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アンジェリーナ・ジョリーの監督作は「反日映画」になるのか

斉藤博昭映画ジャーナリスト

隣人の人生を映画化すると決意

最新主演作『マレフィセント』が日本でも大ヒットし、いまだに衰えない人気を証明したアンジェリーナ・ジョリー(以下、アンジー)だが、ここ数ヶ月、ネットや週刊誌などで、ちょっとしたバッシングの記事が掲載されている。完成が迫る監督2作目『アンブロークン(原題)』が「反日映画」だという記事だ。

理由はシンプルである。

映画の原作が、ルイス・ザンペリーニの人生をつづったベストセラーだからだ。

陸上選手として1936年のベルリン五輪にも出場したザンペリーニは、アメリカ空軍に入隊。乗り込んだ飛行機が墜落し、太平洋上を47日間も漂流し、マーシャル諸島のクェゼリン島で日本軍の捕虜となる。原作の中には、日本軍から受けた拷問や、日本人による人肉食をほのめかす衝撃の描写もある。

ザンペリーニの回顧録がすべて事実かどうかという問題をここで検証するつもりはない。気になるのは、アンジーがどこまで映像化しているのか……だ。

そもそもアンジーが映画化しようと思った動機のひとつは、ルイス・ザンペリーニが偶然にも、彼女の「隣人」だったことだ。私生活でも親しい友人となったザンペリーニの人生に感動したアンジーは、映画化への決意を固める。監督1作目『最愛の大地』でも、ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争を背景に、性的虐待を受けたヒロインを描いており、国連難民高等弁務官事務所の親善大使も務めるアンジーにとって、いわれのない悲劇という「人道的」テーマは、食指の動く題材であったのだろう。

いつになく神妙な面持ちだったアンジー

完成作へのさまざまな憶測が流れるなか、アンジー自身から直接、話を聞いた筆者の印象を書き留めておきたい。

それは『マレフィセント』での、海外記者との合同テーブル取材だ。

今年の初めに「女優引退宣言」ともとれる発言をしたことから、当然のごとく、現在、編集中の次の監督作にも話はおよぶ。

この日の取材で気になったのは、アンジーの、いつにないほどの神妙な面持ちだった。過去に何度か取材した経験から言うと、アンジーはつねに余裕の微笑みをたたえ、つまらない質問にも巧みに切り返す人という印象。他のスターたちに比べ、圧倒的に「答えが面白い」のである。

これは勝手な思い込みだが、この時のテーブル取材に、日本人とオーストラリア人のジャーナリストがいたことで、「次の監督作の話が出る」と身構えていたのかもしれない。オーストラリアは『アンブロークン』のロケ地になっているのだ。

『アンブロークン』に質問がおよぶと、アンジーは映画の描写に関して、気丈な表情で次のように語った。

「この映画はPG13になる。若い観客にインスパイアを与えたいし、人生について深いことを感じてもらいたいから。主人公のルイスは完璧な人間として生まれたわけじゃない。『アンブロークン』のメッセージは『許すこと』なの。自分を傷つけた彼ら(日本兵)をルイスは許すことができた。もし誰かが、私の子供たちを傷つけたら、私は相手を許せるかどうか分からない。そういうことを私は、監督作を通してルイスから学ぼうとしているの。パーフェクトではなかった人間はが、すばらしい人間に成長できると、戦争というヘビーな問題とともに伝えたい」

このコメントから推測すると、もちろん日本兵による拷問は描きつつ、その描写に過剰な残虐性は加えていない気もする。PG13とは、13歳未満の鑑賞は保護者の同意が必要になるものの、注意を呼びかける程度の緩やかな制限だからだ。

賞レースを狙った公開で、監督の技量が試される

ネット上では、アンジーの「反日」思想について、さまざまな憶測もとび交っているが、その点について真実を求めようとしても不可能だろう。アンジーも、自分の発言の影響力については熟知しているはずだし、映画のキャンペーンで何度も訪れている国をあからさまに批判する映画を作るほど、愚かではないはずだ。逆に、もしアンジーに強烈な反日の感情があったとして、それを映画で表現するのは彼女の自由でもある。

先ごろ公開された『アンブロークン』の予告編では、たしかに主人公ルイスの少年時代から、陸上選手としての活躍、戦争でのサバイバルと、『炎のランナー』あたりを連想させる、骨太な大河ロマンの印象を与える。脚本にはコーエン兄弟が名を連ねているし、全米では賞レースを狙った年末の公開が決まっている。この7月に、ルイス・ザンペリーニ自身が亡くなったこともあり、これから注目が高まるのは必至だ。

ただ、キャストはそれほど豪華ではなく、じつはそんなに話題にならない可能性もある。すべては映画の仕上がりにかかっており、それ次第で、配給のユニバーサルがどこまで『アンブロークン』をプッシュするかによっても、注目度は変わってくるはずだ。

この後は、ブラッド・ピットと自分が共演する3本目の監督作を準備しているアンジーにとって、『アンブロークン』は監督としての彼女の今後を占う作品になるのは間違いない。「許し」の対象となる「敵=日本兵」をどのように描くのか。演出力とその才能を、できる限り冷静に見つめてみたい。

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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