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不倫がゲスに見えない…。動画配信のオリジナル作、クオリティの急上昇が始まった

斉藤博昭映画ジャーナリスト

東京・荻窪駅近くの線路脇で、待ち合わせた男と女。どこか申し訳なさそうに伏し目がちな寺島しのぶに、気軽な感じを装った池松壮亮が近づいていく。

数時間前、出会い系サイトで知り合った二人。

初対面でのおたがいの品定め。ぎこちない空気感。それでも一歩先へ進もうとする妖しげな期待…。あらゆる感情が交錯する、わずか1〜2分のこのシーンは、演じる二人の複雑な感情表現もあって、観る者を一気に「世界」へと引き込んでいく。

これは映画なのか? ドラマなのか? いや、そのような分類は、もはや必要ではない。

2015年、Netflixの参入によって、日本でも一気に映像配信サービスが注目を集め始めたが、この「裏切りの街」は、dTVで2月から配信が始まったドラマだ。Netflixは、「ハウス・オブ・カード 野望の階段」など上質な連続ドラマをプロデュース、配信している実績から、近年は「ビースト・オブ・ノー・ネイション」など、映画賞レースにも絡むクオリティの高い「映画」の製作・劇場公開・配信にも手を広げている。その勢いに押されるかのように、amazonも、スパイク・リー、『ドライヴ』のニコラス・ウィンディング・レフン、『キャロル』のトッド・ヘインズら、錚々たる監督の新作映画を製作、あるいは製作予定にしている。

このdTV配信の「裏切りの街」も、劇場公開の予定はないものの、作品全体の長さは2時間10分。R15指定という、明らかに“映画仕様”。視聴者は、映画を配信で観ている感覚におちいることだろう。

25歳のフリーターで、同棲相手から「おこづかい」をもらっている自堕落な裕一と、42歳の専業主婦で、出会い系では「30代」と偽っていた智子。何度かの逢瀬で、二人の想いがじっくりと高まっていく展開は、「遊び」と「本気」の瞬間が絶妙に交錯する。狂おしいまでのもどかしさが、二人の名演技もあって、観る者を虜にしていく。冷静にみれば、よくある不倫ドラマ。ベッキーや元国会議員、桂文枝師匠…と、最近、何かと話題のトピックではあるが、この「裏切りの街」が徹底的に感情移入させるのは、主人公二人を巡る周囲の生々しさも的確に描いているからだろう。

R15なのでラブシーンも濃厚。しかし、ここまで脱ぐことをいとわず、大胆なセックスを演じられる、同世代で、主役としての実績をもつ女優が、寺島しのぶ以外にほとんどいない…という日本の「人材不足」を本作が露呈するのも事実だ。

監督・脚本は、三浦大輔。劇団「ポツドール」の主宰者である彼は、自作「愛の渦」の映画化など映画監督としても着実にキャリアを積み、この「裏切りの街」も、2010年に上演した舞台を、中央線沿線の「街」を、ひとつのキャラクターのように息づかせ、舞台→映像作品へのシフトに鮮やかに成功した。

この後、廣木隆一監督を中心に、『凶悪』の白石和彌、『横道世之介』の沖田修一らも参加した、又吉直樹原作の「火花」が、Netflixでの配信を控えている。こちらは全10話なので、劇場公開映画と比較するのは難しいが、「クオリティ」という面で注目されるのは確実。行定勲の例もあるように、映画で実績を積んだ監督が積極的に映像配信サービスのオリジナル作品に参加する動きが加速している。「ドラマ」と「映画」の境界は、ますます曖昧になっていくのかもしれない。

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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