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激論!ほんとうに著者育成ビジネスは個人を幸せにするか

坂口孝則コメンテーター。調達コンサル、サプライチェーン講師、講演家
本屋の匂いが好きだ、私は(ひとりごと)(写真:アフロ)

現在、出版産業が約1兆5000億円の市場規模と振るわない。この数字は20年ほどで約4割が減った計算になる。しかし、そのなかで各社は自費出版の拡大に動いた。有名出版社は商業出版として書籍を出すのではなく、書き手である著者が費用を負担し書籍を流通させる自費出版ビジネスを拡大させてきた。また、形は商業出版であっても、それをプロデュースするエージェントや出版スクールなどの業態が開発されてきた。おなじく著者候補から対価を受取る。目的は、著者のマーケティングツールとして書籍を活用するためだ。書籍を読んだ人がクライアントになることで、著者側も費用はペイする仕組みだ。しかし、書籍市場が縮小するなか、そもそもマーケティングツールとしての活用意義はあるのか。また、書籍の書き手とは書かざるを得ない業を背負っているはずだが、本来、書かざるものを檜舞台に上げる支障はないのか、老舗の出版スクールを経営する松尾昭仁さんに聞いた。

――おひさしぶりです。

松尾昭仁(以下「松尾」):こんにちは。今日はよろしくお願いします。

――現時点で、著者を何名くらいプロデュースしていますか。

松尾:200名くらいですよ。多くが士業とコンサルタントです。

――書籍は出そうと思ったら出せるものですか。

松尾:坂口さんは28冊? 27冊だっけ? それだけ書籍を出しているから知っているとおり、出せますよ。そして出したあとは、人生が劇的に変わりました、という声がたくさん届いています。ビジネス書を出したのがきっかけで仕事が増えたり、メディアに出たり、という人もいます。

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――つまり、書籍を出すのが目的ではなく、その先のビジネスが目的なわけですよね。

松尾:たしかにその側面は否定できません。ビジネスをやっている人は、その独自のノウハウがコンテンツです。そのノウハウを著書にすることで、それを読んだ人がクライアントになります。バイブルを発表することで、共感するお客様が来てくれるわけです。

――そこに、ちょっと違和感があるんですね。私は、本を書きたくてたまらない人が書いて社会に価値をもたらすものだと思うんです。そこまで思わない人が、人生の逆転と収益化だけを考えて書籍を書いてしまって、良いのかという……。

松尾:もちろん、坂口さんみたいな人がいてもいいけれど、そんな考えない人もいます。どっちが良いとか悪いとかは決まらないと思います。才能があったら、持ち込みでも出版社は見てくれるかもしれません。しかし現実には、1000人が出版したいと思ったら、実際に出版できるのは3人くらいです。千三つの世界です。それを後押しするビジネスはやはり必要とされていますし、意味や意義があると考えています。

――しかし、とにかく本を出せば良い、ということになると、本来は価値のないコンテンツや、すでに社会に出ているコンテンツを再び流布させることになりませんか。

松尾:いや、必死に著者の経験を書くので、そのコンテンツは必ず読者に響きます。役にも立つと思います。また、考え方にもよりますよね。つまり、新しい、先端の、誰も書いていないコンテンツを作らねばならないと思ったら、あなたのような考え方になるでしょう。しかし、私は三角形の思考というものを提唱しています。これは、三角形の頂点にならなかったとしても、常に下の層がいるという考えです。だからトップじゃなくても、下の、これからその世界に飛び込んでくる人にむけて語ればいいんですよ。私もセミナー講師になる手法論をまとめた本を出しました。これが処女作です。ベテランではなかったんですが、セミナー講師をしたことがない人がたくさんいます。だから彼らに向けて書いた。私自身がその本によってビジネスを加速させた経験があるんです。詳しくは、先日出版した「誰でもビジネス書の著者になれる! 出版の教科書」に書いています。

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――処女作のときは、セミナー講師としてどれくらいのご経験だったんですか。

松尾:セミナー講師歴1年半のときです。

――え(笑)。それはさすがにマズイ気がします。たとえば最低でも3年とか。

松尾:いやいや、だから、そこが違うと思いますよ。その1年半でも、それを理論に昇華して書籍にまとめられれば、価値があります。実際に聞きたいという人がいます。繰り返し、その1年半すらも経験していない人がいるわけですから。これまでビジネスを始めたいと思っても、思うだけでセミナー講師の一歩を踏み出していない人がいる。彼らが潜在顧客なわけです。

――私の考えが古いかもしれません。書籍というのは熟考と研究を重ねたものを、さらに命を削って書くものだという。

松尾:ですからその考えは否定しません。素晴らしい考えです。ただ、こっちも、命を削っていますよ。その考えは、あくまでも一つの考え方であるということです。坂口さんはそれで大丈夫なんです。しかし、そう考えないひともいます。

――しかし、そうやって作った書籍は歴史に残らないのではないか、と思うんですね。

松尾:卒業生の作品はたしかにライトなビジネス書が多いんです。しかし、時代のなかで一定の役割を果たすのも事実です。たとえば私の『コンサルタントになっていきなり年収650万円を稼ぐ方法』(集英社)があります。これは、超一流のコンサルタントにとっては桁が一つ違うだろう、6500万円の間違いでなければ、読む価値がない、と思われます。ただ、これからコンサルタントになりたい人、食べていくのがやっとのコンサルタントなんてたくさんいますので、対象読者にとっては確実に価値を生みます。あそこから、多くのお客さんも生みました。

――あの本は私も読みました。たしかにあれは面白かったんですよ。なんというか、業というか、それを書かねばならない、という気迫って必要ないんでしょうかね? どこまでもマーケティングが重要みたいな話になる気がして。

松尾:はい、うん、この点が平行線ですね。そういう考えもいいんです。それに、たとえば坂口さんであれば、自分の興味がたまたま社会的ニーズのあるものかもしれない。でも多くの人の場合は、その人の興味というのは、多くの場合、ニーズと合致していません。「私のまわりはみんな、こういう本を読みたいといっている」と主張する人がいます。しかし、知人がたまたまそういっているだけで、それって半径数メートルにすぎません。

――そうですか? まず身近な人に読ませたいと思うものを書くのが良いと思っています。自分の子どもに読ませたいと思って書いた小説が世界的なベストセラーになっています。それに半径5メートルの読者にむけて書いている有名ブロガーもいますよね。

松尾:それは例外なんじゃないかと思います。企画は面識のない数千人、数万人に届くようでなければなりません。多くの人に読んでもらえないと企画として成立しませんから。

――なんか松尾さんのまわりにいる編集者と仕事ができる気がしません。

松尾:いや、坂口さんだったら、書きたいといえば出版できるでしょう。書き方もわかっているから任せられる。私も20冊以上を書いています。でも、冷静に考えて、人生で20冊以上を書ける人はほとんどいません。やっぱり、直観ではなく、リサーチして、多くの読者を獲得する戦略を立てねばなりません。

――しかしそうなると、逆に本来は書籍を書くべきではない人たちをデビューさせていることになりませんか。

松尾:ですから、それが悪いことはないでしょう。出せないより、やはり、出せたほうが良いですよ。そのコンテンツによって仕事が効率化したり、変化したりする読者もいるわけですから。

――コンテンツが少ない人は強引に本を出すことになると、どうしてもふくらませることになりますよね。

松尾:もちろん工夫も必要です。だから、出版スクールでは、その点も教えています。魅力的なコンテンツは前半にもってこい、と。本の最初が退屈だったら、誰も読まないでしょう。自信をもっているものを前半にもってくる。

――なるほど(笑)。私、そういえば、編集者から「書籍の前半は真面目にゲラチェックしてください。後半は読む人が少ないですから」といわれたことがあります(笑)

松尾:そうそう。そうでしょう。

――しかし、その人が著者になれるかなんて、身近な人がわかりませんかね?

松尾:逆ですよ。私は身近な人に相談するなといっている。「そんなの無理だ」とか、「あなたの知識は普通レベルだ」と言われるに決まっている。

――それはほんとうにそういうレベルなんじゃないですか?

松尾:いや、普通の方々にとっては、出版という世界が遠いから、そういう反応になってしまうんです。そのときに、出版の世界に知り合いがいたら一気に現実的なものになるでしょう。そういう意味で、人脈を紹介するのも仕事ですね。具体的には企画の書き方だけではなく、編集者も紹介してあげる。紹介してあげれば、ヘンには扱われませんからね。それに私が紹介を受ける場合もそうですが、紹介を受ける時点で、一定のレベルは確保されています。

――そうやって門戸を開いた人のその後はどうなっているのですか。

松尾:もちろん順調になっている人もいれば、そうじゃない人もいます。しかし、それは出版というよりもその他の要因もあります。

――思うんですけれども、本を出せば人生逆転とかいいますけれども、5年前に出たビジネス書なんて誰も覚えていませんよね。ヒットすれば別かもしれませんけれど。となれば、集客のためには、ずっと書き続ける実力が必要じゃないでしょうか。一発、ぽっと出したくらいでは継続的な集客につながる気がしないんですけれど……。

松尾:いや、ほんとしつこいね。怒るよ(笑)。やっぱり、それは考え方の違いに行き着くんじゃないでしょうか。理想と現実を比較するのではなく、一冊も出せない状況と一冊出した状況を比較してください。するとやはり、出せたほうが良いでしょうし、私は著者が幸せになると信じているんです。だから出版のお手伝いをするわけです。「誰でもビジネス書の著者になれる! 出版の教科書」にも書いたんですが、やはり出版っていうのは夢があると思うし、みんなに実現してほしい。これは心から思っているんです。だから、坂口さんみたいな反対者がいても頑張ろうと再確認しました(笑)。

――すみません。

<対談者プロフィール>

松尾昭仁(まつお・あきひと)。最新刊は「誰でもビジネス書の著者になれる! 出版の教科書

その他大勢から抜け出したい、士業・各種コンサルタント・起業家をトータルで支援する 戦略プロデューサー兼、コンサルタント。

父方の祖父は戦前、満州にて百貨店、自動車販売会社を経営。父は地元埼玉県にて40年続く建設 清掃会社の創業社長という起業家の家系に育つ。大学卒業後、業界大手の総合人材サービス企業 を経て、コンサルタントとして独立。

自身が企画し講師を務めるビジネスセミナーの参加者は延べ10,000名を超え、その中から500名以上の各種講師や、200名を超えるビジネス著者を世に送り出す。

著作は22冊。執筆した本は中国、韓国、台湾、タイ王国でも翻訳出版されている。

コメンテーター。調達コンサル、サプライチェーン講師、講演家

テレビ・ラジオコメンテーター(レギュラーは日テレ「スッキリ!!」等)。大学卒業後、電機メーカー、自動車メーカーで調達・購買業務、原価企画に従事。その後、コンサルタントとしてサプライチェーン革新や小売業改革などに携わる。現在は未来調達研究所株式会社取締役。調達・購買業務コンサルタント、サプライチェーン学講師、講演家。製品原価・コスト分野の専門家。「ほんとうの調達・購買・資材理論」主宰。『調達・購買の教科書』(日刊工業新聞社)、『調達力・購買力の基礎を身につける本』(日刊工業新聞社)、『牛丼一杯の儲けは9円』(幻冬舎新書)、『モチベーションで仕事はできない』(ベスト新書)など著書27作

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