じつはそこには、驚くべき説明が記載されている。

しかし、これは「絶対的な安全基準」という性格ではなく、現実的な妥協点とも言うべきものである。したがって、本ガイドライン通りの設定で実施した飛び込みのスタートであっても、陸上、水中での姿勢・動作等の要因が複合すれば、プール底に頭部を強打して、飛び込み事故が起こるのも事実である。

出典:日本水泳連盟「プール水深とスタート台の高さに関するガイドライン」(2005年)

つまり、現行のプール環境(とくに水深)では、適切な飛び込み方であれば問題ないが、飛び込み時に姿勢を崩してしまえば、事故が起こりうるというのである。それを、連盟が公式に認めているのである。

■保健体育での飛び込み指導は必要か?

日本体育施設協会水泳プール部会「水泳プールの安全管理マニュアル 改訂第5版」
日本体育施設協会水泳プール部会「水泳プールの安全管理マニュアル 改訂第5版」

右の図は、日本体育施設協会が推奨する飛び込み事故防止の「注意書きプレート」である。体育であれ部活動であれ、好き好んで垂直に飛び込む生徒などほとんどいないはずだ。適切な方法で飛び込もうとしたけれども、姿勢を崩してしまったその先に、激突が待っているのである。「垂直飛び込み禁止」はたしかに注意喚起にはなるけれども、だからといって簡単にやめられるものでもない。

文部科学省の現行の「学習指導要領」では、いまでも高校の保健体育科では、「飛び込みによるスタート」が「段階的な指導」のなかに含まれている。また先述したN市の重度障害事故に関しては、中学校では飛び込みが禁止されているにもかかわらず、飛び込みが指導されて、重大事故が起きてしまった。少なくともまずは、学校の体育の授業において、はたして飛び込みの指導は必要なのか、再考すべきである。

飛び込み事故は、事故の実態からその発生メカニズムならびに事故防止策まで、まだまだ検証し論じるべきことが多くある。引き続きこのヤフーニュース「リスク・リポート」において、問題を訴えていきたい。

注1) 一部、別の部活動の生徒が練習等でプールを利用し障害を負った事例が含まれる。

注2) 高校では学年とともに減少傾向にあるとも読めるが、1件ずつの差であるため、そのように断言することは難しい。なお、中学校と高校のちがいについては、それぞれの水泳部員数を考慮したより詳細な議論が必要であるため、ここでは言及しない。

注3) プールの事故をとりまとめた名著として、有田一彦『あぶないプール』(三一書房、1997年)がある。

名古屋大学大学院教育発達科学研究科・教授

学校リスク(校則、スポーツ傷害、組み体操事故、体罰、自殺、2分の1成人式、教員の部活動負担・長時間労働など)の事例やデータを収集し、隠れた実態を明らかにすべく、研究をおこなっています。また啓発活動として、教員研修等の場において直接に情報を提供しています。専門は教育社会学。博士(教育学)。ヤフーオーサーアワード2015受賞。消費者庁消費者安全調査委員会専門委員。著書に『ブラック部活動』(東洋館出版社)、『教育という病』(光文社新書)、『学校ハラスメント』(朝日新聞出版)など。■依頼等のご連絡はこちら:dada(at)dadala.net

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