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「これが日本代表の練習なのか」W杯まで50日。ラグビー日本代表SH田中史朗が募らせた危機感とは

斉藤健仁スポーツライター
円陣で選手たちに激しい口調で語りかけるSH田中(撮影:斉藤健仁)

カナダ・バンクーバー北部・クラハニー・パークにある、森に囲まれた地元クラブのラグビーグラウンド、その木陰の中での一幕だった。

9月に開幕を控えたラグビーワールドカップ(以下W杯)まで後50日を切った8月1日、ラグビー日本代表は、3日のパシフィック・ネーションズカップ(PNC)の3~4位決定戦・トンガ代表戦に向けて強度の高い練習をしていた。その最後に、FLリーチ マイケル主将(東芝)がニュージーランド(NZ)のチーフスでやっていたコンタクト(接点)のセッションを行った。

そのセッションの後、練習を終えるために円陣を組んだ。

その時、今シーズン、3年目となったハイランダーズ(NZ)でスーパーラグビーの優勝を経験した「フミ」ことSH田中史朗(パナソニック)が激高し、途中で、リーチ主将の制止も振り切り、約3分間にわたって選手たちに、強い口調で訴えかけた。

7月、NZから帰国直後、フミはこう語っていた。「試合に出るよりも、チームを一つの方向に向けるために、エディー(・ジョーンズ日本代表ヘッドコーチ)と選手の中に入って、しっかりとした『管』役を果たし、日本代表を一つにまとめることが僕の仕事です」

まさしくそれを実践した形となった。

コンタクトの練習では試合に出るメンバーと出ないノンメンバーと2つに別れて行っていたが、試合に出る選手の中で、SH日和佐篤(サントリー)と並んで一番小さい166cmのフミを押しのけられない選手がいたり、そのフミにどかされたりした選手がいたという。つまり、小さいSHの選手に対して、2日後が試合ということもあり、全力で、100%でやっていない選手がいたというわけだ。「リーチや堀江(翔太)、マイキー(マイケル・ブロードハースト)は(ちゃんと)やっていましたが……」(SH田中)

円陣の後、フミは「普通のことを言っただけです。(PNCで)2連敗しているのに、これが日本代表の練習なのかと思いました。僕も(接点で)相手をどかすように全力でやりますが、一番小さいのに、FWは難しいかと思うのに簡単にできてしまう。6月の練習はみんな『しんどい』と言っていましたが、何の意味があったのか、甘いというか……。(W杯に向けたセレクションが進んで)安心感があったのだと思います」と語った。

また、ホテルで行われるようなミーティングではなく、グラウンドで伝えた意図を「全部が全部、一気に言えませんから」と説明し、続いて「僕がずっと日本代表の合宿にいなかったぶん、心に響く選手もいると思いますし、逆にうっとうしいと思う選手もいるかもしれない。ですが、うっとうしいと思われても日本代表が(W杯に)勝てば日本のためになります。僕もこういうのは辛いですが、勝つためにはやらなければいけないことはわかっています」と淡々と話した。

見間違いかもしれないし、汗だったかもしれないし、激しい練習のせいだったかもしれないが、最後には、フミの目の奥は少し赤くなっているように見えた……。

2011年、NZで行われたW杯で一勝もすることができず、フミは、その責任を人一倍感じ、「日本ラグビーのために」とNZに渡り、日本人として初のスーパーラグビープレイヤーとなった。そして、今シーズン、ハイランダーズの初優勝に貢献し、「勝つことも大事ですが、もっと選手たちが日本のためにという気持ちを持って戦ってほしい」と感じ、その気持ちから起こした行動だったのではないか。

翌日(2日)、リーチ主将は「フミが言ったことは合っています。スーパーラグビーで優勝した選手が発言して、その結果、チームが変われるのか。次の練習で、その効果があったか見ます。フミが怒ってからやるのではなく、最初からできるようになりたい。昨日もエディーと話したのですが、コンタクトの練習になったら、リーダー陣を中心に引っ張っていくことを考えています」と話した。

またフミとハーフ団を組むことも多いSO/CTBの立川理道(クボタ)は感じたことをこう率直に語った。

「選手の中から言ってくれる人は少ないですし良い刺激になりますし、もう一度、ハングリーにならないといけないと目を覚まさせてもらいました。何を言っているんだと突き放してしまうような目で見てしまうと、チームとして良い方向に行かないですし、フミさんの言うことを受け止めて、少しでも意見があればフミさんに言えば済むことです。ミーティングが増えたりして、いろいろ意見を言い合えるようになってきました。その時の発言が、常にやさしい言葉だけではないです。

フミさんが言っていることは間違っていないと思いますし、チームが負けている中で、勝ちたい気持ち出してやっているのもわかるし、周りの選手がそれをくみ取れば、もっと良いチームになりますし、伸びシロもあると思います。フミさんの意見を素直に受け止めて、一緒にやっていきたい」

今シーズン、選手たちの自主性を重んじてきたジョーンズHC(ヘッドコーチ)は、「(フミが言ったことは)自分ではなくフミに聞いて下さい」と一歩引いた姿勢を取り、「W杯に向けてどのくらい成長しなければいけないかという危機感は選手自身から芽生えないといけない。明日(3日)のトンガ代表戦は精神面が問われます。フミや私からギャーギャー言われるのではなく、選手たちが自分たちで自発的にならないといけない」と、選手たち一人ひとりの奮起に期待を寄せた。

W杯まであと残された時間は決して多くない。日本ラグビー界の歴史を変えた「小さな先駆者」の発言に感化され、「エディージャパン」は勝つメンタリティを持った一つのチームになることができるだろうか――。

スポーツライター

ラグビーとサッカーを中心に新聞、雑誌、Web等で執筆。大学(西洋史学専攻)卒業後、印刷会社を経てスポーツライターに。サッカーは「ピッチ外」、ラグビーは「ピッチ内」を中心に取材(エディージャパン全57試合を現地取材)。「高校生スポーツ」「Rugby Japan 365」の記者も務める。「ラグビー『観戦力』が高まる」「ラグビーは頭脳が9割」「高校ラグビーは頭脳が9割」「日本ラグビーの戦術・システムを教えましょう」(4冊とも東邦出版)「世界のサッカー愛称のひみつ」(光文社)「世界最強のGK論」(出版芸術社)など著書多数。学生時代に水泳、サッカー、テニス、ラグビー、スカッシュを経験。1975年生まれ。

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