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もう「ベン・アフレックの弟」とは言わせない。オスカー最短距離の、魂を揺さぶる演技

斉藤博昭映画ジャーナリスト
ゴールデングローブ賞のアフター・パーティで、弟ケイシーの受賞を喜ぶベン(写真:REX FEATURES/アフロ)

間もなく(現地時間1/24)発表されるアカデミー賞のノミネート。今年は、昨年のディカプリオのようなビッグスターの受賞はなさそうで、やや寂しいが、演技賞で最も確実なのがケイシー・アフレックだろう。ケイシー・アフレック? 誰それ? という人も「ベン・アフレックの弟」と聞けば、何となくその顔が思い浮かぶかもしれない。

『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち』など兄ベンとの共演作を経て、『オーシャンズ11』からのシリーズ3作に出演。『ジェシー・ジェームズの暗殺』ではアカデミー賞助演男優賞にノミネートされるも、一般的な認知度はあまり高くなく、いまだ「ベンの弟」という形容詞で語られることも多々あるケイシー。そんな彼が、アカデミー賞主演賞受賞で名実ともにトップスターになる日が迫っている。

これまでの主な前哨戦である、NY映画批評家協会賞、LA映画批評家協会賞、全米映画批評家協会賞、ゴールデングローブ賞の4つのうち、LA以外の3つで主演男優賞を獲得しているケイシー・アフレック。ちなみにこの4つすべてで主演女優賞を受賞しているのが、イザベル・ユペールで、彼女の方がオスカーに近そうだが、これから発表される全米映画俳優組合賞(SAG)でイザベルはノミネートを逃している。アカデミー賞と投票者が多く重なるSAGなので、ここでの受賞は重要。結果発表はこれからだが、同賞にしっかりノミネートされたケイシーは、受賞確率も高そう。LAの主演男優賞も、過去5年間、アカデミー賞と違う結果なので、不安材料にならない。

では、受賞の対象作『マンチェスター・バイ・ザ・シー』で、ケイシーがどんな名演技をみせているのか。

こちらは英語版の予告編

彼が演じるリー・チャンドラーは、ボストンの便利屋。ある日、兄が心臓発作で急死し、その16歳の息子、パトリックの後見人にリーが指名される。親代わりとなるリーの葛藤に、シビアな過去が重なっていき……という、一見、地味なストーリー。

便利屋として孤独な毎日を送り、つねに鬱屈したムードのリー。飲み過ぎてブチきれ、相手に喧嘩をふっかけることもしばしば。人生に不器用なダメ男の典型のようだが、そんな彼の切実な過去が明らかになったとき、思いが痛いほどに伝わってくる。ある意味、観客を引き込みやすいキャラクターだ。

「変わらない」ことで感動させる高難度の演技

よくあるヒューマンドラマの場合、こういった主人公が新たな状況によって成長/変化するパターンが多い。しかしこの『マンチェスター・バイ・ザ・シー』のリーは、基本、「変わらない」ところが特徴的。甥っ子のパトリックに対して、親のような感情を持とうとしても、どこか突き放してしまう。自戒しているのに、飲むとやっぱり暴れてしまう。そんな男をケイシーは、「そうじゃないだろ、でも気持ちはわかるよ」と観ているこちらにググッと共感させる表情とセリフ回しで演じているのだ。ある重要な過去が明らかになるシーンで、リーの感情が爆発する瞬間のケイシーの熱演に、胸ぐらをつかまれ、激しく魂の底を揺さぶられるのは確実だ。

リーの元妻を演じるのはミシェル・ウィリアムズで、こちらも賞レースでは助演女優賞の有力候補だが、後半のあるシーンでの二人の会話は、さまざまに揺れ動く感情を、これ以上ないほど自然に演じているという点で、2016年の映画で屈指の瞬間だと言っていい。

タイトルにもなっている「マンチェスター・バイ・ザ・シー」とは、マサチューセッツ州の町の名前。ケイシー・アフレックが生まれたのも同じ州の、同じく海辺の町、ファルマスだ(兄のベンが生まれたのはカリフォルニア州バークレー)。本作はその町と、同じ州の大都市ボストンで描かれる。ボストンといえば、ベンの監督作『ゴーン・ベイビー・ゴーン』、『ザ・タウン』の舞台。そして本作『マンチェスター・バイ・ザ・シー』では、ベンの盟友、マット・デイモンがプロデューサーを務めている。作品自体とケイシーの縁も深く、まさに“導かれての”代表作になった。

バットマン役も得て、主演作『ザ・コンサルタント』も間もなく(1/21)日本公開と、相変わらずキャリアは好調のベン・アフレックも、新たな監督作『夜に生きる』は、評判があまり芳しくない。しかし、弟ケイシーがこのまま受賞に輝けば、アフレック兄弟は揃ってのオスカーホルダーとなる。『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち』で脚本賞を受賞したものの、作品賞受賞の『アルゴ』では監督賞にノミネートされず、俳優としては無冠の兄も、弟の快挙を心から喜ぶにちがいない。

『マンチェスター・バイ・ザ・シー』は日本では5月公開

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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