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発生から一カ月間で、テレビは合計492時間32分44秒、熊本地震を伝えた

境治コピーライター/メディアコンサルタント
データ提供:株式会社エム・データ(関東圏の放送データより)

NHKがダントツだが、民放各局もかなりの時間を割いた

熊本地震発生から一カ月が経った。最初の大きな揺れ以降、テレビ局各局は非常に長い時間をかけてその様子を伝えた。エム・データという会社があり、テレビ放送の内容を24時間データ化している。私はこの会社の顧問をしており、地上波キー局の熊本地震の報道について簡易に集計してもらった。その概要を紹介したい。

まず各局は熊本地震の報道にどれだけの時間を使ったか。局別の集計結果と合計値をお伝えしよう。4月14日の夜遅くに最初の揺れがあったので、「一カ月」の期間は5月14日までとしている。(関東圏の放送データであることに留意されたい)

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やはりNHKがダントツに多く126時間近い報道時間となっている。日数換算だと5日間を超える。公共放送の役割を大いに果たしていたと言えるだろう。だが民放各局も頑張っていた。TBSの95時間をはじめ、テレビ朝日の83時間、フジテレビ・日本テレビの79時間と続く。日数換算だと3日間以上でかなりの時間を割いている。とくに発生直後の週末は編成も大きく変更して報道を続けていた。その後もニュース番組のキャスターやアナウンサーを熊本に派遣し、現場の生の様子を継続的に報道していた。

テレビ東京だけ時間数が圧倒的に少ないが、熊本はネットワークされていないので当然のことと言っていいだろう。逆にEテレが16時間も放送していたのは意外だった。

エコノミークラス症候群について合計171番組でとりあげた

各局の報道の内容は当然ながら、被災した現地の様子・被災者の状況で、もっとも被害を受けた益城町を中心に大分県も含めた各地の状況が報じられた。

そんな中、今回の地震報道で特徴的なトピックが「エコノミークラス症候群」だ。避難場所が圧倒的に不足していたため車の中で過ごす人が多く、地震発生直後から懸念されていた。とりあげた番組は合計で171にもなり、扱ったコーナーの時間数は33時間にもなる。(登場したコーナーの時間数で、丸々エコノミークラス症候群に費やされたわけではない)被害の様子以外でもっとも多く取り上げられたトピックと言えそうだ。

初動の段階でエコノミークラス症候群が原因で亡くなった方が出たせいもあり、19日と20日に集中的に取り上げられた。これまであまりこの言葉を知らなかった人も、今回の地震ですっかり頭に焼き付いたのではないだろうか。ちなみに東日本大震災の報道でエコノミークラス症候群をとりあげたのは4番組でコーナーの合計時間も33分に過ぎない。この時はさほど問題にならなかったようだ。

不謹慎狩りの話題をとりあげた番組は意外に少なく19番組

中盤から盛んに話題になった印象がある「不謹慎狩り」だが、実際にとりあげたテレビ番組が19番組だったのは意外だった。登場したコーナーの時間数も1時間51分。もっと話題になったトピックのように感じるが、テレビでは多くはなかったようだ。

4月19日にまず、井上晴美のブログ更新停止が伝えられ、追いかけるように西内まりや長澤まさみ、奈々緒のInstagramやツイッターが「不謹慎」と非難されたことも報じられた。その後4月末までこの話題は続いた。

「不謹慎狩り」というこれまでにないトピックが今回浮上したこと、それがさほどテレビで報じられたわけでもないことは、いろんな面で2016年を象徴しているかもしれない。それだけネット上の話題の印象が強く、また世論に不必要に影響を与えている、とも言えそうだ。だとすれば、この話題をやたらネットで取りあげるのはどうなのか。こうした話題への、一般ユーザーの対処も問われているのかもしれない。

報道の姿勢も問われた中で何が大事か議論が必要では

ネットでの話題で言うと、報道の姿勢、とくにテレビ局の現場でのマナーが俎上によくのぼった。だがテレビの報道にはほとんど登場してきていなかったようだ。関西テレビのガソリンスタンド割り込みと、毎日放送アナウンサーの豪華弁当は多くの人に記憶されたと思うが、”事件”というほどではなかったかもしれない。

しかしこのところ、震災報道に限らずいろんな側面で「マスメディアの報道姿勢」が問われていると思う。カメラや機材を無遠慮に被災地の人びとに向けるのは、伝える使命のためなら当然のことなのか?そしてそれは視聴者が本当に望んでいるのだろうか?この機会にマスメディアの報道に関与する人びとは自問する必要があるのではないだろうか。

そもそも、被災地に東京や大阪のテレビ局が押し寄せる必要があるのだろうか。私もマスメディアの取材陣といろんな現場で接することもあるのだが、カメラが押し合いへし合いしてポジションをとりあい、夜のニュースを見るとどの局もほとんど変わらない映像が流れていた、ということがよくある。端で見ていて、べつに一台のカメラの映像を共有すれば十分だし、現場も落ち着けていいんじゃないの?と感じてしまう。

実際、「共同取材・素材共有」の議論は阪神大震災の時からあるし、避難所室内の撮影を控えるべきというルールもその時出てきたそうだ。だが結局、明確なルール作りに至っていない。熊本地震発生から一カ月経ったいま、そこで起こったことを教訓に今度こそ、ルール化の議論をすべきだと私は思う。

もちろん、ほとんどのテレビマンはなんとか伝えたいとの思いを胸に現地を飛び回っていたのだと思う。フジテレビ・伊藤利尋アナウンサーについてのこの記事を読むと、あらためてそのことがわかり、胸に沁みる。

→フジ『みんなのニュース』伊藤利尋キャスター、熊本地震のマスコミ取材で異例の謝罪 - 2週間の現地レポートで積もった「強い思い」

この伊藤アナの姿勢を彼の人柄に帰するだけでなく、その胸にある思いをどうしたらルール化できるか。それがいま、求められるべきではないだろうか。

コピーライター/メディアコンサルタント

1962年福岡市生まれ。東京大学卒業後、広告会社I&Sに入社しコピーライターになり、93年からフリーランスとして活動。その後、映像制作会社ロボット、ビデオプロモーションに勤務したのち、2013年から再びフリーランスとなり、メディアコンサルタントとして活動中。有料マガジン「テレビとネットの横断業界誌 MediaBorder」発行。著書「拡張するテレビ-広告と動画とコンテンツビジネスの未来」宣伝会議社刊 「爆発的ヒットは”想い”から生まれる」大和書房刊 新著「嫌われモノの広告は再生するか」イーストプレス刊 TVメタデータを作成する株式会社エム・データ顧問研究員

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