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2016夏映画、密かなトレンドは「アイルランド」

斉藤博昭映画ジャーナリスト
『シング・ストリート 未来へのうた』

6月も半ばとなり、大作を中心に夏休み映画の情勢も見えてきたが、すでに始まっているマスコミ試写で、評判がダントツと言っていい作品がある。

早くも今年のナンバーワンに決定」「この監督の集大成」「時代や国を超える完璧な青春映画」など、大げさではなく絶賛の嵐なのが『シング・ストリート 未来へのうた』(7/9公開)だ。

ONCE ダブリンの街角で』『はじまりのうた』のジョン・カーニー監督作と聞けば、それだけで映画ファン&音楽好きはソソられるだろう。この新作はカーニーの自伝的要素が濃厚で、家庭と学校で問題を抱える14歳の主人公が、音楽にめざめ、仲間とバンドを組むという、シンプルなストーリーが普遍的な感動を呼び起こす仕上がりとなっている。描かれるエピソードが、いちいち心を切なくかきむしるし、1980年代が舞台なので、デュラン・デュラン、ザ・ジャムなど当時のブリティッシュロックを絶妙に絡めた展開が見事。舞台は、カーニーの生まれ育ったアイルランドのダブリン。音楽の道を志した主人公が、隣国、イギリスのロンドンで成功したい…という夢を抱くのは当然の成りゆきで、ダブリンとロンドンの“近くて遠い”微妙な距離感が、これまた物語にドラマチックな味付けをほどこしている。

『ブルックリン』
『ブルックリン』

この『シング・ストリート〜』に代表されるように、この夏の映画は、ちょっとした「アイルランド」ブーム。今年の米アカデミー賞でも作品賞など3部門にノミネートされた『ブルックリン』(7/1公開)も、アイルランドの小さな町から、新天地を求めて単身、ニューヨークへ向かったヒロインの物語。家族の突然の死でアイルランドに戻った彼女が、愛の板挟みに葛藤するのだが、こちらも、故郷と自分の生活の“距離感”が、激しく共感を誘う要素になっている。

さらに「アイルランドもの」は続き、『フラワーショウ!』(7/2公開)は、アイルランドの田舎で育ったヒロインが、ガーデンデザイナーを目指し、イギリスで開催されるフラワーショーに出場する物語。豪華な花に頼らず、あくまでも自然のままに美しい庭を作ろうとする姿に、不屈の“アイルランド魂”が重なる。

7月の前半だけで3本のアイルランド映画(合作も含む)が公開されるのは異例だが、もう一本、異彩を放つアイルランド映画がある。『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』(8/20公開)だ。米アカデミー賞では長編アニメーション賞にノミネート。海ではアザラシ、陸では人間の姿になる妖精を主人公に、巨人やフクロウ魔女など神話的世界が、CGとは真逆の絵本のような手作り感満点のタッチで描かれる。アニメの基本に立ち返ったような、超アナログな感触で思いっきりノスタルジーに浸らせてくれる逸品。不思議なのは、遠く離れた地に住む、われわれ日本人も、この世界観と画風に「懐かしさ」を感じてしまう点だ。『シング・ストリート』もそうだが、アイルランド映画には、ハリウッド作品、あるいはイギリス作品などと違って、その純粋さや、主人公たちの屈折した感情に、妙に親近感をわかせる「何か」がある。

『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』
『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』

ジム・シェリダン、ニール・ジョーダン、そして前述のジョン・カーニーなど、アイルランド出身で、世界的に知られる監督は何人かいるし、これまでも『ザ・コミットメンツ』など偏愛されている作品も多いが、日本で劇場ロードショーされるアイルランド映画は、だいたい年に1〜2本だった。それがこの夏は、まさに「一気」の勢い。

ちなみにアメリカの有名映画レビューサイト、Rotten Tomatoesでは『シング・ストリート』、『ブルックリン』がともに97%、そして『ソング・オブ・ザ・シー』にいたっては、なんと99%という満足度(6/12現在)! 信じられないほどハイレベルなアイルランド関連の映画が、間もなく日本の観客も虜にする。

『シング・ストリート 未来へのうた』

7月9日(土)、 ヒューマントラストシネマ有楽町、渋谷シネクイント 他全国順次公開

(c) 2015 Cosmo Films Limited. All Rights Reserved.

『ブルックリン』

7月1日(金)、TOHOシネマズ シャンテ他全国ロードショー

(c) 2015 Twentieth Century Fox. All Rights Reserved.

『フラワーショウ!』

7月2日(土)、ヒューマントラストシネマ有楽町、YEBISU GARDEN CIINEMA他全国ロードショー

『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』

8月20日(土)、YEBISU GARDEN CINEMA他全国公開

(c) Cartoon Saloon, Melusine Productions, The Big Farm, Superprod, Norlum

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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