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視聴率では月9史上最低記録の「明日婚」、ネット配信では最高記録更新中

境治コピーライター/メディアコンサルタント
画像はYahoo!ニュースより

「明日婚」が月9最低記録を更新したと毎週報じられている

昨日(2月28日)スポニチアネックスの上のような記事がYahoo!ニュースに掲載された。Yahoo!トップにも出ていたので、多くの人が読んだだろう。同様の記事は、前の週にも他のスポーツ紙が報じていた。

月9ドラマはフジテレビ往年の黄金時代を象徴する枠なので、ここ数年のフジテレビの不調を揶揄するのに格好の題材なのだろう。だが私はそもそも、このように視聴率を記事の題材にすることは、あまり良くない傾向だと思う。

視聴率の記事はフジテレビ以外でも多い。数字はわかりやすいので、ネット上で拡散されやすい。だからPVが稼げるのだと思う。そのせいか、Yahoo!トップにも頻繁に出ている。Yahoo!ニュースとしても”おいしい”のだろう。かくて、スポーツ紙はスポーツ紙でヤフトピ目当てに視聴率を記事にし、Yahoo!もYahoo!でここぞとばかりにヤフトピに出す。こうして、ネット上では以前よりずっと、視聴率をよく目にするようになった。

この記事で私はそうした傾向に異論を唱えたいのだが、その前に同じドラマについて「最低記録更新」とは正反対の情報を書きたい。

「明日婚」は見逃し配信で、再生数最高記録更新中

先週、あるセミナーイベントを聴講し、フジテレビの見逃し配信サービス「プラス7」の最新のデータについて情報を得た。そこで見せてもらったのがこういうグラフだ。

フジテレビプラス7年齢別再生数のグラフ
フジテレビプラス7年齢別再生数のグラフ

セミナー中にスマホで撮影した、個人的な記録用の写真なので、ものすごく見づらい点はご容赦願いたい。これは「プラス7」での、「突然ですが、明日結婚します」(以下、明日婚)と「嫌われる勇気」をそれぞれ、男女別に何才が見ているかを示している。

「嫌われる勇気」の方がたくさん見られているように見えるが、2つのグラフの数値を合わせると「明日婚」の目盛りは「嫌われる勇気」の倍くらいの数字なのだそうだ。つまり「明日婚」はものすごくたくさん見られている。

これまでは「好きな人がいること」が最高記録だったのを、「明日婚」は抜いて、月9配信史上最高記録を樹立したのだそうだ。視聴率は最低記録だが、ネット配信では最高記録。正反対の結果がそこにはある。

ポイントは、17〜22歳が異常に多いこと。ハタチ前後の女性がものすごくたくさん見ているのだ。テレビ離れを起こしているはずの若い世代が、ネットで月9を見ている。そんな状況が見てとれる。

もちろんまだまだネット配信は認知も低く発展途上。純粋な人数を比べるとテレビ受像機でリアルタイムで見る方がずっと多いだろう。だからネット配信の数字を合わせれば視聴率が変わるわけではない。

ただ、ハタチ前後の女子たちに大人気なのは間違いない。実際、その世代に聞くと月9を見ている子は毎クールかなり多い。つまり、ハタチの女の子にどれだけ人気でも、配信では記録的な数字になるが、視聴率は動かせないのだ。少し前に「テラスハウス」も視聴率はパッとしなかったのに映画化したらヒットしたことと似ているかもしれない。

視聴率は広告指標。”おばさん化”も含めて、人気のバロメーターと言い難い

視聴率はそもそも、広告取引に使われる指標だ。ひと昔前は番組の人気のバロメーターとしても機能したかもしれないが、今は広告指標だと限定的に捉えた方がいい。

少子高齢化により”テレビのおばさん化”が進んでしまったからだ。

平成26年10月現在の総務省人口統計の数値で計算。0〜3歳は外している
平成26年10月現在の総務省人口統計の数値で計算。0〜3歳は外している

この図は私が講演などでよく使っているもので、世代別人口分布を視聴率の区分でグラフ化している。F3M3つまり50歳以上の男女が46%を占めている。そして女性の方が在宅率が高い。だから年配の女性の好む番組が視聴率も高くなる傾向がある。すると番組も年配女性の好みに合わせることになる。これを私は”テレビのおばさん化”と呼んでいる。若い世代がたくさん見ても、視聴率への影響は限定的なのだ。

月9はそんな中、若者を主役にした恋愛を描くものが多い。視聴率を取る上では圧倒的に不利なのに。だから視聴率が悪いのは当たり前だと言える。

一方で、発展途上の視聴形態だが見逃し配信ではハタチの女の子たちが記録を更新するほど見ている。それを「月9史上初の5%台 また最低記録更新」という見出しで記事にするのはどんな報道価値があるのだろう。それをYahoo!トップに置くことは”メディア宣言”をしたYahoo!にとってどんな理念を示しているのか。今度編集部の皆さんに聞いてみたい。

実はこんな記事もある。毎月の定例会見でフジテレビの亀山社長が月9について発言しているものだ。

→フジテレビ亀山社長 30年目の月9は「転換期に来ている」(毎日新聞2月24日)

亀山社長が悩みをストレートに言葉にしているし、実は配信ではいい数字が出ていることにも触れている。「転換期」という見出しは、視聴率は最低記録で、配信では最高記録という実態をまさに反映している。

だがこういう記事はYahoo!トップに載らない。載るのは「最低記録更新」なのだ。私はこの傾向はちっともいい伝え方ではないと思う。PV数稼ぎにしか見えない。

恋愛物語は世の中に必要なもの。その軸が映画に移っている

映画「君の名は。」を劇場に観に行った時、若い女性たちが映画館を埋め尽くしていて圧倒された。終わると友達や彼氏とすごい勢いで感想を喋り出した。そのパワーにまた圧倒された。

数年前から”壁ドン映画”と半ば揶揄して呼ばれる映画が定期的に公開されている。正直言ってどれも似たような役者が男女組み合わせを変えては制作され、物語は女子高生の恋愛に”時間の入れ替え”や”記憶の喪失”などがモチーフになって絡んでいる。「君の名は。」は、いま思えばその流れに乗っていた。

映画はもともとそういう”似たような物語”を反復してきた。西部劇や時代劇、ヤクザ映画やアクション映画。似たような設定の物語はプログラムピクチャーと呼ばれてその時代の映画興行を支えてきたのだ。いま、”壁ドン映画"がプログラムピクチャーとして成立しているということは、実は映画興行は若い女性が支えているのだ。

それは、テレビが彼女たちのためにドラマを作らなくなってきたからだ。既婚女性の不倫や、職業に就いた女性の成長譚は描いても、ハタチの女性の恋愛はすっかりテレビで見なくなった。

若者の恋愛を描くことをテレビがやめてはいけないと思う

月9もしばらく若者の恋愛を離れて彷徨った挙句、2年ほど前から戻ってきたのだ。ハタチの女性たちのもとに。

あんな恋がしたい。こんな恋愛がしてみたい。そんなピュアな気持ちに応えるべく、月9はまた恋愛を描き出した。視聴率が5%に下がろうとも、ネット配信という場所では逆に新たな視聴者を獲得し始めている。それは、ようやく始まったテレビの変化の象徴でもあるのだ。映画に持って行かれた女性たちを、月曜夜9時だけは、テレビに戻している。いや、配信ではそんな時間枠を自由に超えて9時に視聴されなくても”月9”と呼ばれ、深夜こっそりスマホで見てキュンキュンする。そんな新しい”テレビ”の見方がいま生まれようとしている。

そんな中で、視聴率という、広告取引のための数値が下がったことを書き立てた記事を載せて、どんな前向きな意味があるのかと思う。「明日婚」を毎週楽しみに見ているハタチの子たちは何の興味もないだろう。フジテレビの視聴率はフジテレビと亀山社長が悩めばいいことで、若い視聴者には関係ない話題なのだ。月9の視聴率降下を取り沙汰する記事は結局、時代とズレていると言えないだろうか?5%をあげつらう記事の方こそ、若者たちと乖離していないだろうか。

スポーツ紙の皆さんも、Yahoo!編集部も、月9に限らず視聴率だけを題材にした記事を書いたり取り上げるのを、いま一度考え直すべきではないかと私は言いたい。取り上げるなら、そこに何か伝えたいことを、数字を通して言いたいことを、込めてくれればと思う。

コピーライター/メディアコンサルタント

1962年福岡市生まれ。東京大学卒業後、広告会社I&Sに入社しコピーライターになり、93年からフリーランスとして活動。その後、映像制作会社ロボット、ビデオプロモーションに勤務したのち、2013年から再びフリーランスとなり、メディアコンサルタントとして活動中。有料マガジン「テレビとネットの横断業界誌 MediaBorder」発行。著書「拡張するテレビ-広告と動画とコンテンツビジネスの未来」宣伝会議社刊 「爆発的ヒットは”想い”から生まれる」大和書房刊 新著「嫌われモノの広告は再生するか」イーストプレス刊 TVメタデータを作成する株式会社エム・データ顧問研究員

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