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作品は賞に輝く『この世界の片隅に』。のんは演技賞の選考対象になるべきか?

斉藤博昭映画ジャーナリスト

歴史の長い映画賞として有名なキネマ旬報ベストテンで、2016年、日本映画の1位に輝いたのは『この世界の片隅に』だった。アニメ作品としては、1988年の『となりのトトロ』以来、2回目ということだが、キネマ旬報の場合は、日本映画と外国映画に分けて順位をつけるだけで、それぞれに実写とアニメの区分けはない(その他に「文化映画」ベストテンもある)。

ただし、アニメで声を担当した俳優が、演技賞を受賞することはない。選考の対象外だからだ。これは、アメリカのアカデミー賞やゴールデングローブ賞なども同様。スクリーンに本人が出ていない場合は、演技賞の枠から外れてしまうのである。その意図は、ある程度、理解できる。先のヨコハマ映画祭でも、『この世界の片隅に』は日本映画ベストテンの第1位に輝いた。同映画祭でのんは演技賞の枠ではなく、審査員特別賞を受賞している。

しかし、声の演技を同等に扱う賞もあり、2016年度の毎日映画コンクール東京スポーツ映画大賞では、『この世界の片隅に』ののんが、主演女優賞の候補になっている。たしかに『この世界の片隅に』では、のんの声が主人公に奇跡のようにぴったりで、その演技力が観客を引き込む、という点を多くの人が指摘している。ただ、冷静に考えて、この役を声優専門の人が演じていたら、「声がぴったりで、演技がすばらしい」と、ここまで話題にはならなかったはず。知名度のある俳優を声の演技だけで演技賞の対象にするなら、もちろん声優さんも……となるだろう。

エディ・マーフィらは声だけで演技賞候補に

海外に目を転じると、先に書いたように米アカデミー賞やゴールデングローブ賞は対象外。声の演技への賞としては、権威のあるアニー賞に「Annie Award for Voice Acting(声優賞)」がある。しかし、今回の毎日映画コンクールののんのように、実写の俳優と同じ枠という異例のケースもあった。たとえば……

英国アカデミー賞

2001年の『シュレック』で、ドンキーの声を演じたエディ・マーフィが、助演男優賞にノミネートされた。マーフィは、MTVムービーアワードでもコメディ演技賞候補になった。

同じくMTVムービーアワードでコメディ演技賞候補になったのが、2003年の『ファインディング・ニモ』でドリーの声を演じたエレン・デジェネレス。彼女は同役でシカゴ映画批評家協会賞でも助演女優賞候補になった。

そしてアニメではないが、声の演技で

ローマ映画祭

2013年の『her/世界でひとつの彼女』で、本人の姿は一切登場せず、人工知能の声だけを演じたスカーレット・ヨハンソンが主演女優賞を受賞した。ヨハンソンは同役で、シカゴ映画批評家協会賞、シアトル映画批評家協会賞などでも助演女優賞の候補に(ヨハンソンといい、デジェネレスといい、シカゴの協会賞は声の演技に寛容!?)。『her〜』は実写だが、アカデミー賞などではやはり声だけのためヨハンソンは対象外となった。

エディ・マーフィも、エレン・デジェネレスも、スカーレット・ヨハンソンも、本人のスター俳優としてのイメージがあったうえでの、声の演技がもてはやされたわけで、そのあたりは『この世界の片隅に』ののんと同じ。シンプルな「声の演技」の評価とは違うだろう。

日本アカデミー賞ではどうなるのか?

少し方向性はそれるが、本人の姿が登場しないということなら、パフォーマンス・キャプチャーによるCGキャラはどうなるのか? 『ロード・オブ・ザ・リング』のゴラムや、『キング・コング』のタイトルロール演じた、キャプチャー俳優の第一人者、アンディ・サーキス。彼が『猿の惑星:創世記』でシーザー役を演じた際に、CGキャラのために「顔を出さない俳優は対象外」というアカデミー賞に対し、「演技賞に入るべき!」という論議が起こった。

実写か、CGか、アニメか……などなど完全に区別がつけられない作品/演技は今後もたくさん生まれるはず。いろいろとルール変更の必要性も出てくるだろう。毎日映画コンクールでは、1988年に『となりのトトロ』が日本映画大賞に輝き、翌年からアニメーション作品賞が設けられた。日本アカデミー賞でも、『もののけ姫』(97)、『千と千尋の神隠し』(01)の最優秀作品賞を経て、2006年度の第30回からアニメーション作品賞部門ができた。

まだ発表されていないが、日本アカデミー賞で『この世界の片隅に』ののんはどうなるのか? 日本では声優アワードという賞が同時期に開催されているものの、そちらは声優専門の人が対象。ちなみに日本アカデミー賞の選考基準では「アニメーション作品の監督・脚本・音楽に関しましては正賞の扱いとなります」となっている。声優については言及されておらず(ということは対象外か)、優秀主演女優賞でのんに投票する会員がいたら、その得票の扱いは……? 日本映画にしてもハリウッド作品にしても、これだけアニメの影響力が増える一方の時代に、なおざりにできない問題かもしれない。

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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