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『シン・ゴジラ』『君の名は。』の大ヒットにも導かれ、この秋は「監督」で観るべき邦画が量産

斉藤博昭映画ジャーナリスト
『怒り』

この秋は、「監督の名前」で観てほしい日本映画が多数、公開を控えている。

公開前には予想できなかった勢いで、夏の映画興行をにぎわせている『シン・ゴジラ』。そして、先週末に公開され、こちらも予想以上のロケットスタートを切った『君の名は。』。

2作のヒットにはさまざまな要素が絡み合っているが、共通点がある。それは「監督の世界」が作品全体を圧倒的に支配している点だ。『シン・ゴジラ』は、さまざまな視点から、あちこちで大量に書かれているとおり、「エヴァンゲリオン」とのシンクロも含めて「庵野秀明監督作」の色が濃厚。そして『君の名は。』は、日本アニメーション界期待の新海誠監督が、つねに描いてきた「出会い」と「すれ違い」を新たな地平に押し上げ、持ち味である美しい映像表現も駆使した、まさに集大成的作品だ。

もともと映画は「監督のもの」。監督が作りたい世界に到達されるのは当然の成りゆきなのだが、大ヒットにつながる日本映画で、監督の名前で観客を呼べる作品は少なくなっているのが実情。その状況を、『シン・ゴジラ』『君の名は。』の2作は打破した側面もある(もちろん、それ以外のヒットの要因はあるにしても)。

この2作の影響があるわけではないが、9月以降の秋の日本映画には、気鋭の才能たちが、それぞれキャリアで最高レベルの仕事をこなした作品が続く。もともと秋は、夏休みらしいエンタメ作品とは一線を画し、人間ドラマが多く公開される傾向にあるが、今年の秋のレベルは尋常ではない。

李相日

怒り』(9/17公開)

フラガール』の監督として有名かもしれないが、これまでの最高傑作を問われれば『悪人』を挙げる人は多いだろう。『悪人』と同じく吉田修一の原作に李監督が挑んだのが、新作『怒り』。夫婦惨殺事件の容疑者が整形手術を受けて逃走中という背景を軸に、3ヶ所に身元不明の男が姿を現すという、大胆な構成。3人のうち誰が容疑者なのか? もしかして3人は同一人物なのか? さまざまな憶測を広げるこの設定は、小説なら読者の想像力にも委ねられるが、映像化するのは高いハードルがあったはず。そのハードルを、各キャストの恐らくキャリア最高の演技を引き出すことで乗り越えた李相日監督。『悪人』もストーリーの奥から湧き出してくる人間のサガに心が震えたが、『怒り』もそれに匹敵。いや、それ以上かも。

『永い言い訳』は本木雅弘にとっても新たな代表作になりそう
『永い言い訳』は本木雅弘にとっても新たな代表作になりそう

西川美和

永い言い訳』(10/14公開)

ゆれる』『ディア・ドクター』『夢売るふたり』と、犯罪まがいのドラマ、他人をあざむく設定などが作風になっていた西川美和監督は、そんな傾向を多少キープしながらも、この新作ではまっすぐに「人間の感情」に向き合っている。若い女と浮気中に、妻が旅行先で事故死してしまう作家。すでに夫婦の仲は冷めていたので、妻を亡くしても心から涙を流せない彼が、新たな生活から自分を見出す物語。「失った愛を取り戻す」という安直なテーマではなく、その一歩先に人間の感情をもっていく展開に、絶妙なユーモアまでまぶして、観る者の心をつかんで離さない。主演の本木雅弘の、いい意味での「自信のなさ」が完璧に役にハマっているのが奇跡的だ。

『何者』は佐藤健、有村架純、二階堂ふみ、菅田将暉、岡田将生、山田孝之と配役も完璧
『何者』は佐藤健、有村架純、二階堂ふみ、菅田将暉、岡田将生、山田孝之と配役も完璧

三浦大輔

何者』(10/15公開)

劇団「ポツドール」主宰者で、舞台を主軸にする三浦大輔だが、映画監督としても、舞台の延長線上として類い稀な才能を発揮している。これまでの監督作品『ボーイズ・オン・ザ・ラン』『愛の渦』『裏切りの街』は、自身の戯曲を基にしていたが、新作『何者』は、朝井リョウ(『桐島、部活やめるってよ』)の同名小説が原作。『愛の渦』でみせた、絶妙な会話劇によるアンサンブルの演出は今回も見事なうえ、原作にもある「演劇」の部分を、「これぞ本職」とばかりに鮮やかに映像化。就職活動から浮かび上がる若者たちのリアルな心情をすくい上げ、胸かきむしる後味を残す傑作に仕上げた。

森義隆

聖の青春』(11/19公開)

その名は、一般的な認知度が低いかもしれないが、代表作は『宇宙兄弟』。その『宇宙兄弟』の前の、高校野球を描いた『ひゃくはち』に、今回の新作『聖の青春』といい、男二人の絆をストレートに描く手腕は天下一品といえる。ヒットを狙うための安易な恋愛要素なんかに目をくれず、かと言って、男二人のブロマンスにも陥らない、正当派の「絆」を狙う作風は、とにかく爽やか。29歳で早逝した天才棋士、村山聖(さとし)を主人公にしたこの『聖の青春』は東京国際映画祭のクロージング作品に選ばれたので、森監督の代表作になるはずだ。

『聖の青春』は松山ケンイチが外見を激変させ、実在の棋士、村山聖に挑んだ
『聖の青春』は松山ケンイチが外見を激変させ、実在の棋士、村山聖に挑んだ

さらに……

山下敦弘『オーバー・フェンス』(9/17公開)『ぼくのおじさん』(11/3公開)

大根仁『SCOOP!』(10/1公開)

深田晃司がカンヌで受賞した『淵に立つ』(10/8公開)

黒沢清がフランス人キャストで撮った『ダゲレオタイプの女』(10/15公開)

中野量太『湯を沸かすほどの熱い愛』(10/29公開)

など、それぞれ最高傑作かどうかは反応が分かれるものの、「監督の名」で観るべき作品が続々と公開される、2016年の秋。

人気の原作やスターで観る映画があってもいいが、やはり映画は監督のものなのである。

『怒り』(C)2016映画「怒り」製作委員会 配給:東宝 9月17日(土)全国ロードショー

『永い言い訳』(C)2016「永い言い訳」製作委員会 配給:アスミック・エース 10月14日(金)全国ロードショー

『何者』(C)2016映画「何者」製作委員会 (C)2012 朝井リョウ/新潮社 配給:東宝 10月15日(土)全国ロードショー

『聖の青春』(C2016「聖の青春」製作委員会 配給:KADOKAWA 11月19日(土)全国ロードショー

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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