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浅いプールで飛び込み練習 重大事故多発

内田良名古屋大学大学院教育発達科学研究科・教授
プールにおける飛び込み事故の2つのパタン(武藤 2007)※矢印は筆者が加筆

■高校の授業で飛び込みにより首を骨折

昨日、プールにおける飛び込み事故の一報が入ってきた。

東京都立の高校で7月に、水泳の授業中に3年生男子が、プールに飛び込んだ際にプールの底で頭を打ち、首を骨折し、現在も胸から下がまひの状態という(第一報『東京新聞』9/27)。

学校のプールは、溺水防止のために浅めに設計されている。そのため、飛び込みをおこなうには構造的に無理がある。

しかしながら、学校の授業や部活動で飛び込みがおこなわれ、昨年もプールの底に激突して首の骨を折るなどの重大事故が、少なくとも3件起きている(『朝日新聞』6/25)。

障害事例を数え上げてみると、1983~2014年度までに学校管理下のプールで、飛び込みによる障害事故が172件起きている。うち154件が、頭頸部の外傷によるものである(筆者調べ。2013年度までの分析はこちら)。今回もまた同じような事故が起きてしまった。

■デッキブラシを飛び越えて入水 指導上の問題

今回の事案でとくに注目しなければならないのは、スタート付近の水深が1.1mのプールで、保健体育科の教諭が生徒に対して、デッキブラシを飛び越えて入水するよう指導していた点である。

事故が起きた状況(東京新聞 9/27朝刊)
事故が起きた状況(東京新聞 9/27朝刊)

そもそも高校生が、水深1.1mのプールに頭から飛び込むだけでも十分に危険である。しかも本生徒は3年生になって飛び込みを習ったばかりの初心者で、そのうえに教諭は、デッキブラシを走り高跳びのバーのようなかたちで、生徒の1m先に掲げて、それを飛び越えるよう指示したのである。

■飛び込み事故の2つのパタン

飛び込みでプールの底にぶつかる事故には、2つのパタンがあると考えられている。

一つが、初心者に多いパタンで、スタート地点から下方に急な角度で突っ込んでいく場合である。もう一つが、上級者に多いパタンで、スタート地点から上方に飛び上がって入水しようとして、急な角度で勢いよく下方に突っ込んでいく場合である。

飛び込み事故の2つのパタン(武藤 2007)。※矢印は筆者が加筆。本事案は赤矢印のパタン。
飛び込み事故の2つのパタン(武藤 2007)。※矢印は筆者が加筆。本事案は赤矢印のパタン。

今回、生徒はデッキブラシを飛び越えることが求められていた。その点では、後者のパタンに該当する。この場合、生徒はバーを飛び越えるために、上方に約45度の角度で飛び出さねばならず、その結果、水面に対して45度以上の角度で入水することになる。こういったかたちは「たいへん危険な飛び込み」(動画による解説:東京大学教育学部附属中等教育学校教諭・井口成明氏)とされる[注]。

先述のとおり、この事故パタンは、上級者に多いものである。なぜなら、上級者は、より高く遠くへ飛び出すことで、スタートから勢いをつけようとするからである。

本生徒は、飛び込みは高校3年生になって初めて経験し、5回目の授業で事故に遭ったという。まったくの初心者である。初心者が、上級者の技に挑戦した。きっと、飛び込むだけでも精一杯だったのではないだろうか。ましてやそれが上方に飛び上がり、バーを越えて入水するよう指示されたのであるから、かなり難易度が高いことを要求され、そのなかで事故が起きたのではないかと考えられる。

■オリンピックのプールは水深3m 構造上の問題

日本水泳連盟の「公認プール施設要領」によると、オリンピックなどに使用される「国際基準プール」では「水深3m推奨」、国体やインターハイなどに使用される「国内一般プール・AA」では、「水深2m以上の施設を有することが望ましい」とされる。本格的に水泳(の大会)をおこなうには、2m~3mの水深が求められている。

日本水泳連盟「プール水深とスタート台の高さに関するガイドライン」(2005年)
日本水泳連盟「プール水深とスタート台の高さに関するガイドライン」(2005年)

なるほど日本水泳連盟が飛び込み事故防止のために2005年に作成した「プール水深とスタート台の高さに関するガイドライン」には、「如何なる飛び込み姿勢に対しても安全な水深となると、各方面の研究成果から判断して、現場の常識をはずれた深いプール(水深3m以上)とならざるを得ない」と記されている。オリンピック選手のためであれば、「現場の常識をはずれた深いプール(水深3m以上)」が用意されるが、学校の場合にはそうはいかない。

本事案の学校では、水深が満水時1.2mで、しかも「注水に時間がかかる」との理由から1.1mに減らされていたという(『東京新聞』9/27)。

■スタート付近の水深がもっとも浅い

イメージ画像 提供:写真素材 足成
イメージ画像 提供:写真素材 足成

学校の場合、プールは溺水防止のために、水深が浅くつくられている(高嶺 1992)。溺水事故を防止するためには最適であるが、飛び込みをおこなうには浅すぎて危険だ。

しかも多くの学校において、プールは中央部分がもっとも深く、スタート位置付近がもっとも浅い。飛び込んで入水したその場所が、いちばん浅いということだ。

このような構造上の問題点をしっかりと把握していれば、学校のプールで飛び込むことがいかに危険か、容易に想像がつくはずである。ましてや、初心者の生徒に、上方に飛び出させるのは、きわめて危険な指導と言える。

■事故防止に向けて動き出そう

「岐阜でプール飛び込み事故 溺水防止で低い水深」
「岐阜でプール飛び込み事故 溺水防止で低い水深」

私が昨年、さまざまなスポーツ事故のなかでもっとも調査研究と啓発に力を入れたのが、この水泳の飛び込み事故であった。このヤフーニュース個人に3本の記事(「くり返されるプール飛び込み事故」(2015年6月)、「岐阜でプール飛び込み事故」(2015年6月)、「学校のプールでまた飛び込み事故」(2015年7月))を発表し、幸いにして多くの方に読んでもらうことができた。また、研究者による調査や実験もわずかではあるが、展開されている。それでも教育行政や水泳界はほとんど具体的な動きを見せていない。そしてまた、同じ事故が起きた

こんな悲劇を、いつまで続けるのか。飛び込み事故の根本的な原因は、私たち大人の怠慢さにある。

  • [注]
  • 飛び込み時の入水角度と最大到達深度との関係については、神舘盛充他「水中への飛び込み入水角度と頭部最大到達深度の関係」『日本臨床スポーツ医学会誌』(2014)に詳細な実験データが示されている。
  • [文献]
  • 武藤芳照、2007、「水泳プールでの重大事故の実態とその予防」『水泳プールでの重大事故を防ぐ』ブックハウスHD。
  • 高嶺隆二、1992、「水泳授業中の事故に関する一考察―逆飛込み事故の原因とその指導法について 」『体育研究所紀要』(慶應義塾大学)32(1): 65-79.
名古屋大学大学院教育発達科学研究科・教授

学校リスク(校則、スポーツ傷害、組み体操事故、体罰、自殺、2分の1成人式、教員の部活動負担・長時間労働など)の事例やデータを収集し、隠れた実態を明らかにすべく、研究をおこなっています。また啓発活動として、教員研修等の場において直接に情報を提供しています。専門は教育社会学。博士(教育学)。ヤフーオーサーアワード2015受賞。消費者庁消費者安全調査委員会専門委員。著書に『ブラック部活動』(東洋館出版社)、『教育という病』(光文社新書)、『学校ハラスメント』(朝日新聞出版)など。■依頼等のご連絡はこちら:dada(at)dadala.net

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