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祝オスカー!で『ムーンライト』が日本公開を前倒しできた、いくつかの理由。劇場数も4倍に

斉藤博昭映画ジャーナリスト
アカデミー賞作品賞を喜ぶ『ムーンライト』チーム。右がバリー・ジェンキンス監督(写真:REX FEATURES/アフロ)

授賞式での発表ミスで、例年以上に注目が集まった今年のアカデミー賞。作品賞の大本命だった『ラ・ラ・ランド』を逆転しての受賞となった『ムーンライト』は、この発表ミスのおかげで、日本でもさらに知名度が上がったのも事実だ。シンプルな発表では、ここまで話題にならなかっただろう。その熱気が冷めないうちにと、当初、4月28日だった『ムーンライト』の日本公開日が、急遽、3月31日前倒しになることが決まった。

作品賞を受賞してから、SNSなどで「『ラ・ラ・ランド』よりもスゴいのか」という反応の一方、「『ムーンライト』早く観たい。でも公開は2ケ月も先か……」といった主旨の書き込みが増加。たしかに2ケ月後では、観客の「観たい」という動機も沈静化してしまうだろう。

今年は賞レースで『ラ・ラ・ランド』が優勢だったためか、ライバル作品である『ムーンライト』や『マンチェスター・バイ・ザ・シー』、『ハクソー・リッジ』などは4〜6月の公開が設定されていた。つまり今回は異例の公開前倒しとなるわけで、このような変更がフレキシブルにできるのは、ひじょうに稀なケースである。

例年では不可能な前倒し対応

たとえば昨年を例にとると、授賞式2/29(日本時間)に対して、作品賞受賞の『スポットライト 世紀のスクープ』は4月15日公開、有力作品の『レヴェナント/蘇えりし者』は4月22日公開だった。『スポットライト』は、まあまあのタイミングだが、もし『レヴェナント』が作品賞を受賞した場合、公開を3月にズラすことができただろうか? それは難しかったはずだ。

もちろん劇場のブッキングの問題がある。『レヴェナント』は4/22公開で、全国366スクリーンを押さえていた。この数を1ケ月前倒しにするのは、ほぼ不可能な作業となる。先行ロードショーで前週末に何館かで前倒し、というのは可能だったかも。

映画の公開に合わせて紹介する媒体の問題もある。『レヴェナント』で主演のレオナルド・ディカプリオのインタビューを掲載する場合、通常、公開日(4/22)の直前から1ケ月前くらいとなる。あまり早過ぎても、公開までに「過去の記事」になってしまうからだ。ネットや新聞は直前まで変更に対応できるだろうが、たとえば月刊誌で4/20発売でディカプリオのインタビュー掲載が決まっていた場合、急遽、公開が早まって3/20発売号に掲載を変更……というのは、物理的に無理な話。

今回の『ムーンライト』の場合、スター俳優は出演しておらず、そういったインタビュー記事の心配をする必要もない。もともと小規模作品のノースター映画だから、公開日変更に対応できた面もあるだろう。

ちなみに昨年、『レヴェナント』が作品賞を受賞していたら、2/29授賞式→3/23ディカプリオ来日会見だったので、本当は3月下旬あたりの公開がパーフェクトだったはずだ。

さらにもうひとつ、今年の春休み映画の公開ラインナップも少し関係しているかもしれない。大ヒットを狙う作品の公開日を並べると……

3/10 モアナと伝説の海

3/17 SING/シング

3/18 3月のライオン 前編

3/25 キングコング:髑髏島の巨神、サクラダリセット前編

4/7 ゴースト・イン・ザ・シェル、夜は短し歩けよ乙女

3/31〜4/1の週末だけが、突き抜けた大作の公開がないのである(別の意味で話題の『暗黒女子』が4/1公開だが)。その「隙間」に『ムーンライト』が入り込んだ感じだ。『ムーンライト』の配給会社であるファントム・フィルムは、同じ3/31に『光をくれた人』も公開する。とはいえ『光を〜』も全国32スクリーンと公開規模は大きくなく、劇場ラインナップを見る限り、『光を〜』の持ち分を『ムーンライト』に譲ったわけではなさそうだ。[追記]3/5の時点で『光をくれた人』の公開が延期となる情報が出ました。やはり同じ会社の作品によって今回の劇場調整が可能になった面もあります。

スクリーン数も全国で13→53に

もともと4/28公開で、全国でわずか13館という規模のロードショーだった『ムーンライト』。アカデミー賞受賞と公開前倒しによって、その館数も大幅に増加され、53スクリーンとなる予定。

アカデミー賞は、その年の社会を反映する作品に栄誉を与える傾向もあり、トランプ政権へのアンチテーゼや、昨年の「白すぎる」オスカーへの反省から、『ムーンライト』に評が集まったというのも事実。しかし、この『ムーンライト』は、映画としての構成のすばらしさ、映像と音楽の見事な調和、さらに俳優の演技が一級であるなど多くの要素を堪能できる、間違いのない傑作でもある。アカデミー賞受賞による公開前倒しによって、一人でも多くの観客にスクリーンで接してもらいたい。

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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