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開発購買とインダストリー4.0の非常識な関係

坂口孝則コメンテーター。調達コンサル、サプライチェーン講師、講演家
インダストリー4.0のあとは工場と生産の役割が変わると言われているが……。(写真:アフロ)

「開発購買」という言葉がある。これは、開発の初期段階から、下流部門(調達や生産部門等)が介在することで、QCD(品質・コスト・納期)を改善しようとする試みだ。しかし、同様のことは20年も前からいわれている。では、インダストリー4.0時代の「開発購買」とは、どこに注目すべきか。超大手メーカーの調達マネージャーである稲葉浩志(ひろし)さんに、これからの企業調達について聞いた(聞き手・坂口孝則)。

ーーこのところ、「開発購買」という言葉自体を聞きません。稲葉さんには、「The調達2016」において開発購買の重要性について振り返っていただきました。

やはり、そもそも開発購買が非常に曖昧な定義で、何かわからないまま、もしくは独善的定義を付したところへ採用する企業の思いが重なり、時に魔物のような存在になってしまったのではないかと思う。

実際、開発購買さえすれば利益増になると妄信的に活動を続けたものの、利益がどのように増えたかを測る物差しを持たず、利益が出ていないと早合点……それならやめてしまえみたいな声が上がる……というような道をたどりがちだ。

やっている方は、原価に織り込まれた部分を成果と主張しても、半信半疑あるいは、色眼鏡で見られている感が否めない状況に陥りモチベーションが下がる。

そして気づけば自然消滅といった過程をたどった、もしくはその途上にある、のではないだろうか?

ーーなるほど。それは以前からでしょうか。

実際、私は、設計部門にいた時代に、この開発購買とやらに引っ掻き回され、排除した経験がある。

決して無下に排除したわけではなく、仕様を共通化した部品の提案であったのだが、私の開発中の製品に於ける部品の要件を無視して置き換える提案がなされたから排除したのだ。

こういった経験をしてしまうと、どうしても開発購買が胡散臭いものに見えてしまう。以来、開発購買とは無縁な状況で過ごしてきたのだが……。それが、唐突に180度の方向転換を迫られる状況が訪れた。そう、「お前が開発購買をやれ」という業務命令だ。

立場変わって調達担当になり開発購買を推進する立場になったわけで、その時の経験から、同じ轍は踏むまいと心に誓い、開発購買を設計にいかに役立つかを説きつつ協働による成果を積み重ねてきた。

横から割って入るのではなく、下支えする立場に徹した。そういう活動が実を結び、多数の成果をあげた。ただ、そういった活動も後継者に託した頃から雲行きが怪しくなり、現在は開発購買自体がタブーのようになってしまっている。

要因としては、一つに、経営層の言葉遊びが原因で本質を見失ってしまい存在意義を失ったのではないかと思っている。

ーー何が問題だったのでしょうか。稲葉さんがご参加いただいた「The調達2016」においても、開発購買というのは、古くて新しいテーマでしたよね。

こういった経緯を、自らの経験談的にはなるが、開発購買をどのように持続させ、かつ経営に寄与するような活動にできるか、ひいてはお客様に喜んでいただけるのかを考えてみたい。

ここで、開発購買について再定義しておく必要がある。拙著の中では、「開発の上流行程から調達部門が関与する事によりコストミニマムでの製品作りを指向する事の総体をいう」としてある。

私自身のこの考え方は現在も変わっていないので、この定義としておこう。ところで、上記定義で入口はわかる。では、終端はどこまでか? 開発購買の終端は、サプライヤーである。

すなわち、開発購買は、そのカバー領域からサプライチェーンマネジメントを組入れ

なければならない。と、同時に、サプライヤライフサイクルマネジメントを実践しなければならない。

ーー開発購買は今後どのような運命をたどるのですか?

現状でセミナーを開講されておられる先生方には甚だ失礼な話かもしれないが、個人的には、早晩、「そんなこともあったよね」と「死語」にランキングされるだろうと思う。では、製造業における原価低減(以下、原低という)はどうなるのか?

何も、開発購買だけが原低の手段ではない。総体としての「開発購買」は役割を終え、個別の特化したより深い原低手法が今後は主流になると考えられる。

ただし、この場合の原低とは原価を適正にするのであって、常に低下方向に向かうわけではない。全体最適を図る上で、時にコスト上昇が起こりうる可能性は否めない。まず考えるべきは、設計自体が調達の難易度を左右するファクターである点、調達容易性がコストに直結している事実ををあらためて設計者に周知しなければならない。

例えば、ある製品が500点ほどの部品で構成されているとする。そのうちの499点は発注後1ヶ月で入手ができるが、残り1点が発注後3ヶ月かかるとなると、そのためだけに3ヶ月前に発注しておかなければならない。本来、システムが発注を制御しなければならないのではあるが、同時手配をすると499点が2ヶ月間貯蔵状態で滞留してしまう。また、長納期を嫌って1点を在庫化も考えられるが、在庫の単位で余計な資産を滞留させてしまう。

このように、部品選定が直接的なコスト要因であると同時に間接的なコスト要因になると理解できる。設計は調達容易性を評価できるようにデザインレビューに入れなければならないと言える。そして、使用する部材、部品の調達容易性をパラメータ化し合計値が定率を超えなければ商品化できないなどの制限を課し、コスト管理を行う必要があると言える。この調達容易性をデジタル(定量)化するのは調達部門の仕事である。

故に、商品設計は設計部門と調達部門のCFTがスタンダードになると思われる。

ーー逆に、どのように開発購買は進むのでしょうか。

製造を行うにあたり。自製、外注(EMS等)の最適解を見出す。自製、外注に限らず、プロを組織化したIEチームによりラインパフォーマンスを極大化を適時実行が重要である。

こればかりは、調達領域とは言い難いが、生産技術部門を要しない企業においては、サプライヤーとのフロントエンドである調達部門にその役割を割り付ける他に方法がない。

すなわち、調達部門といえど単にモノを買うだけのプロで収まってはいられないのである。IEスキルを身につけ、サプライヤーの指導が行えるようにならなければならない。ただし、これはインダストリー4.0までの期間の話になる。

インダストリー4.0に向かう途中で、おそらくは日本の製造業の大半が自製を行えなくなる事態に見舞われるのではないか? 

ーーどういうことでしょうか?

調達領域からは外れる概念かもしれないが、物流が今後どのような道を歩むのかは未知である。しかしながら、ものを買うのは、どこかから取り寄せるわけで、調達には密接に関係した事象であるし、当然、調達コストに少なからずとも影響するファクターと言える。したがって、物流コストの挙動は注目しなければならないし、輸送コストに関わる燃料費には注意が必要である。

さらに、近年のトラック台数、トラックドライバー数の不足は深刻な状況であり、原価要因として物流を単一事象としてではなく、複合事象として捉えるようにしたい。

ーーなるほど。ただ、稲葉さんにご参加いただいた、「The調達2016」でも同様の話は出ていました。

開発購買はなくなるといいながら、「開発購買は……」と矛盾しているとのお叱りを受けそうだが、ここでは、個々の活動にネーミングをする以前の状況として「開発購買」総体でインダストリー4.0との関わりについて考えてみたい。

その一つに、マスカスタマイゼーションの台頭がある。果たして、マスプロは終焉を迎えるのだろうか? 個人的には、マスプロは残ると思う。ただし、その領域は少し趣向が異なるはずだ。

今後のマスプロは、工業製品が主な対象ではなくなる可能性を考えておきたい。変わって、野菜などの食料品の工場生産化が台頭してくるだろう。食料品は、人が生きていく上では必要なもので、かつ、景気の良し悪しに関わらず消費量がコンスタントにある。不況だからと言って食べないわけではないし、好景気だと言ってどか食いするわけではない。

そういう領域ではやはりマスプロが必要不可欠であると思う。そしてそれらの製造工場にはIoTが、またFAが密接に関わってくるので、電気屋や機械屋が門外漢だという話ではなく、むしろ、工業製品に特化してきたこれまでの技術の応用・展開が求められるはずだ。

そこに、広義の開発購買の活躍の場があるのではなかろうかと思う。

とはいうものの、食料品は地産地消で良いから、地域に根ざす点で、ドメスティックであっても、さほど違和感はない。

一方、自動車をはじめとする工業製品はどうか? 正直なところ、日本の従来型の製造業はインダストリー4.0に向いていないのではないかと思っている。

その理由の一つに、サプライチェーンをオープン化が技術流出につながる懸念から、閉鎖的な「系列」という垂直統合型のスキームの構築にあるからだ。

また、現在の自分の周りの状況を見ても明らかなように、中小企業のIT化について見てみると、それは入り口で足踏みの状態である。この停滞を招いている一つの要因が法律である。

ーーどういうことでしょうか?

法律が絡んでいるが故に、大手が導入を促進するなどして、ついてこれるところだけがついて来れば良いなどとやらかすと、途端お咎めを受ける羽目になりかねない。

結局は、大手は自身がIT化を進めても、サプライチェーン上のITチェーンがなく、旧態依然としたスキームでやらざるをえないのだ。

その昔、GMだったかで、CADデータを下請けに渡して仕事をさせている話があった。その当時、日本ではCADが導入され始めた頃ではあったが、お絵かきツールの域を脱していなかった。故に、大判のプロッターなるものがもてはやされ、メーカーがこぞって大判プロッターを出した時期でもある。

確かに、その当時は解像度の低いCRTモニタしかなく、大きくても20型程度であったから、全体を確認するには、紙に印字するしかなかったが、紙でないと下請けには仕事が出せない事情もあった。

今持って、そのままの状態の分野が残っているのだ。ある種、日本はすでに30年近くも遅れていると言えるのではなかろうか?

正直、この執筆の依頼があってから調査を開始し、現在の日本の状況に愕然とした。紙の図面がないと仕事ができない産業が、製造業を下支えしている構図を改革しないと、日本の製造業が撃沈しかねない状況に気づかされてしまったわけだ。

ーー皮肉な話のように思えます。

いずれにせよ、インダストリー4.0での広義での開発購買は、会社組織の壁を突き抜けるような活動に変わるであろう。いや、そうでなくてはならないはずだ。

そこでは、量産型のスキームに於けるセル生産のような個品流しのアプローチを行うハイブリッド型が主流になると思われる。

実はそれこそが、日本の開発購買がお家芸とする領域なのではあるが、開発購買要員が会社にとどまるとせっかくのナレッジが破綻しかねない。

そういう意味では、例えば、中産連のような社団法人化された組織にナレッジを集結し、更なる研究開発を行い、企業展開していく姿が合理的なのかもしれない。その際の展開はグローバルに行われるべきで、開発購買要員は、今後、適用されるべき地域の文化などを理解し、現場へフィットさせ、その効果を最大限に発揮できるるような取り組みを行わなければならなくなるだろう。

ーーありがとうございました。稲葉さんは「The調達2016」をはじめとして、さまざまなメディアで同種の話を展開なさっていますよね。今回、お話を聞いて、理解が深まった気がします。

コメンテーター。調達コンサル、サプライチェーン講師、講演家

テレビ・ラジオコメンテーター(レギュラーは日テレ「スッキリ!!」等)。大学卒業後、電機メーカー、自動車メーカーで調達・購買業務、原価企画に従事。その後、コンサルタントとしてサプライチェーン革新や小売業改革などに携わる。現在は未来調達研究所株式会社取締役。調達・購買業務コンサルタント、サプライチェーン学講師、講演家。製品原価・コスト分野の専門家。「ほんとうの調達・購買・資材理論」主宰。『調達・購買の教科書』(日刊工業新聞社)、『調達力・購買力の基礎を身につける本』(日刊工業新聞社)、『牛丼一杯の儲けは9円』(幻冬舎新書)、『モチベーションで仕事はできない』(ベスト新書)など著書27作

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