着実な準備とブログを通じた情報発信で、社労士業務を起動に乗せるまで

付加価値を存分の提供することで、次世代の社会保険労務士像を作り上げていきたい(写真:アフロ)

初出:「会社を辞めたぼくたちは幸せになったのだろうか」の一部を大幅に加筆して掲載

このところ、第二次、第三次の起業ブームが起きています。個人がサラリーパーソンから独立し、士業やコンサルタント、また個人事業主として食っていくとき、どのような困難が待ち受けているのか。私は一人の独立した人間として、他の先人たちに興味を持ちました。彼らはどのように独立して、食えるにいたったのか。それはきっと起業予備軍にも役立つに違いありません。さきほど、「第三次の起業ブーム」と入力しようとしたら、「大惨事」と変換されました。まさに大惨事にならない起業の秘訣とは。社会保険労務士の榊裕葵さんにお話を聞きました。

――独立にいたった背景について、ぜひ教えてください。

はい。私が独立を意識し始めたのは、リーマンショックの頃でした。私は自動車業界で仕事をしていたので、勤務先もリーマンショックの波を大きく受けました。正社員のリストラこそ免れたが、非正規社員の大半が雇止めをされ、正社員も賃金や賞与の削減、臨時休業日の設定など、労働条件の切り下げが次々と行われました。同業他社では正社員の大幅なリストラが行われた会社もありました。

比較的規模の大きな上場企業に勤めていたこともあり、それまでは何の不安もなくサラリーマン生活を送っていましたが、この時の体験を踏まえ、大企業の正社員といっても決して安泰ではなく、もし40歳50歳でリストラされたとしたら、このままではきっと食うに困るだろうと思い、自分が得意なことで何か一芸を身に付けようと考えたわけです。

私は、学生時代に司法試験にチャレンジしていて失敗した経験があったので、法科大学院に入って弁護士をもう一度目指してみる、という考えがまずは頭に浮かんだんですが、法科大学院を卒業するまでにかかる時間と自分の年齢を考え、また、そもそも「なぜ弁護士になりたいのか」ということに対しても、明確な答えが見つからなかったので、ゼロベースで進路を考え直すことにしました。

一芸といっても、スポーツや芸術にこれといった才能があるわけではないし、手先が器用ではないので職人にも向いていなさそうだ、というところまで考えると、選択肢は絞られていきました。

過去の人生を振り返ると、やはり法学部のゼミや司法試験の勉強は、大変ではありましたが、楽しくもあり、興味深いものではあったので、弁護士に限定せず、何らかの「士業」の資格をとって、生計を立てることができないだろうか、という結論に至ったのです。「弁護士」「司法書士」「税理士」「行政書士」……と士業の資格を探しているうち、「これは面白そうだ!」と目に止まったのが「社会保険労務士」でした。

私はサラリーマン時代、経営企画の仕事が長かったのですが、平たく言えば、会社の「人・物・金」という経営資源をどのように配分すべきか、という仕事をしていました。その中で確信したのは、経営資源の三要素は「人・物・金」というものの、経営資源の中では「人」が圧倒的に重要だということです。

「物」は人がアイデアや知恵を絞って作り出すものでありますし、「金」についても人が事業計画を作ったりプレゼンテーションをしたりして金融機関や投資家から調達するものなので、突き詰めると、企業経営の根幹にあるのは「人」に違いないということです。

リーマンショックのような激変期を乗り切るのも、やはり、経営者という「人」の決断力や判断力でしょう。そこで、私は、人事分野の専門家になりたいと思い、まずは、社会保険労務士の資格取得を目指そうと考えたのです。もちろん、法律論だけで経営は語れないので、簿記会計やリーダーシップ、メンタルヘルスなどの勉強などは今でも続けています。

――独立準備期間はどのようなことをしていたのですか。

幸いなことに、私は平成22年の社会保険労務士試験に合格し、平成23年8月1日付で社会保険労務士としての登録を受けました。ですが、直ちに独立に踏み切ったわけではありません。独立準備にあたっては、「ソフトランディング」を目標に、中長期的なスタンスで臨みました。

勢いで独立して「背水の陣」で臨むというのも、結果として成功すれば武勇伝になりますが、私は「一か八か」は苦手な性格なので、サラリーマンをしながら、在職期間中から副業的に社会保険労務士としての活動を少しずつ始めていきました。最初は、自分のブログやフェイスブック、mixiなどでの情報発信から始め、ブログの記事に対するコメントに返信したり、mixiのコミュニティで質問に答えたりしていました。

そうしているうちに、社会保険労務士の友達ができて情報交換をさせて頂けるようになったり、経営者になっていた大学の先輩が仕事を発注してくれたり、フェイスブックを通じて知り合いになった方からセミナー講師の話を頂いたりと、少しずつ仕事が入り始めました。

また、ブログも自分のところで書いていたのが、ソーシャルメディアの編集長から声がかかり、パブリックな場所で記事を書かせて頂けるようになり、自分の書いた記事が大手メディアにも転載されるようになっていきました。資格試験の学校を経営している方から受験指導の仕事のお声がけも頂き、独立準備期間中から独立当初にかけては貴重な収入源となりました。

このような助走期間を3年弱持ち、「満を持して」とまでは言えないが、平成26年6月30日をもって勤務していた会社を退職し、本当の意味での社会保険労務士としての独り立ちがスタートしました。なお、最後の1か月は有給消化に充てたので、その1か月は給料をもらいつつ、営業活動に注力できたので、大変貴重なスタートダッシュとなりました。

――資金繰りについてはどうだったのでしょうか。

同年7月以降は、サラリーマンとしての収入はもちろん無くなるので、退職金などを含めた貯蓄が尽きる前に、社会保険労務士業を(生活費含め)黒字化することが目標となりました。私は株式投資を行っていて、リーマンショックで持ち株も打撃を受けていたのですが、アベノミクスのおかげで証券口座の残高が回復し、独立のタイミングでキャッシュ化できたことも大きな助けになりました。

これは、「運」以外の何物でもないと思いますが、独立当初の資金繰りが厳しいとき、ある程度のキャッシュが手元にあることは本当に心強かったです。実際、山あり谷ありで、独立からしばらく後、「想定の範囲外のこと」が起きて、大きく収入が落ち込んだタイミングがあったのだが、手元キャッシュのおかげで生き残ることができました。

なお、「想定の範囲外のこと」とは、独立後最初の顧問先で、経営コンサルティングも含め大口の契約を頂いていた会社との顧問契約が、諸般の事情により短期間で終了してしまったということです。売上の大半をその顧問先に頼っていたので、たちまち私の事務所はピンチを迎えてしまいました。

このときは、資格試験の学校や企業研修の講師業で臨時収入を得たりしながら急場をしのぎました。講師業は比較的入金も早く、また、やりがいも感じられる仕事でありました。講師業の仕事の斡旋をして頂いたのは、独立前から資格試験の受験スクールの関係者の方などと交流があったからこそで、独立準備期間中に色々とアンテナを張っていたことに助けられた形でした。当時手を差し伸べて頂いたことには、大いに感謝をしています。

ただし、講師としての仕事量は「ほどほど」に押さえていました。というのも、講師業の仕事を増やしすぎると、新規開拓のための営業や、実務家としての研修に時間を割くことができず、どちらが本業なのか分からなくなってしまうと考えたからです。

そのため、貯蓄を切り崩してでも、新規営業などに対応できる時間を確保できるよう、意識して仕事のバランスに気を付けていました。目先の金銭を稼ぐために本業に手が付かなくなってしまうという本末転倒は避けたかったからです。やはり、独立するにあたっては、ある程度の「軍資金」を持っておくことは必要なのだと、今振り返っても実感しています。

「ここを耐えれば軌道に乗るはず」という手ごたえを感じていても、「軌道に乗る」前に資金繰りが行き詰ってしまっては、足元の生活を成り立たせるため、本業を廃業するしかなくなってしまうからです。

――ブログが実を結び始めたそうですが……?

ピンチを乗り越えた後、顧問先やスポットの仕事も少しずつ増えていったのですが、コツコツとブログを書き続けてきた蓄積が実を結び始め、執筆の仕事も入ってくるようになりました。後の話になりますが、ブログがきっかけで新聞社の取材を受けたり、キー局のテレビ番組にも出演させて頂いたりしたので、情報発信をすることの大切さを実感させられたものです。

ブログは書き続けることによってじわじわと効果が出てくるものなので、独立前から書き続けていたことは、本当に大きな効果があったと実感しています。ブログを読んで頂いたことがきっかけで仕事の依頼を頂くことも少なくないので、もしブログを書いていなかったら、既に廃業に追い込まれていた可能性も否定できません。

ホームページのコンテンツだけでは差別化を図ることは難しいので、ブログによって、自分の考え方を述べたり、専門分野を分かりやすく解説したりすることで、「この先生にだったら安心して依頼できそうだ」という判断基準を、潜在的なクライアントに向けて提供することは、士業ビジネスにおいてはとくに重要なのではないかと私は確信しています。

もちろん、士業ビジネス以外においても、情報発信は大切なことであり、独立初日から「さあ、ブログを書き始めるぞ」ではなく、独立を思い立ったときから書き始めて、独立するタイミングでは既にある程度のファンを獲得できているということが、独立の成功確率を高めるのではないでしょうか。

――起業前の想像と、起業後の現実で、違ったことはありますか。

士業は「ペン1本、体1つで始められるので、元手のかからないビジネス」と言われていますが、実際に始めてみると、想定以上にキャッシュアウトが多かったということを実感しました。

もちろん、飲食店などを始める場合に比べれば初期投資はかからないのですが、事務所の家賃、業務用ソフトの購入費や保守費、ホームページの作成費、複合機、シュレッダーなどに加え、知識を仕入れるための図書購入費や、クライアントを訪問するための交通費なども少なからず必要となる経費です。

また、顧問料の収入が安定するまでは、スポットで比較的まとまった報酬が得られる助成金の申請代行は、社会保険労務士にとって大きな収入の柱ですが、助成金ビジネスは原則としては成功報酬制なので、着手から入金までに短くて半年、長いと1年以上かかることは、私が独立前に想像していた以上のタイムラグがありました。

社会保険労務士業に限ったことではないでしょうが、多くのビジネスにおいて、まずは初期投資などのキャッシュアウトが先行し、徐々に売上が入金され、軌道に乗り始めるまで生き延びるのがスタートアップ時の経営なので、ワーストケースを想定し、それでも資金繰りが耐えられる算段をつけた上で独立に踏み切ることが大切なのだと実感させられました。

――今後の目標について、ぜひお聞かせください。

私も独立から2年近くが経過し、ようやく軌道に乗り始めたという実感はあります。目下では、給与計算freeeや、Smart HRといったような、使い勝手の良い人事労務に関するクラウドソフトが次々と誕生しており、税理士の仕事が会計ソフトに置き換えられているように、同様の事象が社会保険労務士の分野でも起こり始めています。社会保険労務士の仕事は、近い将来、ITとの競合になることは間違いありません。

私のスタンスとしては、これらのクラウドソフトをライバル視したり、IT化という大きな時代の流れに逆らったりせず、給与計算のようなシステマチックに行うことができる仕事はITと共存し、逆に、人間にしかできない付加価値を存分の提供することで、次世代の社会保険労務士像を作り上げていきたいと考えています。

<プロフィール>

榊裕葵(さかき・ゆうき)

あおいヒューマンリソースコンサルティング代表 社会保険労務士/CFP

初出:「会社を辞めたぼくたちは幸せになったのだろうか」の一部を大幅に加筆して掲載