Yahoo!ニュース

謝罪会見を求める私たちの声は大きくなったのか

坂口孝則コメンテーター。調達コンサル、サプライチェーン講師、講演家
謝罪会見は一見、多くなった気がしますが……。(写真:Rodrigo Reyes Marin/アフロ)

謝罪はすべきなのか

舛添さんの問題は、いわば、メディアと国民が責めやすい対象を選定して「謝罪に追い込んだ」事件といえなくもありません。それに、ベッキーと不倫した某バンドボーカル氏にたいして「謝罪せよ」という声がいまだに高いようです。乙武さんについて、謝罪会見を求める声が大きかったようです。

日本の「謝れ」病は、怖いものがあります。私は企業のコンサルタントに従業しています。その際にも、いかに謝罪するか、話題になります。

たとえば企業が謝罪会見をする場合は

1.関係者が不特定多数にいたるため報道機関を解する必要があり

2.なんらかの不正行為、不法行為が起きており

3.記者会見をすることで公的な利益につながる

ケースです。

しかし、そこで考えてみると、不倫は本人間あるいは家族間の話にすぎないので、謝罪会見の意味と意義がわかりません。いや、きっと、意義はないのかもしれません。あとはエンターテイメントの世界にいるひととして、記者会見をしたほうがよいのか、しなくてもよいのか、自分で決めればいい話です。

謝罪は増えたのか

ところで、この「謝罪会見」って、昔からこんなに多かったのでしょうか? なんとなくですが、多い気がします。日本人は毎年のように不寛容になって、他者に謝罪を求めるようになったともいわれます。しかし、それはほんとうでしょうか。

さっそく調べてみました。朝日新聞と読売新聞の30年分を調査し「謝罪会見」なる単語をふくむ記事数です。左から、年、朝日新聞の「謝罪会見」記事数、読売新聞の「謝罪会見」記事数です。

年/朝日新聞/読売新聞

1984年/1/0

1985年/0/0

1986年/0/0

1987年/0/1

1988年/4/2

1989年/0/0

1990年/1/2

1991年/1/8

1992年/4/5

1993年/0/4

1994年/0/2

1995年/3/8

1996年/1/4

1997年/6/16

1998年/1/11

1999年/1/8

2000年/23/16

2001年/14/19

2002年/17/20

2003年/10/29

2004年/22/26

2005年/14/25

2006年/34/46

2007年/107/56

2008年/36/32

2009年/31/21

2010年/35/19

2011年/13/13

2012年/23/9

2013年/25/13

2014年/26/20

2015年/14/6

2007年は亀田親子の謝罪問題で急に盛り上がりました。80年代は、ほとんど謝罪会見ってなかったのですね。グラフにしてみました。こう見ると、傾向としては右肩上がりにあります。

画像

もちろん企業や個人が、不祥事後に謝罪会見をすぐさまやって、コトを穏便にすませようという姿勢もあるでしょう。しかし、私が思うに、大衆の余裕がなくなってきたんじゃないでしょうか。つまり、謝罪会見の増加とは、バブル崩壊とほぼ一緒なんですよ(1989年~1992年)。

謝罪は実質的に増加傾向にあるのか

大衆は経済的な余裕をなくし、娯楽として芸能人や企業の謝罪を求めるようになった。こう考えたら、しっくりきます。

中長期的に見て、増加傾向にはあります。ただ、近年的に増加傾向にあるかといえば、逆に2007年や2008年のピークからすると減少傾向にあるようです。

ですから、近年、とくに日本人が不寛容になっているかというと、それはあまり支持できそうにありません。できれば私は、このまま減少傾向が続き、巨悪に対する批判こそ、高まることを期待しています。

コメンテーター。調達コンサル、サプライチェーン講師、講演家

テレビ・ラジオコメンテーター(レギュラーは日テレ「スッキリ!!」等)。大学卒業後、電機メーカー、自動車メーカーで調達・購買業務、原価企画に従事。その後、コンサルタントとしてサプライチェーン革新や小売業改革などに携わる。現在は未来調達研究所株式会社取締役。調達・購買業務コンサルタント、サプライチェーン学講師、講演家。製品原価・コスト分野の専門家。「ほんとうの調達・購買・資材理論」主宰。『調達・購買の教科書』(日刊工業新聞社)、『調達力・購買力の基礎を身につける本』(日刊工業新聞社)、『牛丼一杯の儲けは9円』(幻冬舎新書)、『モチベーションで仕事はできない』(ベスト新書)など著書27作

坂口孝則の最近の記事