アカデミー賞(R)授賞式、今年の主役は「スピーチ」だった
2月22日(現地時間)に開催された、第87回アカデミー賞授賞式。作品賞の熾烈な争いなど、式を見守っていた人それぞれ、一喜一憂の結果だったが、総じて受賞結果は、良くも悪くも「穏やか」なものだった。
ニール・パトリック・ハリスのホストぶりにも注目が集まり、オープニングのショーなどは、歌とダンスを得意とする彼の持ち味が全開。しかしショーのゴージャス度からいえば、かつてニールが中心でパフォーマンスを披露した5年前の授賞式の演出が上回っていた気がする。むしろパンツ一丁のサプライズ登場や、客席でゲストをいじる話術、やや微妙だったマジックなどが印象に残ったのは事実。もう少し、ニールの芸達者ぶりを見せてほしかったが、まぁ最後まで会場のゲストや視聴者を惹き付けるサービス精神とショーマンシップは発揮されたと言ってよさそう。
自分の喜びだけでなく…
今年、最も印象に残ったのは、数々のスピーチではないだろうか。過去何年間も、受賞者が作品のスタッフやキャストの名前を延々と並べるスピーチが主流だったのが、昨年あたりから、受賞者のこだわりが強く表れるようになった。そして今年ーー。「何かを伝えたい」という強烈な思いを口にした受賞者が数多く現れ、それぞれの言葉が胸を打つ、そんな瞬間が何度も訪れた。
口火を切ったのが、助演男優賞のJ・K・シモンズ。
自身の家族への感謝でスピーチを締めると思いきや、感極まったように「もしあなたの両親、あるいはどちらかの親がこの地球上に生きているのなら、電話をしてほしい。メールではなく電話を」と、受賞に関係ないすべての人に家族愛を再認識させようとする、熱いメッセージを披露。
助演女優賞のパトリシア・アークエットは「アメリカの女性たちは、今こそ賃金の平等と、その権利をもつとき」と、いまだに男性中心社会である現実に対し、力強い表情で訴えた。一時、社会的なスピーチはタブーとされてきたアカデミー賞だが、女性が主人公の映画の企画が減少し、その回復がなかなか進まないハリウッド。その現実に多少なりとも苛立つ出席者は、パトリシアに圧倒的な支持を表明。メリル・ストリープらの興奮する姿は忘れがたい。
スピーチは別として、受賞を喜ぶ姿があまりに素直だったのが、主演男優賞のエディ・レッドメイン。「自分の気持ちを表現できない…。スゴすぎる…。このオスカーは…」と、喜びをピュアに伝えたうえ、演じた役と同じ病気で闘う人々へ勇気を与えるメッセージを壇上から真摯に語った。
夢と希望を与える、映画人としての本質
しかし、この夜、最も感動的だったのは『イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密』で脚色賞を受賞した、グレアム・ムーアのスピーチだろう。
「私は16歳のとき、自殺未遂をしました。自分が変わった人間で、社会に居場所がないと悩んだからです。しかし今、私はここに立っています。自分を変わり者だと思っている若者たち、あなたには居場所があります。そしていつか輝く瞬間が訪れます。あなたがここに立ったとき、この言葉を次の世代に伝えてください」。
6年前、『ミルク』で脚本賞を受賞したダスティン・ランス・ブラックによる、「たとえ偏見があっても、人間は平等になることができる。まわりが何と言おうと、神さまは君たちを愛している」というスピーチを、その意図に違いはあったかもしれないが、グレアム・ムーアは「勇気」と「夢」の道しるべとして、後の世代に受け継ごうとしたのだ。会場がスタンディング・オベーションで湧いたののは言うまでもない。
アカデミー賞の歴史を振り返ると、かつては、ウィリアム・ホールデンが「俳優として今の自分があるのはあなたのおかげ」と感謝を告白してバーバラ・スタンウィックを感極まらせたり、『カッコーの巣の上で』のルイーズ・フレッチャーが、耳の聞こえない両親に向けて手話で感謝を伝えたりと、予想外のドラマチックな瞬間があった。しかし最近は「作り込んだ」感じが見え見えになるケースも多かったのも否定できない。昨年、主演男優賞のマシュー・マコノヒーらも感動を呼んだが、それ以上に、今年の授賞式は素直に心を揺さぶるスピーチがぎっしりだったと記憶されることだろう。
夢を忘れないこと…。
映画人の根本の生き方が伝わる、感動的な一夜だった。