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ハリー・ポッター卒業後、いちばん心配だった彼がブロードウェイへ!

斉藤博昭映画ジャーナリスト
GERALD SCHOENFELD THEATREにて来年1月まで上演

まるで親戚の子供のように…。

長い時間をかけて取材を続けると、その相手に愛情が湧くのは自然なこと。

1年ごとの成長が楽しみだった3人

この日のチケットは早々と売切。劇場前にはチケットを買い取ろうとする人も多数
この日のチケットは早々と売切。劇場前にはチケットを買い取ろうとする人も多数

2001年に公開が始まった『ハリー・ポッター』シリーズは、ほぼ10年をかけて8作で完結した。新作が作られるたびに取材をさせてもらった身としては、出演者たち、とくにメインキャスト3人が子供から大人へと1年ごとに成長する姿を間近で実感していたのも事実だ。まだ子供だった時代のピュアな受け答えや、やんちゃな言動。時には、家族が横にいてのインタビューなんてことも。シリーズ卒業が近くなると、少しだけ冷静な大人の対応になりつつ、それでも好印象を与えていたのは、彼らが「選ばれた」才能だったからか。

2011年公開の最終作を通過し、彼らは俳優としてそれぞれの道を進み始めた。

いちばんの出世頭はエマ・ワトソンかもしれない。『ブリングリング』、『ノア 約束の舟』といった個性の強い監督の映画に出演。国連組織「UNウィメン」の親善大使を務め、先日は国連本部でスピーチまでしており、もはや「エマ=ハーマイオニー」という図式で彼女を見る人は少なくなっている。

ダニエル・ラドクリフは、もう少し苦労しているように見える。角の生えた不思議な役や、同性とのキスシーンなど、出演作ではあえて挑戦的なものに挑んでいるからだ。やはりハリー・ポッターの幻影を消すのは容易ではない。それでも振り返れば、ハリー役を続けていた時代から、舞台の仕事にも精力的に関わっていたダニエル。俳優としての野心が消えない限り、今後も第一線で活躍するのは間違いなさそうだ。

最も心配だったのは、最後の一人、ロン役のルパート・グリントだった。

シリーズ継続中も、卒業後も、他の映画には出ているものの、大きな話題となる作品には巡り合っておらず、どうもイマイチな印象。ルパート自身も、やる気があるのか、ないのか、よく分からないタイプで、「俳優を止めたら、アイスクリーム屋さんになりたい」といった子供時代のコメントを、十代半ばまで平気で放ち続けていた。

インタビューの流れで出てくる私生活での恋愛話も、ダニエルやエマは、さり気なくごまかすのがうまくなっていったのに、一人、真剣にどぎまぎしていたルパート。いまだに浮いた話が流れないのは、ナチュラル・ボーンのオクテだからなのか!?

超大物キャストを相手に、ちゃんと演じてるのか…

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そんなルパートも、ダニエルを見本にしたのか、昨年10月、ロンドン、ウエストエンドで舞台デビューを飾る。ベン・ウィショーら演技巧者と共演した「Mojo」で、ルパートは人気クラブの、憎めないボケた従業員役を好演したという。

そしてこのたび、満を持して、ブロードウェイ・デビュー! 10月9日から正式公演が始まる「It’s Only a Play」。そのプレビュー公演を観ることができた。知り合いの子供の舞台を観るような、ちょっぴりハラハラした気分で…。

「It’s Only a Play」は、1982年に初演され、4度もトニー賞を受賞した名脚本家テレンス・マクナリーの作品。芝居の初日の幕が開いた夜、プロデューサーや作家、女優たちが、初日の批評が出るのを待つという、一室で繰り広げられるコメディ。ルパートの役どころは、新進気鋭の舞台演出家で、一応、イギリス出身という設定だ。

登場シーンで、カマしてくれました、ルパート。ド派手スーツのパンツを下ろし、いきなり下半身、ボクサー姿でのブロードウェイ・デビューとは…。ダニエル・ラドクリフが「エクウス」で、全裸で舞台に立ったのを意識したのか? でも「僕はダニエルほど、はじけられないから」という控え目なルパートの素顔が感じられて、なんだか微笑ましい。

劇中では、そのダニエルを笑いの種にするセリフもある。作品が作品なだけに、しかも階下で初日のパーティーが行なわれている設定なので、ブロードウェイのスターやセレブのネタが詰め込まれているのだ。階下ではルパートの演出家と、ダニエル・ラドクリフが会話を交わしていたかも…などと余計なイマジネーションもふくらむ。そんな風に、ちょっとでも舞台や映画が好きな観客なら、1分に1回は爆笑必至。この日はプレビュー公演のため、目の肥えた観客が多かったはずだが、ノンストップで笑いが続いていた。

大ウケの理由は、極めつけの芸達者が顔を揃えていたから。

映画にもなった大ヒット・ミュージカル「プロデューサーズ」以来の共演である、マシュー・ブロデリックとネイサン・レイン。すでにブロードウェイの「レジェンド」と称してもいいこのコンビに、ストッカード・チャニング(この日は残念ながら代役)、『アマデウス』でアカデミー賞を受賞したF・マーリー・エイブラハム、TVシリーズ「ウィル&グレイス」などで人気のメーガン・ムラリー。それぞれがハマリ役の極上演技をみせ、場をさらいまくる。

ブロードウェイの温かい歓迎で、野心もふくらむ?

改めて、すごいキャストです
改めて、すごいキャストです

その中にあって、ルパートは、やや声がこもっている印象で、さすがに経験不足の感は否めない(まあ、まだ26歳ですから!)。それでも要所での、全身を駆使した肉体芸や、小道具を使った技など、ベテラン陣に負けない存在感を出そうと必死の奮闘は伝わってきた。年上女優にさり気ない愛情表現を示すシーンには、なんだかんだ言って芸歴15年近いキャリアの賜物を感じさせる。

立派になったね、ルパート。

カーテンコールでの、どこかはにかんだ表情には、一瞬、ロンが重なったが、舞台を観ている間、ルパートとロンをダブらせた人はいなかったはずだ。俳優としてのキャリアを着実に進んでいきそうな勇姿に、自分では何もできなかった子供が、親離れをして一人立ちする、貴重な、ちょっぴり寂しい瞬間を味わった気もする。

でも…。キャリアを積み上げても、ずっと純粋な夢から離れられない、永遠の少年がルパートの魅力でもあった。とりあえず、目の前の仕事をこなしながら、幼い頃からの野望を実現する機会をこっそりうかがっているかもしれない。

いつの日か、イギリスのどこか小さな町で、「ルパートのアイスクリーム屋さん」がオープンしたら、今回のブロードウェイ・デビュー以上の拍手喝采を贈ってあげたいと思う。

写真/斉藤博昭

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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