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テレビとネットの分断をつなぐのは笑いかもしれない〜NHK「#(笑)動画作ってみた」の大胆な実験〜

境治コピーライター/メディアコンサルタント
NHK「ネットで決定!#(笑)動画作ってみた WEBサイトより

テレビとネットの映像制作者が笑いで競い合う企画

「分断」が時代のキーワードになってきた。トランプ氏のアメリカ大統領選出は、彼の国の分断を浮き彫りにした。だがメディアの世界では、旧メディアと新メディアの間の分断がずいぶん前から起こっていた。その解決として、「テレビとネットの融合」が十年以上前から掲げられてきたのにちっとも進んでいない現実がある。

そんな状況の中、よりによってNHKがその分断を打ち破ろうという企画を進めている。「ネットで決戦!#(笑)動画作ってみた」というややこしいタイトルで、テレビとネットそれぞれで活躍してきた5つのチームを、ネット上で競わせようというものだ。私もアドバイザー的に企画の段階から関わってきた。それがいま、動画を公開しネット審査の真っ最中だ。

→「ネットで決戦!#(笑)動画作ってみた」WEBサイト

サイト上で5つの動画を見てみると、そのチープさ、何も考えてなさに呆れつつも笑ってしまう。正直、ここにNHKのロゴが入っていて大丈夫だろうかと不安になる。NHKが長年培ってきた信頼が揺るがないかと心配してしまう。「笑える」と「しょーもない」は、本当にすれすれなのだとあらためて感じた。

テレビの真ん中の制作者と、ネットで人気の制作者がガチで競う

参加した5チームを簡単に紹介しよう。AX-ONは某キー局の番組を、情報系からバラエティ、ドラマまで何でも作ってきた王道の制作会社だ。国際放映は、2時間サスペンスドラマ制作で輝かしい実績がある。こうしたテレビ勢に対し、おるたなChannelは登録者数50万人を誇る人気YouTuber。石田三成CMを作った広告クリエイター藤井亮氏も参加している。この2チームは、ネット側からの参戦だ。その間に位置づけられる存在として、京都の実力派演劇集団、ヨーロッパ企画も加わっている。

いま置かれている動画を一般の人たちに評価づけしてもらい、3チームに絞ってシリーズの続きを制作してもらう。最終的には1チームを最終勝者として残すまでやる。この11月から来年3月までかけて走り抜ける、長距離レースだ。番組MCとして、電波組.incがこのレースを賑やかにしてくれる。

2時間サスペンスの会社と、最近人気のYouTuberが同じ場で「笑い」を競い合う。いったいどこをどう比べればいいのかわからなくなる。私のようなおじさんにはどう評価すればいいか悩んでしまうのだが、高校生の娘に見せるとパッパッと、これとこれが好きであれはいまひとつだった、などと評価をつけていた。歴史も文脈もまったく関係なく、面白いかどうかをその場で判断できるのだ。そしてコンテンツの評価とは本来そういうものだろう。

プロもアマも、ベテランもルーキーも、一線に並ぶネットという場

ネットとは、ネットというひとつの場でありひとつのメディアでもある。だが同時にネットは、テレビだの演劇だの映画だの、これまでは別々のジャンルととらえられていた分野を、同じ高さに並べてしまう場でもある。そこでは既存の価値付けは無関係になり、権威も地位も無意味になる。

そこではだから、まったくフラットに競い合うことができるはず。だが、また悩ましいのは、どういう指標をつければ評価できたことになるのかわからなくなることだ。テレビでいう視聴率や、映画でいう興行収入だって、評価軸のひとつに過ぎない。ネットではPV数だの再生数だのが指標になるといえばなるが、もちろんそれは一面に過ぎないのだ。

そこでこの企画では、「回数・時間・満足度・拡散力」の4つを組合せて評価する。正直、それが評価として正当なのかは何とも言えないが、とにかく決めておくしかないので決めてある、ということのようだ。だからこそ、大切なのは、ひとりの観客としてのあなたの評価だ。実はこの企画の主役は、制作者より見る人びとなのかもしれない。

テレビとネットで映像は違うのか、同じなのか

テレビの制作会社とネット上の作り手が、笑える動画を競い合う。そこでは、テレビとネットの感覚の違いがにじみ出るはずだ。それぞれの「笑いの術」には方法論に大きな角度の差があるのだと思う。

この企画が進んでいくうちに、どういう差があり、どっちの何が有効なのかが見えてくると興味深いと思う。

そもそもよく言われることだが、テレビの笑いがハプニングから生まれていた時代がある。欽ちゃんこと萩本欽一氏が70年代に切り開いたのは、何をするか予測できない笑いの素人たちが引き起こす面白さだった。その延長線上にフジテレビの「おれたちひょうきん族」や日本テレビの「電波少年」があるのだと思う。

では、いまのネットの笑いもその延長線上にあるのか。あるいはまったく新しいパラダイムから起こっているのか。文化とは歴史の中で積み重なっていくものだとしたら、ある程度、これまでのテレビの笑いの文脈の影響はあるのだと思うが、一方でテレビの歴史が縛っていた何かがネットでは解放されているはずだ。そういった視点でも、この笑いのレースを見つめていくと面白そうだ。

テレビとネットの分断は、もうそろそろ、結ばれてしかるべきだと私は考えている。その原動力として、笑いが有効なのかどうか、注目していきたい。

コピーライター/メディアコンサルタント

1962年福岡市生まれ。東京大学卒業後、広告会社I&Sに入社しコピーライターになり、93年からフリーランスとして活動。その後、映像制作会社ロボット、ビデオプロモーションに勤務したのち、2013年から再びフリーランスとなり、メディアコンサルタントとして活動中。有料マガジン「テレビとネットの横断業界誌 MediaBorder」発行。著書「拡張するテレビ-広告と動画とコンテンツビジネスの未来」宣伝会議社刊 「爆発的ヒットは”想い”から生まれる」大和書房刊 新著「嫌われモノの広告は再生するか」イーストプレス刊 TVメタデータを作成する株式会社エム・データ顧問研究員

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