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テレビのネット同時配信は、すでに解禁されている〜朝日報道の不可解〜

境治コピーライター/メディアコンサルタント
10月19日付け朝日新聞朝刊一面より

朝日新聞が見出しで「19年にも全面解禁」としたが・・・

一昨日(10月19日)、朝日新聞の記事の見出しが私のスマートフォン上を駆け巡った。Yahoo!にも出ていたこの記事だ。

「テレビ、ネット同時配信へ 法改正で19年にも全面解禁」(10月19日・朝日新聞デジタル)

「テレビ、ネット同時配信」とは、テレビ放送と同じ内容を放送と同時にネットでも配信することだ。例えば通勤電車の中でも、スマートフォンでいま放送中の番組が視聴できる。

テレビ番組のネット同時配信は、放送界では「同時再送信」あるいは「サイマル放送」などと呼ばれるが、ここでは朝日新聞の表記に倣って「同時配信」と書いていこう。

私はこの「同時配信」については少なからず興味を持っており、自著『拡張するテレビ』でもふれている他、このYahoo!ニュースでも4月の熊本地震の時に各局が同時配信をしたことについて記事にしている。

「テレビ局各局、ネットでも放送と同じ内容を送信~同時再送信(サイマル)の公共性~」

地震のような大災害では、テレビ放送のネットでの同時配信は公共的にも非常に価値のあることだという趣旨だった。

一昨日の朝日新聞の記事は、その同時配信が2019年に全面的に解禁されるという見出しで、推進すべきだと考えている私としても喜ばしい内容だ。だがよく考えてみると、どうにも奇妙な点がある。いちばん不思議に感じたのは、「19年に解禁」と言われても、現状すでに同時配信は可能な点だ。だから熊本地震の時も各局が行ったわけで、それを禁じる法律はない。NHKだけは、放送法で制約されているのだが、民放は何の禁則もない。「19年に全面解禁」どころか、すでに解禁されているのだ。

朝日の記事もそのあとのリード文を読むと「NHKのネット同時配信を制限している放送法を改正し、民放にも参入を促す」とあり、そこは間違いないのだが、この見出しだと今はできないみたいだし、それが19年に「できるようになると決まった」と思える。実際、そう受けとめた人は多いようだ。

「同時配信」は、やってみると大変な作業

民放は禁じられていないのになぜ取り組まないのか。朝日の記事にもあるが、ハードルが2つある。

まず、著作権の問題だ。放送する際の許諾と、ネットで配信する際の許諾は違う。だから同時配信をするなら、すべての著作権を配信でもクリアする必要があるのだ。その手間といったら途方もない作業になるだろう。

それからもうひとつは、ネットワーク負荷の問題だ。民放の番組を同時配信すると一度に大量のアクセスを処理せねばならない。トラブルが起こらないようにしなければならず、コストが途方もなくかかってしまうそうだ。採算が取れるのか、となってしまう。

さて民放の中でこの同時配信に取り組んでいる事例がある。東京MXテレビだ。「エムキャス」というアプリを使って実証実験を行っているのだ。著作権をクリアした一部の番組を、このアプリで放送と同時に配信している。WEBサイト上でも視聴できる。

→エムキャスWEBサイト

エムキャスアプリの起動画面
エムキャスアプリの起動画面

時間帯にもよるが、その時間に「著作権をクリアした番組」が放送中なら、ネット上でも視聴できる。ちなみにこの中に「ぽるぽるテレビ」のタグもあるが、これは広島ホームテレビが自社制作番組を実験的に配信している枠だ。これも試みとして面白い。

このエムキャスの運営についてMXテレビの方の話を聞いたことがあるが、聞けば聞くほど大変だと思った。例えばニュース番組や情報番組では、どうしても画面の中に「配信のための著作権をクリアできなかった」映像や画像などを一部に使う場合が小刻みに出てくる。そういう時は、その場で人力で「フタ」をする。映らないように画像処理を手動でかけるのだ。

そのために人を割かねばならないし、あまり前向きな作業ではないのでいろんな意味で負担が大きいと思う。

「民放にも参入を促す」と記事にはあったが、そんなに手間のかかることをただ促されてもやる局がどれくらいあるか疑問だ。

同時配信の話題を正確に知るには

この同時配信の話題をきちんと知るなら、以下の総務省のページを読むのがベストだ。

まずこのページ。これは高市総務大臣が会見で話した内容そのままだ。

高市総務大臣閣議後記者会見の概要(10月18日付け・総務省)

同時配信について課題が見えてきたので情報通信審議会に諮問する、という内容。これを受ける形で・・・

視聴環境の変化に対応した放送コンテンツの製作・流通の促進方策の在り方」の情報通信審議会への諮問(10月19日付け・総務省)

審議会に諮問し、答申を平成30年6月に出してもらうよう要請された。

いまはっきりしているのはここまでだ。他紙はこの発表に準じた記事を、一面ではなく中面で落ち着いたトーンで記事にしていた。朝日だけが大きな決定が出たビッグニュースであるかのように大きく扱っていたのだ。(東京新聞も「解禁」の言葉を使っていたが)2018年に答申が出てくるからと言って、19年に何が「全面解禁」になるのか、何を根拠に朝日が書いたか、しかも一面トップにどんと記事を載せたのか、はなはだ不可解だ。これは私なりに情報収集して、あらためて感じていることだ。

著作権の問題を解決しないと無理では?

朝日新聞の記事では地方局についてもふれている。地上波と同じように同時配信も県域で規制することを民放側は検討している、とある。そういう意見を持つ人はいるようだが、それが民放の総意であるような書き方も不思議だ。私の知る限り、同時配信について民放側から「こういうやり方がいい」と明確な見解が出たことはない。確かに県域規制が必要かもしれないが、まだまともな議論も始まっていないのが正直なところではないだろうか。

そして、地方局でそれぞれ同時配信をやるということは、先述の著作権処理もそれぞれやるということで、エムキャスの話を聞くと現実的とは思えない。エムキャスの実験は二年目に入ったが、いまだに同時配信されない番組が多く、配信での著作権処理がいかに困難かというものだ。記事には「テレビとネットの著作権契約を一体化させるためのルールづくり」を審議会で進めるとあったが、著作権処理は交渉事であり、「有識者による審議会での議論」でそうそう都合よくきれいなルールができるわけがない。

つまり著作権の問題に根本から大鉈を振るわないと、民放で同時配信はできない相談だと私は思う。

ところでこのテレビ放送の同時配信は、海外では当たり前のように行われている。イギリス、アメリカなど欧米諸国もだが、韓国なども進んでいる。こうした国々ではどうしているのか。例えばイギリスでは「放送の同時配信は放送と同じ位置づけ」にしているのだ。「民放にも参入を促す」というのなら、こうした法解釈の変更まで強引にでもやるべきだと私は思う。いまのままでは、ただ促されてもできない、ということになるのではないか。

朝日の記事はつっこみどころ満載なので、そのまま受けとめていいのかわからないが、「総務省」を主語にかなりのことまで書いている。仮に本当に「総務省」が記事にあるような意志を持ち、同時配信を本気で促したいのなら、その総務省こそが著作権の問題を率先して解決するべきではないだろうか。管轄上無理なら、こういう時こそ政治家の腕の見せ所だろう。それはまちがいなく視聴者のためになることだ。熊本地震の時、スマホでテレビを見ることができて助かったという人は少なからずいる。国民のためになることをぜひ推進してほしい。

そのためにも、この件はオープンな議論が必要だとも思う。審議会に任せきりにするものではないだろう。みんなにとって何がいいのか、どこに問題があるのか、明解にしながら議論を進めていけばひょっとしたら、朝日の記事の通り2019年に到達点にたどり着けるかもしれない。関係者の合意と国民の賛同が、いまから議論すれば19年に得られてもまったくおかしくない。大枠では誰も反対しないはずなので、うまく議論を進められると私は思う。そんな議論の円滑なサポートが、期待されるところだ。

コピーライター/メディアコンサルタント

1962年福岡市生まれ。東京大学卒業後、広告会社I&Sに入社しコピーライターになり、93年からフリーランスとして活動。その後、映像制作会社ロボット、ビデオプロモーションに勤務したのち、2013年から再びフリーランスとなり、メディアコンサルタントとして活動中。有料マガジン「テレビとネットの横断業界誌 MediaBorder」発行。著書「拡張するテレビ-広告と動画とコンテンツビジネスの未来」宣伝会議社刊 「爆発的ヒットは”想い”から生まれる」大和書房刊 新著「嫌われモノの広告は再生するか」イーストプレス刊 TVメタデータを作成する株式会社エム・データ顧問研究員

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