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杉並区の保育園問題。『TVタックル』で言えなかったこと〜公園とは町そのもの〜。

境治コピーライター/メディアコンサルタント

杉並区の保育園について6月26日の『TVタックル』でとりあげられた。私もなぜか出演したのだが、その顛末について書いておきたい。

『TVタックル』からまさかの出演オファーが

このYahoo!ニュースで杉並区の公園が保育園に転用される件について、何回かに渡って書いてきた。

杉並区の保育園問題。公園転用への反対は住民のエゴではない。

杉並区の保育園問題。転用に直面した公園で出会った3人の人物。

杉並区の保育園問題。訴えたいのは、誰かを悪者と決めつけて、確かめもせず攻撃するいまの風潮。

杉並区の保育園問題。もうひとつの現場、井草地区では住民による代替案が提示されている。

5月29日に開催された説明会がテレビで報じられて大きな話題になった。ニュースに出てきた映像では、公園の転用に反対する住民が激しく主張しているように見えていて、保育園が足りない状況がわかってない連中だと住民に批判的な声がネットでは強かった。私の記事は、公園を転用することへの疑問を投げかけるもので、どうも多勢に無勢な状況になっていた。あの男は「保育園落ちた」運動をレポートしていたのに今度は保育園反対派なのかと、一貫性がないと受けとめる人も多かったようだ。

そんな中、『TVタックル』のスタッフという方からメールが届いた。杉並区の田中区長とともに番組に出てくれないかとの内容だった。

て、TVタックル?当然びびった。

私が20代の頃から続いている番組で、ホットな話題について激しく議論する内容だ。私は筆は立つつもりだがしゃべりはうまくはない。テレビに出たことはあるけれど、早朝やCSなど、地味な番組で専門領域であるメディアの最新動向について聞かれたことに答えるものだった。保育園の問題は専門外のことをボランティア精神でやっているので、とうとうと述べる自信はない。激しい議論などもってのほかだ。

「田中区長と議論するなら住民の方がふさわしいはずです。私が出るのは変でしょう。」と住民の方を紹介しようと返信したら、区長出演の条件が住民の方など当事者ではなく第三者が相手なら、というものだったという。

えー!?そうなの・・・?

杉並区の問題を取材しているのはどうも私以外いなさそうだ。実は、あるテレビ局の記者がいて、彼は私より前から現地を取材しているのを知っているのだが、他局の記者がテレビ朝日の番組に出るわけにはいかないだろう。現地の状況を知らない下手な人が出て話がややこしくなるのはいやだなあ。番組スタッフの方とやり取りしながら悩んだ末、オファーを受けることにした。激しい議論に身を委ねる覚悟ができたとは言い難く、腰が引けたままだったのだが。

案の定、ほとんどしゃべれないまま収録進行

収録当日、テレビ朝日に行くと他の出演者についてなど教えてもらった。なんと、たけしさん、阿川佐和子さんらレギュラー陣と私と区長も含めて全部で10名が並ぶと言う。じゅ、10名。私は後悔した。10名ものアクの強い人に囲まれてしゃべれるだろうか。いちおう簡易な台本があり説明を受けた。VTRがあけてこことここで境さんに振りますんで。そうか、私がしゃべるポイントは決めてくれてるんだな。少しホッとした。

いよいよスタジオへ。実はこの番組は、つい数年前まで私の大学時代の同級生がプロデューサーを長らく努めていて、彼も来てくれた。この男は同級生なんだと阿川佐和子さんに伝えてくれ、阿川さんと少し話すことで緊張もやや解けた。まあ、胸を張って言いたいことを言おう!

収録がはじまった。VTRで、この件の概要が説明される。私が取材した住民の方たちも出てきた。全般にVTRの内容は住民寄りだった。そのことも私を安心させた。このVTRを受けて私が思うところを話せばいいのだな。

VTRが終わってたけしさんが少ししゃべって、さあ私の番だ!と台本にはあるはずなのだが、いきなり違う人がしゃべりはじめた。あれれ?そうなっちゃうの?そうかこの番組は台本なんかあってないようなものなんだな。

議論はだんだん田中区長への一斉口撃に

さすがに阿川さんが振ってくれて、私は用意していたフリップを出してしゃべった。やっと言えたなあ。だがそのあとはもうほとんどしゃべれなかった。

流れとしては、出演者の皆さんが田中区長に「もっと説明して理解を得て進めるべきだったんじゃないか」とやや責める感じになり、区長がそれに答える。ところが区長の話が長い。長い話を聞いてまたみんなが質問する。それに区長が長々と答える。そんな中、私が入るスキがない。いや、なんとか「えっと・・・」「だからそれは・・・」と割って入ろうとするのだが、そのたびに他の方がぐいぐいしゃべりだしたり区長にさえぎられたりして、しゃべれない状況が続いた。ああ、情けない!

議論は一度中断し、またVTRがはじまった。話題を変えて、杉並区を離れてそもそも各地で起こる保育園反対運動についてまとめたものだった。このVTRがあけたら、私が取材した各地の反対運動についてしゃべることになっていた。ようやくしゃべれるぞ!

VTRが終わると、大竹まことさんがおもむろにしゃべりだした。「やっぱりさっきの区長の言い方はさあ・・・」あれー?おれがしゃべるんじゃないの?

各地の反対運動の話のはずが、また杉並区の件に戻ってしまった。そして後半はいよいよ、みんなが区長を一斉に問い詰める状況になった。小藪千豊さんだけはバランスをとってか少し区長寄りの姿勢だったが、他はもう、区長に対して「説明がなさすぎる」「進め方が悪すぎる」とあらゆる角度から非難している。中田宏さん、東国原英夫さんの二人の元首長がいるもんで、その経験をもとに余計に強く進め方を問い詰める。私はまたしゃべるスキがなくなってしまったが、ある意味、住民寄り、つまりは私寄りの意見をみなさんが言ってくれてる感じになっていた。最後のほうは、少々区長が気の毒に思えるほどだった。

番組で言えなかったこと。私は公園に救われた

というわけで、私自身はほとんど意見が言えなかったが、私が言いたかったことは他のみなさんが言ってくれたという、不思議な形で収録は終わった。

それはそれでよかったのだが、進め方や説明不足の問題に話が終始してしまった。私がそれに加えて言いたかったのは、公園の価値についてだ。

私がなぜこの問題にここまで関与するのかと言うと、私には公園に救われた経験があるのだ。

二十年前、上の子どもが生まれる直前に私と妻はいま住む町に越してきた。やがて息子が生まれ、しばらくの間実家から来てくれた親も帰り、本格的に育児生活がはじまった。私の妻はほんとうに明るい女性で、彼女の強さのおかげで私たちは何度も苦難を乗り越えられた。だが最初の子育ては大変で、妻はだんだん疲れ果てていった。帰宅すると薄暗い部屋で赤ん坊を抱えた妻がぼーっとしていることが続いた。このままでは精神的にまいってしまうんじゃないか?私はなんとかしなきゃと焦ったが、どうしたらいいのかわからなかった。いま思えば自分の仕事を減らすなどすればよかったのだが、当時はフリーランスになりたてで妻と赤ん坊のためにますます頑張らねばと仕事を受けまくっていたのだ。仕事を減らすなんて思いもよらない状態だった。でもとにかく、妻はこのままではよくないことだけは思った。

ところがある日、帰宅すると妻がぱーっと明るくなっていた。「聞いて聞いて」と、公園で他のママさんと知りあった話を始めた。いわゆるママ友ができたのだ。

「ママ友」と聞くとうわべだけの友情のように思う人もいるかもしれない。実際そうなる例もあるのだろうが、私の妻はよいお友達と知りあったようだ。そして誤解を怖れず言えば、子育てはママ友ネットワークが支えているのだ。男たちが会社に縛られている一方で、地域社会を形成し社会全体を落ち着ける場にしているのがママ友ネットワークだ。

そしてその形成の場が、公園なのだ。

公園を失うと、その町の人間関係も失われてしまう

ママ友はひとつの例に過ぎない。公園は、こうした地域のあらゆる人間関係を、自然につくる重要な場所なのだ。そこでは、学年を超えた子どもたちの人間関係もできるし、お年寄りと子どもたちママたちとのあたたかな関係もできる。時には見知らぬパパ同士が出会い、同僚にはできない悩みの相談もする。それが公園なのだ。

もちろん公園以外にもそういう場はある。商店街がその役割を持つこともある。学校も似た役割があるだろう。

ただ公園が重要なのは、きわめて自然に人間関係が生まれる場であることだ。

公園がないと、住宅街はただ家々が並ぶだけの町になる。昔はそれでもコミュニティは自然に形成されたが、いまは壁で隔たれプライバシーを尊重することになってしまったため、隣の家に関わりにくくなってしまった。

でも公園なら、関われるのだ。話しかけられるのだ。一緒に遊ぶこともできるのだ。

公園が無くなると、その町の人間関係まで無くなってしまう。

そして久我山も井草も、有機的な公園が他にない場所だ。私の近所には非常に多くの公園があるので、あそこがなくなってもこっちに行けばいい、という状態だ。だがたまたま、久我山と井草は公園空白地帯。コミュニティが形成できそうな公園は、他にない。だから猛烈に反対しているのだと思う。

公園は小学生の遊び場だから、代わりの遊び場を用意すればいい、というものではない。そのことは、この議論のもっとも大事なポイントだと思う。公園より保育園のほうが緊急性があるのだから、というのは正しいが、だからと言ってあの公園をなくすと長期的には町が大きな痛手を負う。そういうグランドデザインの話だと思う。

せめて公園は計画の中で分けて考え、決める前に住民に相談して進めるべきだった。いや、いまからでも進め方を見直せるのではないだろうか。

収録後、区長と話した。真面目な方で真剣に考えてのことだということはわかった

話を収録後に戻そう。番組ではしゃべれなかったが、区長とはもっと話したいと思った。実際、取材を申し込むつもりだったのだが、この番組の話が出たのでそのあとにしようと考えたのだ。

区長の控室に行くと、杉並区の職員の皆さんと一緒に座っていた。怒ってるかと思いつつお話をしたら快く答えてくれた。

意外だったのだが、あれだけアクの強い人たちに責められてさぞかしめげているのではと思ったのだが、まったく動じていなかった。それまでと変わることなく、待機児童をなくすためにはどうしても公園の転用が必須だと持論を述べた。その話しぶりからは頑固というより、強い信念を持っての今回の施策なのだと感じられた。

私は、ひょっとしていま保育園を推進することが支持されやすいから言っているのではとの懸念も持っていたのだが、そんな浅はかさはみじんも感じられない。待機児童で悩む人たちを絶対に救うのだと、本気で考えてのものだとよくわかった。ただその主張の打ち出し方が”コワモテ”っぽいので、「強引」と受け取られがちなのだとも感じた。なんというか「反論させないぞ!」という空気が漂ってしまう。議会では必要なのだろうが、区民にこの感じで迫るとすれ違いがふくらみそうに思える。

区長は詳しい事情をあけすけに話してくれたのだが、話が込み入りすぎてだんだんわからなくなってきた。あの人はどうだが、この党はどうだ、と地域事情を説明してくれたが、正直よくわからない部分が多い。

ただとにかく、真面目な人なのだということはよくわかった。真剣に考えたことを、真剣に実現しようとしている。それはまちがいないのだと感じた。

区長の主張と職員のみなさんの思いも、取材せねばならないと思った。またあらためて取材を申し込むつもりだ。区長も、私に信頼感を持ってくれたように見えた。『TVタックル』がきっかけとなり、住民の皆さんともあらためて話し合いが進めばいいと思う。

コピーライター/メディアコンサルタント

1962年福岡市生まれ。東京大学卒業後、広告会社I&Sに入社しコピーライターになり、93年からフリーランスとして活動。その後、映像制作会社ロボット、ビデオプロモーションに勤務したのち、2013年から再びフリーランスとなり、メディアコンサルタントとして活動中。有料マガジン「テレビとネットの横断業界誌 MediaBorder」発行。著書「拡張するテレビ-広告と動画とコンテンツビジネスの未来」宣伝会議社刊 「爆発的ヒットは”想い”から生まれる」大和書房刊 新著「嫌われモノの広告は再生するか」イーストプレス刊 TVメタデータを作成する株式会社エム・データ顧問研究員

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