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調達コスト高が、企業の競争力強化になる理由

坂口孝則コメンテーター。調達コンサル、サプライチェーン講師、講演家
「高く買う」からはじまるコスト削減(写真:アフロ)

初出:無料冊子「非大量生産時代のコスト削減」を加筆修正して公開

現在、シェアリングエコノミーが流行しています。これは遊休資産の共有ならびに、仲介を指します。たとえば、カーシェアやAirbnbが展開する民泊のように、新たな経済圏と捉える見方は多いでしょう。しかし、これは生産者側からは、将来の生産台数減少を意味します。有名な英国バークレイズ・キャピタルの予想では、2040年までに自動車販売が40%減少するとしています。つまり、シェアリングエコノミーの時代にあっては、モノの生産が減少するのです。多くの業界では、生産量が減り、しかしそのなかでコスト削減をいかに実現するかが検討されています。魔法の杖はありません。そこで、今回は、このような状況のなかで、製造業がいかにコスト削減を進めるべきかが調達部門で議論されています。いや、むしろ調達・購買部門は不要になるかもしれません。現場のマネージャーである木村哲也さんに聞きました(聞き手:坂口孝則)

――微量生産時代は、バイヤー不要の時代でしょうか?

「グローバル化」や「サプライヤの寡占化」が進んで久しいです。競合値下げどころか、モノの確保にすら苦労するケースも増え、売り手と買い手の関係がシビアになってきたと感じるバイヤー諸氏も少なくないでしょう。

さらに微量生産時代には、買い手にとっての環境はいっそう厳しくなるでしょう。製品の種類が増えるから、使う材料の種類も増えます。購買品目が分散することで、従来の「ボリュームディスカウント」のような手法の効果も限定的になります。製品ライフサイクルも短くなり、「よく知らないスイスのA社と2か月以内に取引開始して垂直立ち上げ」なんてことだってあるかもしれません。こうした状況下ではコスト削減は二の次になりかねません。

グローバルな市場において、ニーズや製品が多様化すれば、同じ市場で企業同士が正面から激突するような機会は減っていきます。「オンリーワン」であれば、競合が存在しないのだから、安定した利益が出さえすれば「コスト削減」は必須ではないかもしれません。まして調達環境がシビアになっていくなかで、あえて限られたリソースを調達部門に注がないという選択肢は当然あるでしょう。バイヤーは存在しているだけでもコストなのだから、もし、いままでの調達と何も変わらなければ、調達部門をドラスティックに縮小したり廃止したりすることが最大のコスト削減かもしれません。

――微量生産時代にドラスティックに変えようとしたら、新興国調達でしょうか? たとえば、中国や新興国でサプライヤを発掘するには、どうしたらよいのでしょうか。

中国や新興国で安価なサプライヤを発掘しようとしてよく見られるのは、標準的な仕様書やRFQをばらまいて、出てきた見積のうち安価なほうから数社選んでさらに交渉を進めるという方法です。微量生産時代には、こうした手法も通用しなくなります。

これは潜在サプライヤが複数、それも多ければ多いほど有効な手法です。サプライヤの数が多いから、競争によって価格は下がっていくし、品質や納期も競い合わせて改善していく可能性があります。かつて中国はそうでした。

だけど、中国調達をやってきた人なら気づくでしょうが、品質を改善させていくには、そしてそれをメンテナンスするには相当の時間と労力がかかります。何度注意しても4M変更などは日常茶飯事です。品質問題はモードもまちまちでモグラたたき状態です。定期的に出張しチェックや指導が必要で、結局円安になって取引を中止したというケースもあるでしょう。

コストも最初の頃に比べてずっと上がってしまっています。いつの間にか自社よりも段違いに多く発注する欧米や中国国内の顧客をそのサプライヤは持つようになり、彼らと同等或いはそれ以下の価格を自社に提示してくれる道理もなくなりつつあります。

――では、どうすればよいのでしょうか?

それはまず、「高いメーカーから買う」ことです。何が高いか、「管理レベルの高さ」です。細かくいうと、品質管理や事務品質といった管理レベルがどれだけしっかりしているか、をみます。

往々にしてそういうサプライヤは「見積価格も高い」かもしれません。だけど最初はそれでも構いません。管理レベルが高いサプライヤとは、一緒に改善を進めることでコストを削減できる余地があるからです。

見積を入手してから、なぜこの価格なのかを推察します。高ければその理由は何か? 安ければその理由は何か? 実は訪問先には先に訪問しておくのがいいです。お互いに事情を知っているから見積も最初からまともなものが出てくるし、訪問時の感触から見積価格の根拠も推察しやすいです。

こうして管理レベルが高く、ある程度アグレッシブな価格が出てきたところから絞り込んでいきます。見積価格が安いところから絞り込み、次いで実際に訪問するよりも、実はこのほうが早いしピント外れになりにくいのです。

管理レベルが高いから、一度問題を解決すればモグラたたきにはなりません。かかる労力とコストは圧倒的に低いです。歩留まりの改善や生産工程や事務フローの効率化によるコストダウンも可能です。重要な情報もシェアできるから、ネットに図面がアップされることを心配せずに設計変更に知恵を出し合い、突っ込んだ話し合いもできます。時間も節約されます。量産調達開始後の品質問題対応で時間と労力を費やしたり、こちらの知らない膨大な原料在庫(原料をまとめ買いして安くしようとしたのだろう)を抱えて急な設計変更や突然の生産中止に対応できなかったりというリスクもぐっと減ります。

――でも最初だけは安価な見積書を提出するサプライヤもいますよね。「一発目に安い価格を提示してきたサプライヤを使いたい」と社内の生産部門や設計部門から言われたら、どうすればよいのでしょうか。

もし「一発目に安い価格を提示してきたサプライヤを使いたい」と社内の生産部門や設計部門から言われたら、これらコストの見える化をすればいいのです。定期的な出張監査に必要な費用、必要な投入人員、時間などを概算定量化して、元々の見積価格にオンして議論を開始すればいいのです。それでも採用するなら、想定されるリスクへの責任範囲を関係者できちんと分担して、あとは神に祈るだけです。

時間、労力、リスク等もコストです。モノ自体ではなくこれらにフォーカスし最小化していくことが、微量生産時代のコスト削減のひとつのポイントです。

――サプライヤを見つけたら、次はどのように進めていけばよいのでしょうか。

「高いサプライヤ」を幾つか見つけたら、次に「自社と合っているか」を見ます。事業方針やフィーリング、補完関係など自社との相性をみます。微量生産時代には企業も多様化します。得意・不得意も異なるし、それらが自社にマッチしているかどうかを詳しく検討します。市場の立ち位置、競合との関係、会社方針、社長の考え、技術力、知財、財務などを調査分析します。そしてこれらを総合的に勘案しながら、社内関係部門の意向を調整し、ウィンウィンの取引関係をデザインします。先方に変わってもらわなければならないかもしれないし、自社が変わらなければいけないかもしれません。時には直接交渉を通じてウィンウィンのシナリオを提示し、粘り強く訴えていきます。

これを実行するにあたっては、カテゴリ戦略やサプライヤ管理など従来のバイヤーとしての知識だけでは不十分です。財務や法務も含むビジネス全般の知識に加え、外国人とのコミュニケーション、プレゼンテーションなどに至るまで能力をフル活用する必要があります。 

バイヤーの仕事はニッチな調達の専門家、単なる「Cost down enabler(コストダウン請負人)」で良かったものが、「総合格闘技」を戦えるようになることが求められてきます。

――微量生産時代、バイヤーはどのような考え方をすればよいのでしょうか。

バイヤーの仕事というと、xx%減、▲▲個減とか「減らす」ことと思いがちです。しかし、微量生産時代にはそれも容易ではありません。

常に立ち返って考えたいのは、バイヤーに限らず、そもそも仕事とは「付加価値を加える」ということだ。つまり、「減らす」のではなく「増やす」という方向で考えます。

やや乱暴な言い方ですが、直接的なコスト削減ではなくとも、調達の仕事を通じて付加価値を高めさえすればいいのです。調達部門は存在しているだけでコストであり、コストダウンの難易度は増しているが、コストダウンは付加価値を出す一つの方法に過ぎません。調達に投下された資本に対する付加価値を最大化すればよく、付加価値を出すには様々な方法があります。

――ぜひ、木村さんの経験をお聞かせください。

私の話で恐縮ですが、世界各地でIPO(海外調達拠点)を立ち上げるには当然コストが掛かりました。だがその数十倍、数百倍の成果がありました。コストダウンは勿論だが、海外の優れた人材を「獲得」し、商社や代理店から自社へ調達プロセスを「取り込んだ」ことによって様々なノウハウや知見も「蓄積」されていきました。海外と日本のスタッフ同士で競争意識や新たな刺激が「生まれた」のです。

こうして新たに得たリソース・知見・ノウハウなどをもとに、さらに難易度の高い新たな課題に挑戦していくことが出来、調達部門全体の付加価値も向上していくという好循環が生まれます。「引き算」ではなく「足し算」の発想です。

納期遵守率を上げて販売機会を「増加」させる。品質向上によって工場の効率を「上げる」。要求部門の満足度を「高め」、自らの或いはチームの活躍で社内の地位を「上げる」。それによって今までできなかった改革を断行し成果を「挙げる」。

アシスタントの派遣社員の笑顔を「増やす」。ヤケ酒の量を減らして健康を「増進する」。納期追っかけの根っこを絶やして退社時間を早くし空いた時間でスポーツジムに通いそこで知り合ったきっかけで愛人を「作り」、美人の友人も乗数的に「拡がり」、そのために夫婦喧嘩を「増やし」て、誕生日プレゼントの価格が「高騰し」、それでもやっぱり妻が「最高」だと再確認します。

いくらでも増やせることはあるはずです。そして、増やすことは楽しいのです。

――確かなことを一つあげるとしたら、なんでしょうか。

「微量生産時代」はどんな世界なのか、本当のところ、私はわからない。そもそも未来はわからないし、世界は不確実性が増し、変化も早いです。ではバイヤーがそれにどう備えるか。確かなことが一つだけあります。「自由であること」です。

不確実な時代、変化の早い時代だからこそ、どんな状況になろうとも臨機応変に最適な調達ができることが、調達部門にとって重要な価値になるでしょう。そもそもコスト削減のためには「自由度」が極めて重要な要素です。Controllable (コントロールできること)と言ってもいいです。逆に言えば、コスト削減が難しい状況というのは自由度が限定されています。

――国際物流でもっともコスト削減が可能なのはどこでしょうか。

まず国際輸送に掛かる運賃や通関諸費用など手数料の部分に目がいくかもしれません。しかし実際は、運賃は市況や物量である程度決まってしまいますし、通関や諸費用なども国や地域で決まってしまいコントロールできない部分が多いのです。それに対して、その両端の部分、つまり国内の輸送、倉庫、在庫運営などの部分は自分たちでコントロールが可能であり、コスト削減余地が大きいのです。空港のそばの倉庫に移したり、箱の大きさを小さく変えたり、在庫運営方法を見直したり、様々な主体的な取り組みが可能だからです。

競合値下げが可能になるのは、いつでもサプライヤを変更できるという自由さがあるからです。1社調達から複数社調達へ、カスタム品から汎用品へ、部品点数の削減、開発購買、BCP、調達活動を有効に機能させようという試みは実は全て自由度を拡大させようという試みであるともいえます。調達部門自身にも当てはまる。日本の下請法や労基法といった規制や硬直的な労働規制から離れたところで創造的な調達チームを作れば、新たな付加価値を生むことは難しいことではない。私がIPOを立ち上げた最大の目的も実はここにありました。

――調達の強さとは、いったいなんでしょうか。

「強い調達」というのは「自由な調達」です。

自由であろうとすれば、反発や攻撃を受けることもあります。日本で調達していたものを海外でも調達できるようにすれば、日本のサプライヤは反発するし、社内の英語が不得意な担当者は反発するかもしれません。私もIPOを立ち上げた後、日本の調達部門の先輩たちから「そりゃあ、日本から離れて、あのメンバ揃えりゃ成果も出るわ」「俺と代わってみろよ」と言われたことがあります。コロンブスの卵の話が思い浮かびました。「俺だって西へ船を走らせればアメリカを発見できたさ」。卵の底をつぶして立たせると「それなら俺だってできるさ」。そういうことはいくらでもいわれます。

ただ、いままでは企業にとっての事業は顧客に制約され、顧客への販売に生産は制約され、生産に調達は制約されてきた。バイヤーはニッチな専門職に過ぎませんでした。それが変わります。微量生産時代は「バイヤーが価値を生みだす時代」です。到底不可能と思える世界へ越境しようとあなたが一歩踏み出した瞬間、それがはじまります。

――ありがとうございました。

<プロフィール>

木村哲也(きむら・てつや) 

住友電気工業 欧州調達・物流拠点ゼネラルマネジャ。米国、中国のIPO立ち上げ、本社調達課長を経て現職。

初出:無料冊子「非大量生産時代のコスト削減」を加筆修正して公開

コメンテーター。調達コンサル、サプライチェーン講師、講演家

テレビ・ラジオコメンテーター(レギュラーは日テレ「スッキリ!!」等)。大学卒業後、電機メーカー、自動車メーカーで調達・購買業務、原価企画に従事。その後、コンサルタントとしてサプライチェーン革新や小売業改革などに携わる。現在は未来調達研究所株式会社取締役。調達・購買業務コンサルタント、サプライチェーン学講師、講演家。製品原価・コスト分野の専門家。「ほんとうの調達・購買・資材理論」主宰。『調達・購買の教科書』(日刊工業新聞社)、『調達力・購買力の基礎を身につける本』(日刊工業新聞社)、『牛丼一杯の儲けは9円』(幻冬舎新書)、『モチベーションで仕事はできない』(ベスト新書)など著書27作

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