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『君の名は。』で“今年の顔”に選ばれた宣伝プロデューサーが振り返る大ヒットの軌跡

斉藤博昭映画ジャーナリスト
2017年もしばらくロードショーが続く予定の『君の名は。』

興行収入210億円を超え、日本映画歴代2位。今なお公開中の『君の名は。』は、もちろん作品自体の力もあるが、ここまでの大ヒットを記録した陰には、さまざまな人たちの努力がある。その重要な一人が、宣伝プロデューサー。この12月、「日経WOMAN」が選ぶ「ウーマン・オブ・ザ・イヤー2017」大賞を受賞した弭間(はずま)友子さんだ。改めてここまでの道のりを聞いた。

[監督と不安を打ち明け合った公開前日]

弭間さんにとって、忘れられない時間がある。それは、『君の名は。』公開日の前日だ。

私の中でめちゃくちゃ怖い日でした。それまで新海(誠)監督とキャンペーンで地方なども回っていたのですが、その日は取材が1件だけで、珍しく監督と二人でお昼を食べたんです。『いよいよ公開しちゃうね』『できれば公開したくないね』なんて話しました。ものすごくがんばった受験勉強の後に、合格発表を待つ心境でしょうか。『自分たちは全力でやったから、明日は迎えたくない』という思いが、おたがい無意識に出ちゃいました

翌朝、監督と弭間さんの不安は杞憂に終わる。初日から満席完売が相次ぐ報告によって、『君の名は。』の大ヒットは確約された。それから現在までの爆発的ブームは誰もが知るとおりである。ここまでの好成績について「宝くじが当たったよう。でも宝くじは、買わなければ当たらない。毎回、目標を目指して宣伝に挑むけれど、なかなか目標はかなわない。努力の末に、幸運が舞い込んだ感じです」と、公開当初は、現実とは思えない感覚もあったという。

[すべて白紙の状態から企画に参加]

20世紀フォックス映画で洋画の宣伝も経験した弭間友子さん 撮影/斉藤博昭
20世紀フォックス映画で洋画の宣伝も経験した弭間友子さん 撮影/斉藤博昭

宣伝プロデューサーは、作品の企画が動き出した後に関わるケースも多いが、弭間さんは新海監督の前作『言の葉の庭』も担当したことから、『君の名は。』がまだ白紙の状態から企画に参加することができた。

『言の葉の庭』の後に、私と監督で『じゃあ次は東宝で長編が作れたらいいですね』と話したこともあって、まっさらな雑談レベルから関わることができました。脚本の会議から、公開が続いている現在まで作品に関わっている。もちろん他の作品と掛け持つ時期もありましたが、製作と同じ熱量で宣伝することができたとは思いますね。企画・プロデュースの川村元気、エグゼクティブプロデューサーの古澤佳寛、そして東宝宣伝部の宣伝プロデューサー、豊澤康弘と水木雄太、その全員が私と同学年あるいは“社会人同期”だったことも大きく、意見をつねに一枚岩で固めることができたのです

いま改めて、ここまで大ヒットした要因を考えると「あくまでも作品の力であり、宣伝として特別なことはしていない」と振り返りつつも、作品の魅力に合った宣伝展開ができたことを、弭間さんは認める。

最初の予告は、新海作品らしい美しい風景と、キャラクターの後ろ姿、音楽を重ねましたが、今年4月の第2弾予告編では、夏休み映画としてより一般向けにアピールするべく、RADWIMPSの『前前前世』をフィーチャーして、第1弾の印象を裏切るポップなイメージにしました。そうしたら再生回数が急上昇してBuzzったりして、手応えが出てきましたね。神木隆之介さんの起用も重要で、新海監督の熱い愛を語ることができる彼が、スポークスマンとなった。直前の『シン・ゴジラ』や『コナン』が大ヒットしたことで、予告編が観られる機会が増えたにせよ、作品の魅力を伝えるピースが、宣伝を通してうまくハマっていった感はあります

弭間さんと新海監督との信頼関係があったからこそ、予告編をめぐる意見のぶつかり合いなども、最終的にうまくまとまったようだ。日本公開後は、海外の映画祭、プレミアにも同行し、『君の名は。』が国を超えてアピールする瞬間を肌で感じているという。

[頂点を味わった先に何があるのか]

2017年は、星野源が主演を務める『夜は短し歩けよ乙女』や、岩井俊二の傑作ドラマを基にした『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』など、またもや大ヒットの期待がかかるアニメを担当。さらにプレッシャーのかかる仕事が待ち受ける弭間さん。『君の名は。』でひとつの頂点を達成した後も、一休みしている余裕はなさそうだ。

かつて荒川静香さんが金メダルをとって引退したとき、ひとつの頂点を迎えた人の決意に驚きました。私も宣伝で関わった『プラダを着た悪魔』のラストでは、アン・ハサウェイが携帯を投げて仕事を辞めるシーンがありました。まだ、その先に行けるのに……。私は彼女のように携帯を投げる気持ちは起こらないと思います。まだまだ先があると思っているので(笑)

20代の頃は、よく仲間とこんな話をしていたという。

もし「情熱大陸」に出て、最後に「弭間友子にとって、映画の宣伝とは?」と問われたら、なんて答えようか……と。今もその答えは出せないが、答えを考える時期が来たことは、少しだけ実感している。

自分が当てたい作品を、ようやくここまで当てることができた

そう自信をもって語る彼女の笑顔は、職業の枠を超えて、あらゆる人に勇気を与えるものだった。

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『君の名は。』

全国東宝系にてロードショー中/配給:東宝

(C) 2016「君の名は。」製作委員会

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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