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緊急特集 「安全な組体操」を求めて:【座談会1】賛成/反対はもう古い!みんなで考えよう 組体操の意義

内田良名古屋大学大学院教育発達科学研究科・教授
座談会 ~組体操指導の権威と 問題を追う記者に聞く~

座談会(1) 組体操に賛成/反対はもう古い! みんなで考えよう組体操の意義

・荒木達雄(日本体育大学 教授)

・細川暁子(東京新聞 記者)

・内田良(名古屋大学 准教授)

■組体操指導の権威と 問題を追う記者に聞く

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組体操の危険性が知られていくなかで、組体操の全廃を選択する自治体も出てきた。

はたして、「安全な組体操」を模索することはできないのだろうか。組体操の意義とはそもそもどこにあるのだろうか。組体操指導の権威と、問題を追い続ける記者との対談を通して、そのあるべき姿を考えた。

この座談会は、4/29(金)に配信した「【映像資料】組体操の専門家 荒木教授から学ぶ」と合わせて企画したものである。映像資料に示した実践をおこなうに先だって、まずもって今日の組体操問題をどのように理解しておくべきか(本記事)、そして安全に指導するためのコツとは何か[5/4(水)配信予定:学校の先生 必読!「安全指導」7つのポイント]について、意見を交換した。

<前回記事>

■組体操の専門家 荒木氏「パンドラの箱を開ける」

筆者が今年2月に発表した記事「全廃か存続か 『安全な組体操』の可能性を探る」
筆者が今年2月に発表した記事「全廃か存続か 『安全な組体操』の可能性を探る」
  • 内田:2014年の春に学校の組体操[注]が問題視されてから、約2年が経ちました。その過程で世論は、組体操に「賛成/反対」の両極に分断されていきました。そして、賛成の人は巨大な組み方が大好きで、反対の人、つまり僕のような立場は組体操を全否定していると理解されてきました。そこには、賛成と反対の間の議論が不在でした。もう、両極にわかれてケンカをするのはやめましましょう。学校関係者や保護者を含め私たち大人は、巨大組体操でもなく全廃でもない、「安全な組体操」の具体的可能性について検討すべきだと、僕は考えます。
  • さて、荒木先生は今年の2月以降、さまざまなメディアで、「安全な組体操」の具体的方法を発信してきました。その背景を教えていただけますでしょうか。
荒木達雄氏(日本体育大学 教授)
荒木達雄氏(日本体育大学 教授)
  • 荒木:組体操・組立体操関連の記事はいろいろと読んできましたが、これまでは静観の立場をとってきました。体操の専門家が口を出すと、インパクトが強すぎるからです。いまは「パンドラの箱」を開けちゃったような感じで、情報を発信しています。
  • 内田:荒木先生が2年前の時点でご発言をしていたら、当時は「賛成/反対」という議論でしたので、先生は巨大化賛成派に括られていたかもしれません。だから、本当にベストのタイミングでご発言を始めたように僕は感じています。
  • 荒木:これだけ騒がれるとなると、専門的な意見もやっぱり出していかないといけない。どう判断すべきかを具体的に示さないと、みんなが迷ってしまうと思いました。
  • 内田:リスク論からすると、そもそもゼロリスクなんてありえない。大事なのは、高いリスクをいかに減らすかです。その具体的なアイデアを、荒木先生から、ご提示いただければと考えています。

■行政からの問い合わせは「なし」

低い段数での組体操[日本体育大学体操研究室『体操教本』]
低い段数での組体操[日本体育大学体操研究室『体操教本』]
  • 内田:荒木先生がパンドラの箱を開けることになったきっかけは、行政が組体操のあり方に積極的に介入してきたということもあるのでしょうか?
  • 荒木:そうですね。行政が、いちばんわかってないんです、はっきり言って。だからわれわれ専門家から意見するしかないかなと。
  • 細川:厳しいご指摘ですね。先生のところに、これまで国や自治体から何らかの問い合わせはありましたか? それと、3月25日の文科省の通知については、率直にどう感じられましたか?
  • 荒木行政からの問い合わせは、ないです。これだけ情報発信をしても、何もないです。そして、文科省の通知を読んでも、そこには具体的なことは何も書かれてないですよね。当たり障りのない文書という印象です。「これはだめ、これはいい」ということまでは、判断できなかったんじゃないでしょうか。

■「10段は論外」 低い段数でも危険

10段のピラミッドでは、高さは7m、土台の最大負荷は200kgに達する
10段のピラミッドでは、高さは7m、土台の最大負荷は200kgに達する
  • 細川:荒木先生は、10段のピラミッドについて、どのようにお考えですか。たとえば組体操が盛んな兵庫県では昨年度、10段ピラミッドを実施した中学が3校あり、うち一人が骨折したことがわかっています。
  • 荒木10段は論外です。高さが7mに達するということ自体がおかしいです。でも、2mならいいのか。だって2mから落ちるのも危険ですよね。だから、低いものであっても、安全にできるのかどうか、そこから議論していくべきです。
初歩的な技として知られる「サボテン」[土台が荒木氏、上段が筆者]
初歩的な技として知られる「サボテン」[土台が荒木氏、上段が筆者]
  • 内田:このあたりの議論は、慎重さが必要です。肩車やサボテンといった低い段数の事故は、実際に多い。そこで巨大化を推進する先生たちは、「低い段数でも事故が起きるんだから、巨大なものを悪くいうのはまちがい」と主張します。そこが荒木先生と、決定的にちがうところです(「組体操 専門家の見解 分かれる」)。
  • 荒木:全然ちがいます。低い段数も危険だから、そこを丁寧に安全に教えることが大事です。

■組体操の取材続ける細川氏 「やめればいい」から「安全な組体操」へ

細川暁子氏(東京新聞 記者)
細川暁子氏(東京新聞 記者)
  • 内田:細川さんは東京新聞の記者として、NHK名古屋放送局の松岡康子記者と並んで、組体操の問題をずっと追い続けて記事もたくさん発表してきましたよね。取材を続けるなかで、荒木先生がパンドラの箱を開けたことの影響を含め、どのような変化をお感じでしょうか。
  • 細川:いままでの取材の目的は、危険性を周知して、国を動かして安全対策を促すことでした。教育委員会レベルでやっていては、各地でバラバラですし、対策をしないところもあるので、国を動かすことが目標でした。
  • 取材を始めた当初は私は、「そんなに危険なら、やめてしまえばいい」と正直なところ思っていました。それでも、内田先生が「ゼロリスクはありえない。高いリスクを低くすることが大事だ」とおっしゃっていたので、そういう考えもあるなと思うようになりました。
低い段数をいかに丁寧に安全に指導するか[日本体育大学体操研究室『体操教本』]
低い段数をいかに丁寧に安全に指導するか[日本体育大学体操研究室『体操教本』]
  • そして同じ時期に、今度は荒木先生が情報を発信するようになりました。荒木先生は「10段は論外」で小中学校では「ピラミッドは3段、タワーは2段まで」とはっきりとおっしゃってくださいました。体操の専門家が安全重視でそういうご発言をされたことから、全廃以外の選択肢として、「どれくらいなら安全にできるのか」ということに関心をもつようになりました。
  • 3月の通知では国が組体操の危険性を認めたわけで、その次の目標として、今度は「安全な組体操」の可能性を考え始めたわけです。自分も実際にやってみて、組体操の魅力をとおした安全教育の意義もわかりました。
  • 内田:現場で具体的な安全指導が可能ならばという条件付きで、組体操はあってもいいだろうという感覚ですよね。僕も同感です。

■「指導できないなら、やめたほうがいい」

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  • 荒木:私も、組体操や組立体操を単純に推奨しているわけではないんです。体操の専門家として「ぜひ、やってください」というものではない。もし学校教育に取り入れたいというのであれば、最低限これだけのことをちゃんと先生方が体験して勉強して、なおかつ安全を確保したうえで教えてくださいよ、と。それができなかったら逆にやめたほうがいいですよ。
  • 細川:だから、組体操そのものをやめた自治体も、それはそれで一つの選択であって、全廃したからといって、批判されるべきことでないと思うんです。それは、その自治体では安全な指導ができないと判断したということなんですよね。とくに千葉県のいくつかの自治体では、市教委が全廃にしますと勝手に決めたわけでなくて、校長会で話し合って、合意したうえで全廃を決めているので、それはそれで一つの選択肢だと私は思います。
  • 荒木:自分たちで話し合って組体操を取りやめたところは、それはそれでよい判断だったと私は思います。そして、組体操をやりたいのであれば、どういうふうにやるべきなのかというところを、ゼロから話し合うことが大事だと思います。

■組体操の体育的意義

筆者・内田良
筆者・内田良
  • 細川:「安全な組体操」というかたちで組体操を続けていくのだとしたら、じゃあなぜ組体操をやらなきゃいけないのか、という問いにたどり着きますよね。
  • 内田:組体操は、体育の時間に練習しているので、その体育的意義というのは何なのでしょう。荒木先生は、組体操の原点として「飛行機ごっこ」をあげられていますよね。人と人が体を組み合わせてバランスをとる、力の貸し借りを学ぶという意味では、赤ん坊を抱っこしたりおんぶしたりだとか、介護で被介護者の身体を動かしたりだとか、そういったものも、広い意味では組体操に入ってきますよね。実際に、荒木先生のご指導のもとで、先生と向き合って両手をつないで腰を徐々に下ろしていく組体操の体験はとても楽しかったし、身体の感覚としてとても不思議なものを感じ、学びました。まさに組体操の原点ですね。
組体操の原点「飛行機ごっこ」(『体育科教育』2016年5月号、17ページ)
組体操の原点「飛行機ごっこ」(『体育科教育』2016年5月号、17ページ)
両手をつないで腰を徐々に下ろしていく
両手をつないで腰を徐々に下ろしていく
  • 荒木:まず昔から言われている体育的な意義としては、グッと力を入れて身体を緊張させながら、バランス力や筋力を鍛えるということがあります。それにくわえて今日よく言われるのが、お互いに力を貸し借りしながら、相手をいかに安全なかたちで安定させるかということです。私はこれを一つの安全教育と言うこともできるのではないかと考えています。そういうプロセスを経ながら、最終的には造形美をつくっていくということになります。それが運動会や体育祭の演技で披露されるということです。「安全に組み合うことができているね、それをみんなに見てもらおうよ」というところが大事だったのでしょうが、でもそれが、「すごいねー!!」と言っているうちに、どんどんとエスカレートしてしまって、大きさや高さを求めるようになってしまった。

■「一体感」は本当にあるのか?

俵型4段の「ピラミッド」[頂点に細川氏、土台の中央左に筆者、荒木氏が側に立つ]
俵型4段の「ピラミッド」[頂点に細川氏、土台の中央左に筆者、荒木氏が側に立つ]
  • 細川:私は、組体操の事故にあった子どもたちを取材してきたこともあって、さきほども述べたように、「こんなに危ないことは、やらないほうがいい」と感じてきました。
  • だから、荒木先生との出会いは大きかったですよ。全廃以外の選択肢を考えるようになりました。荒木先生のご指導のもとで学生さんに交じって内田先生と私で、組体操を初体験したことも大きかったです。私は俵型の4段ピラミッドの頂点にのぼりました。グラグラ揺れて怖かった一方で、荒木先生が「いちばん上は笑って~、手をふって~」と緊張を和らげてくれて、けっこう楽しかったんです。どういうふうにバランスをとればいいかということも学びました。
  • でも逆に、内田先生は最下段の真ん中で苦しんでいて、上の私は笑っているんです。組体操では「一体感」が生まれるとよく言いますが、はたして「一体感」はあったのか。内田先生は、私がいちばん上にいるということさえ忘れて耐えていましたからね。
  • 荒木:一体感のことは、細川さんに言われて、「ああ、そうか」と私も思うようになってきました。われわれ体育の人たちは、全体を見てそれをバランスとして捉えて「一体感」というんですけど、実際の子どものポジションによって全然ちがう感覚をもっているかもしれないですよね。

■運動会は誰のため?

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  • 細川一体感というのは、見ている人が感じるものかもしれないですね。やっている子どもたちには、一体感はわからない。今回、文科省が出した通知の最初に書いてあるのが、組体操の狙いをはっきりさせなさいと。それがないのであればやめなさいぐらいのメッセージです。狙いが何なのか、その狙いを学校側が十分に理解していなかったことが重要な問題だと思います。
  • 荒木:そこは、指導者の盲点ですね。指導者自身は組体操を経験しないままに、ひたすら「がんばりなさい」と声かけをしてしまう。16年ほど前に小学校を訪問したとき、4段のタワーをやっていました。すると、土台の女の子たちが「背中痛い」と言っていて、泣いている子もいました。それには危機感をもちましたね。すぐに4巻組のDVDを作成して、安全で負荷の小さい方法を発信したのですが、現実には今日まで、専門的に洗練されていない組み方がずっと続いてきました。
  • 内田:これまで学校で実施されてきた組体操は、運動会で派手に演出することが最優先で、安全を第一にして、その範囲内で可能なものを考えるということがおろそかにされてきましたよね。保護者も地域住民も、巨大なもの、アクロバティックなものを観て喜んでいた。子どもたちは、「無料サーカス団」ではないのだから、私たち大人もこれまでの姿勢を猛省しなければなりません。名実ともに安全第一を基礎とするなかで、子どもたちが頑張る姿に私たちは拍手を送るべきです。

★緊急特集 「安全な組体操」を求めて <次回予告>

座談会 ~組体操指導の権威と 問題を追う記者に聞く~

▼座談会(2) 学校の先生 必読! 「安全指導」7つのポイント

→ 5/4(水)配信予定

  • 注:厳密には、「組体操」とは2人以上で互いの力を利用し合う動的な形態を指し、「組立体操」は人と人とが組み合いながら造形美を表現する静的な運動を指す。ただし実際には、それらを総称して「組体操」(組み体操)と表現されることが多い。この座談会では厳密なちがいにはこだわらずに、発話者の裁量にゆだねることとした。
名古屋大学大学院教育発達科学研究科・教授

学校リスク(校則、スポーツ傷害、組み体操事故、体罰、自殺、2分の1成人式、教員の部活動負担・長時間労働など)の事例やデータを収集し、隠れた実態を明らかにすべく、研究をおこなっています。また啓発活動として、教員研修等の場において直接に情報を提供しています。専門は教育社会学。博士(教育学)。ヤフーオーサーアワード2015受賞。消費者庁消費者安全調査委員会専門委員。著書に『ブラック部活動』(東洋館出版社)、『教育という病』(光文社新書)、『学校ハラスメント』(朝日新聞出版)など。■依頼等のご連絡はこちら:dada(at)dadala.net

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