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#シン・ゴジラ』ついに60億越え!ヒットに導いたのは、観客ひとりひとりなのだと思う

境治コピーライター/メディアコンサルタント
7月30日、公開日翌日の109シネマズ川崎にて

『シン・ゴジラ』がついに興行収入60億円を達成!

この週末で『シン・ゴジラ』の興行収入が60億円を超えた。先の週末53億に達し、今年の日本映画の成績トップに躍り出たばかりだったがさらに大台に乗った形だ。今年最大のヒットと思われた『信長協奏曲』を超えたのはすごい。あちらは46億円で、これも相当な数字なのだが、『シン・ゴジラ』はこの勢いなら70億に届くのではないか。

公開二日目の劇場で、終了後パンフに列をなす観客。あっという間に売り切れた
公開二日目の劇場で、終了後パンフに列をなす観客。あっという間に売り切れた

私もつい三回見てしまい、さすがに三回目は終了後に冷静に周囲を見回す余裕ができた。その時にはっきり気づいたのだが、『シン・ゴジラ』は終わると誰も彼もが話し出す。しかもやや興奮気味に。見終わると何かを言葉にせずにいられない強烈な何かを持っているのだろう。類いまれなヒットはこの口コミパワーがもたらしたと思われる。そのことをなんとかデータで裏打ちできないものかと考えた。

方針として、他のヒット作とメディア露出、Twitterを比べればいいのではないか。そこで例によってまず、テレビ放送を人力でテキスト化するTVメタデータのエム・データ社に頼んで、『信長協奏曲』と『シン・ゴジラ』のテレビ露出をデータでもらってみた。対象としたのは公開前二週間と、公開後約一ヶ月、合わせてほぼ六週間だ。

『信長協奏曲』はご存知の通り、石井あゆみ氏のマンガを原作にフジテレビで2014年にドラマとアニメが放送され、ドラマ版と同じキャストで映画も制作した。ドラマも視聴率はなかなかよかったし、映画も満足度が非常に高かったと聞く。「ドラマ→映画」の仕組みがあったにせよ、46億円は簡単な数字ではないので、作品も十二分に評価された結果だと言えるだろう。

『シン・ゴジラ』と『信長協奏曲』のテレビ露出を比較したら・・・

その『信長協奏曲』と『シン・ゴジラ』をまずはCM露出で比べてみた。グラフ中の赤い棒は公開日を示している。(『信長協奏曲』は1月23日、『シン・ゴジラ』は7月29日)

『信長協奏曲』CM秒数(2016年1月9日〜2月21日)
『信長協奏曲』CM秒数(2016年1月9日〜2月21日)
『シン・ゴジラ』CM秒数(2016年7月15日〜8月27日)
『シン・ゴジラ』CM秒数(2016年7月15日〜8月27日)

ざっと見るとわかる通り、CMの露出秒数はあまり変わらない。『シン・ゴジラ』のほうが少し多く、とくに公開前は明らかに多い。逆に『信長協奏曲』は公開後のほうが多くCMを打っていた。

もうひとつ、番組への露出も比べてみよう。これはいわゆるPRというもので、番組を通じて映画を紹介するやり方だ。テレビ局映画ではもはやおなじみの手法だ。

『信長協奏曲』番組秒数(2016年1月9日〜2月21日)
『信長協奏曲』番組秒数(2016年1月9日〜2月21日)
『シン・ゴジラ』番組秒数(2016年7月15日〜8月27日)
『シン・ゴジラ』番組秒数(2016年7月15日〜8月27日)

『信長協奏曲』では公開前日の1月22日に高い棒が伸びている。これはテレビ局映画恒例の、主役を演じた小栗旬が各番組を巡って告知したことによる。それも含めてこの期間、15,369秒、番組で告知している。

一方『シン・ゴジラ』は公開日の他に7月26日に高い棒ができている。これはワールドプレミアが前日に行われたからだ。そして8月6日はテレビ東京で放送された特番が核になって高い棒ができている。この期間合計で20,295秒、番組で告知された。

実はこのデータをとる時には、『信長協奏曲』のほうがCMも番組露出もずっと多いのだろうと想像していた。だがむしろ『シン・ゴジラ』のほうが多い。考えてみたら『信長協奏曲』の告知もCMもフジテレビでしか放送しないわけで、どの局でも流せる『シン・ゴジラ』のほうが展開しやすいのだろう。それに『シン・ゴジラ』は東宝の一大プロジェクトなので力も入っていたにちがいない。

先日私は東宝の取締役・市川南氏にインタビューしてここで掲載したが、同氏によれば庵野秀明氏は徹底的に見せない戦略を主張し、CMも肝心の場面は見せないものを庵野氏自身が制作したそうだ。だがやはり、見せるところでは見せていこうと、ワールドプレミアも行ったしCMも別のバージョンも作ったと言っていた。

一方で『信長協奏曲』はドラマ版とアニメ版が映画の告知の役割を十分に果たしていたとも言える。そして『シン・ゴジラ』の主役であるゴジラは長年知られてきた知名度抜群のキャラクターだ。そうやって考えると、もともと十分に認知がなされていた作品を、公開前後にたっぷりテレビを使って念押し的な告知が両方の作品ともできていたと言えそうだ。テレビ露出で比べるとどちらも遜色ないようだ。

Twitterで圧倒的な違いが出た

今度は、人々の間でどれだけ口コミが行われたかを見てみよう。Twitterのデータを、ソーシャルメディア分析で知られるデータセクション社からもらってグラフにしてみた。

このデータは10%抽出なので、実際の数は十倍すればほぼ合っている。

『信長協奏曲』Twitter件数(1月9日〜2月21日)
『信長協奏曲』Twitter件数(1月9日〜2月21日)
『シン・ゴジラ』Twitter件数(7月15日〜8月28日)
『シン・ゴジラ』Twitter件数(7月15日〜8月28日)

『信長協奏曲』は公開日をピークに、週末ごとに山ができている。一般的にはこうなるだろう。そして公開日には4,442件ものTweet数になっている。10倍すると4万4千件で、ヒットを十分に感じさせる数値だ。

一方『シン・ゴジラ』は不思議な形のグラフになった。公開初日に19,000以上のTweet数になり十分高いのだが、そのあと8月3日まで上昇を続け25,000を超えるに至っている。10倍すると、25万Tweetということだ。高い数値だ。というより、異常な数値だ。それに公開日のあと上がるのも異例のことだ。さすがにそのあと下がるのだが、8月15日にまた上がって22,000を超えている。二週間後に公開日を超えるTweet数になるなんて不思議でしかたない。

数字をみると明らかに『シン・ゴジラ』のほうが高いわけだが、はっきりわかるように同じグラフで表現してみたらこうなった。

『信長協奏曲』と『シン・ゴジラ』のTwitter件数を公開日で揃えて表示
『信長協奏曲』と『シン・ゴジラ』のTwitter件数を公開日で揃えて表示

もう一度言っておくが、『信長協奏曲』のTweet数は十分高い。だが『シン・ゴジラ』のグラフを並べると大人と子どもほど違う。『シン・ゴジラ』がお化けのように思えてくる。どこか度を超えているのだ。

ソーシャルメディアが映画興行を動かす時代に

自分のことを思い返すと、私は『シン・ゴジラ』にはまったく期待していなかった。ゴジラ・シリーズは日本ではもう終わったコンテンツととらえていた。私が子どもの頃の70年代に感じたような興奮は、もうゴジラには期待できないと決めつけていた。そのゴジラを庵野秀明氏が復活させるというのも、違和感しかもたらさなかった。

ところが、公開翌日の土曜日、7月30日の朝、なにげにTwitterをのぞくと、初日に見た人びとがなんというか、ただごとではない雰囲気を帯びたつぶやきを拡散させていた。具体的なことは何ひとつわからなかったが、いますぐ見ないといけないことだと感じとって映画館にすぐ行き、打ちのめされたのだった。もちろん私自身もTwitterで興奮してつぶやいたし、すぐにこの興奮を書き留めておこうとここにも記事を書いた。(→「日本のスクラップ&ビルド、東宝映画のスクラップ&ビルド『シン・ゴジラ』)

気がつくと、この一カ月はこの映画についてのつぶやきでTwitterがあふれ、辛口から柔らかいのまで、批評文が毎日のようにネットで拡散されている。過去のゴジラやエヴァンゲリオンと対比させるものから、ポリティカルな側面を軸にしたもの、特撮や音楽に着目したもの、はては政治家が書いたものまでありとあらゆる方向で『シン・ゴジラ』を語る文章がそこいら中に散らばっている。

私自身が強烈にTwitterから感じとった、ただならぬ雰囲気や、あらゆる批評がどれもこれも私のタイムラインに流れてくるのを見ると、『シン・ゴジラ』は独特のメディア経路で人びとを映画館に集めたのだなあと思う。そう、Twitterだのブログだの、ソーシャルメディアが人びとを突き動かしたのだ。

これに近いことは、これまでも様々に起こってきただろう。だが、熱狂的に支持されるアニメ映画でよく起こったことであり、それはあらかじめ予想されていたものではないか。こんなに想定を超えて、固定的なファンの被膜を突き破って多様な人びとまで巻き込んだ例はなかったように思う。強いて言えば、『アナと雪の女王』は近い例かもしれない。だがあの時は、むしろテレビが躍った。ソーシャルが火をつけたと言うより、テレビ起点でソーシャルが触発された。『シン・ゴジラ』はソーシャル発と言っていいと思う。

ソーシャルメディアが世の中を動かし、商品の購買もリードする。そう言われて、なかなか実感が持てなかった。あるいは、小さな範囲でしか動かせていなかった。だが『シン・ゴジラ』で初めて、興行収入のトップが入れ替わるほどソーシャルが映画という世界で効力を発揮した。それはつまり、人びとの声が映画興行に強い影響を及ぼすことがはっきりしたということだ。無名の人のつぶやきやブログがおびただしく重なることで、著名な人の評論と同様に波及し、マスメディアを凌駕するパワーを持った。

『君の名は。』の大ヒットも、ソーシャルの効力が大きそうだ。『シン・ゴジラ』に輪をかけて影響している気がする。この映画についても、もう少し落ち着いたところで、データをもらって書こうと思う。

いま、コンテンツと人びとの関係が変わろうとしている。

コピーライター/メディアコンサルタント

1962年福岡市生まれ。東京大学卒業後、広告会社I&Sに入社しコピーライターになり、93年からフリーランスとして活動。その後、映像制作会社ロボット、ビデオプロモーションに勤務したのち、2013年から再びフリーランスとなり、メディアコンサルタントとして活動中。有料マガジン「テレビとネットの横断業界誌 MediaBorder」発行。著書「拡張するテレビ-広告と動画とコンテンツビジネスの未来」宣伝会議社刊 「爆発的ヒットは”想い”から生まれる」大和書房刊 新著「嫌われモノの広告は再生するか」イーストプレス刊 TVメタデータを作成する株式会社エム・データ顧問研究員

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