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ファン歓喜の『ゴースト・イン・ザ・シェル』吹替キャスト。この春、映画会社の吹替版への苦心が花開く!?

斉藤博昭映画ジャーナリスト
スカーレット・ヨハンソンの声を務めるのは、オリジナルで草薙素子役の田中敦子

先日、『攻殻機動隊』のハリウッド実写版『ゴースト・イン・ザ・シェル』の日本語吹替版キャストが発表され、SNSでは歓喜のコメントが飛び交った。

「ありがとうありがとうありがとう」

「字幕版と吹替版で2回観に行くこと決定!」

海外のファンからは

「吹替版で観られる日本人がうらやましい!」

etc…

1995年の押井守監督のアニメ版『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』や、同監督の『イノセンス』、さらにTVシリーズでも声を務めたオリジナルキャストが、今回の実写版にも起用された。草薙素子役(『ゴースト〜』では「少佐」役)の田中敦子、バトー役の大塚明夫、トグサ役の山寺宏一。「攻殻」ワールドの精神を受け継ぐという意味で、ファンにとっては最高のキャスティングとなった(ちなみに荒巻は劇中でも日本語のセリフがメインなので、日本語版もビートたけしの声のままになる模様です)。

アニメも含めて洋画の日本語吹替版に関しては、これまでもさまざまな波紋を呼んできた。知名度のある俳優やタレント、お笑い芸人をキャスティングし、一般的な注目度を上げようとすることで、その映画を本当に観たい層からバッシングを受けてしまうケースも多い。しかしここ数年、作品にとって「ふさわしい」吹替を求める動きが少しずつだが顕著になってきた。とくにマニアなファンを取り込みたい作品、たとえば2013年の『パシフィック・リム』あたりから、こうした傾向が増えている。

アニメ版とハリウッド実写版が同一キャストは史上初

『ゴースト・イン・ザ・シェル』のように、アニメ版の声のキャストがハリウッド実写版も担当するのは史上初。日本の人気アニメ→ハリウッド映画化というケース自体、過去にそれほど多くないが、2008年の『スピード・レーサー』(マッハGoGoGo)、2009年の『DRAGON BALL EVOLUTION』(ドラゴンボール)や『ATOM』(鉄腕アトム)などは、物語やキャラクターの設定が多少、変更されているせいもあって、オリジナル版の声優が吹替を担当することはなかった。その意味で、今回の決断は映画会社に感謝したい。とは言っても、今回のケースでもし、知名度優先のタレント起用ということになったら、オリジナルのファンの激怒は想像以上になったことだろう。その意味で、映画会社も他のチョイスは考えられなかったのではないか。

『ゴースト・イン・ザ・シェル』のように最適なキャストが見つかればいいが、やはり洋画の吹替キャストの選択は難しい。実際に、間もなく公開される超大作『キングコング:髑髏島の巨神』では、GACKT、佐々木希、真壁刀義(新日本プロレス)と、声優専門ではない人をキャスティング。このニュースを流すこと自体が公開までの宣伝戦略であり、公開に向けて彼らがマスメディアに露出することで注目が集まることになる。

ただし、イメージが固まった有名人が声を務めることで、日本語吹替版への違和感が増すという意見は、近年も『プロメテウス』や『ジュラシック・ワールド』など、つねに上がり続き、止まることはない。単に担当したキャストの声の演技がうまい/下手という問題ではなく、やはり声優専門の人が演じた方が余計なイメージに邪魔されず、作品のためにはなる。映画会社は少しでも話題のトピックを作りたいし、悩ましい問題である。

歌唱力が試される動物たちのアニメ

『SING/シング』は動物だけの世界が舞台
『SING/シング』は動物だけの世界が舞台

この春は、『ゴースト・イン・ザ・シェル』以外にも、日本語吹替版への映画会社の苦心が見てとれる作品が目立つ。

個性派の動物キャラたちが登場し、彼らの歌も聴きどころになる『SING/シング』では、内村光良、長澤まさみ、トレンディエンジェルの斎藤司という知名度優先のキャストに、宮野真守、田中真弓、坂本真綾、水樹奈々、山寺宏一という声優界のオールスターを絶妙にミックス。何より、各キャラクターの歌唱力がカギになるので、大地真央ら“歌える”キャストが集められているのがポイント。スカーレット・ヨハンソン(偶然にも『ゴースト・イン・ザ・シェル』のヒロイン役!)らの英語版との比較も話題になりそうだ。

安易な吹替キャストは許されないディズニー作品

そして「歌」といえば、春の超話題作『美女と野獣』の吹替にもこだわりが……。ディズニー不朽のアニメーションの実写化というのはもちろん、ミュージカル色の強いこの作品で、ヒロインのベル役に昆夏美、野獣役に山崎育三郎がキャスティングされた。ともに一般的な知名度としては高くない2人。しかし、「レ・ミゼラブル」など舞台でのキャリアは万全で、ミュージカル界では有名。あくまでも歌唱力が重視されたわけだが、声優としての経験はこれからなので、歌以外の演技部分でその力量が試さそうだ。共演陣にも島田歌穂、岩崎宏美らミュージカルのベテランが顔を揃えており、知名度のみをを優先していないキャスティングに好感がもてる。

エマ・ワトソンの新たな代表作になりそうな『美女と野獣』
エマ・ワトソンの新たな代表作になりそうな『美女と野獣』

もともとディズニーは、アメリカの本社が吹替版キャストにひじょうにこだわることで有名。アニメ作品も含め、作り手側の「お墨付き」が必要であり、同社の長編アニメーションの新作で、公開されたばかりの『モアナと伝説の海』でも、実力重視主義によって、ヒロインの吹替に屋比久知奈(やびくともな)という沖縄出身の新人歌手が大抜擢されていたりする。

このように日本語吹替キャストへのこだわりが大きい洋画が目立つ、2017年の春。どの作品の吹替が最も成功しているか、観比べるのも楽しいかもしれない。

『ゴースト・イン・ザ・シェル』

4月7日(金)ロードショー 配給:東和ピクチャーズ

(c) 2017 PARAMOUNT PICTURES. All Rights Reserved.

『SING/シング』

3月17日(金)ロードショー 配給:東宝東和

(c)UNIVERSAL STUDIOS

『美女と野獣』

4月21日(金)ロードショー 配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン

(c) 2016 Disney Enterprises, Inc. All Rights Reserved.

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、ヤングマガジン、クーリエ・ジャポン、スクリーン、キネマ旬報、映画秘宝、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。

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