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消費するのか、咀嚼するのか。TBS「カルテット」が示すドラマの新しい楽しみ方。

境治コピーライター/メディアコンサルタント
「カルテット」のクリアファイル。こうした画像にもついつい意図を探してしまう

視聴者をみぞみぞ引きつけてきたドラマ「カルテット」

この冬のドラマがそれぞれ最終回を迎えつつある。ドラマ好きの私は「嘘の戦争」「A LIFE」「東京タラレバ娘」などを毎週見てきて、このクールもなかなか楽しめた。中でも「カルテット」は「逃げるは恥だが役に立つ(以下、逃げ恥)」の枠として注目したが、期待を大きく上回る面白さですっかりハマってしまった。

ところが「カルテット」は「逃げ恥」とは違って視聴率があまりよくない。出だしは9.8%と悪くはなかったのだが、「逃げ恥」が初回の10.2%からぐいぐい上がって最終回で20%に達したのに対し、「カルテット」は10%をなかなか上回らなかった。ようやく14日の放送で11%に浮上したが、直前のWBCが延長したことが影響したと思われる。偶然がプラスに働いたもので人気が急上昇した数字とは言えないようだ。

ところが「カルテット」はネット上では異様に”語られて”いる。ツイッターは毎回盛り上がり、視聴率がもっと高いドラマよりずっとツイート数が多い。

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比較対象として並べた「嘘の戦争」も、一般的なドラマのツイート数としてかなり多い方だ。重たい復讐譚で草なぎ剛の鬼気迫る演技は凄みがあった。視聴率もツイート数も高いのはうなずける。その「嘘の戦争」より視聴率は低いのに、ツイート数がはっきり高いのが「カルテット」だ。

あるいは"カルテット"で検索すると、玄人たる記者や批評家のかなり深みのある記事が出てくる。ブログも多数書かれていて、一般の方がなかなか鋭い洞察力を示したりしている。

何かそういう「語りたくなる」「言いたくなる」気持ちを刺激するのだ。例えば「みぞみぞする」という言葉が頻繁に出てくるが、これは存在しない日本語で意味がはっきりしない。そのはっきりしない不思議な言葉について、ブログやツイートで語りたくなったり、実際に使ってみたくなったりする。野球でスタートが遅れた直近の2回は、開始を待つ人びとがツイッター上で「みぞみぞ」を連発し待ち遠しさを表現していた。そんな不思議な楽しみ方ができるドラマなのだ。

繰り広げられる”深読み”大会

毎回ドラマが終わってツイッターを眺めると、視聴者がいかに熱く物語に入り込んでいるかがわかる。かなり鋭く深読みしているツイートも多く、一所懸命見ているつもりでも気づかなかった発見を教えてくれたりする。

それが高じて、深すぎた深読みも出て来て話題になった。ドラマに出てくる時計などからわかる時間軸がずれているのではないか、との指摘が出て来たのだ。そこには何か重要な意味があるのか、と大いに盛り上がった。

「ネット騒然!ドラマ「カルテット」は“時間軸”がズレている?」(3月1日付 dot.)

これには制作者側が驚き、公式ツイッターでプロデューサーが「単純なミス」だったと謝罪する場面もあった。

そんな余波もあるが、とにかく深読みツイートが面白い。同じ回の前半に何気なく出て来たエピソードが後半の伏線になっていたり、かなり前の回のセリフが最新話では伏線になっていたり。そんなことを気づかせてくれるツイートが次々に出てくる。

ドラマを見ていないとまったくわからないと思うが、私はこのツイートを見て思わず「あ!そうか!」と声に出して言っていた。最新話の場面は第3話のセリフが伏線だったのだ。感動が増幅する発見だ。

またよくそんなことまで仕込んだな、そしてよく発見したな、という深読みツイートもある。

どうしてこんなことを調べようと考えるのか、私にはわからないが一瞬だけ出て来た架空の株銘柄を調べてツイートしている。第6話に出てくる「青いふぐりの猿」だったのだ。これには大笑いした。

何度も噛み締めて”咀嚼”するVOD時代のドラマ

こんな風に、ずいぶん前のエピソードがいま見ている回に生きたりする。また微妙なセリフが出て来て聞き落としたりする。だからリアルタイムで観ていても録画が欠かせないのだ。毎回、視聴後にもう一度観てしまう。私の周りにも2回見る人が多いようだ。あるいは、深読みツイートを見て気になり、数回前の該当シーンを見直すことも多い。録画したものを簡単に消去できないドラマだ。

こういう見方はあまりしたことがなかった。ドラマはいい意味で”消費”するものだったと思う。この先どうなるかをワクワクしながら見る分、展開を見るのが楽しみで何度も味わうことは少なかった。アニメファンは気に入った作品を噛み締めているようだが、同じような楽しみ方をドラマでできるとは思わなかった。

似ているのは「シン・ゴジラ」だろう。私も4回映画館で見たが、もっと見た人は多い。それが大ヒットの要因の一つになっている。ディテールが気になり、あとで知ったその場面の意味や、聞き取りにくかったセリフを確かめるために何度も見る。あるいは、記憶した場面展開の心地よさをもう一度堪能するために見る。そんな楽しみ方ができる映画もなかなかない。

消費するドラマとは別に、咀嚼するドラマがこれから色々な意味で求められるのかもしれない。これだけVODが発達し、かなりの大作でも少し待つと定額サービスのラインナップに入ってくると、見たことのない作品を見て空振りするより、見るたびに発見があり堪能できるタイプのコンテンツが必要なのではないか。もしこの先、「カルテット」がhuluやNetflixで見られるようになったら、大人気のコンテンツになりそうだ。中心は未見の人ではなく、すでに見た人たちだ。

”放送”とは、視聴者にコンテンツを”消費”してもらうものだった。だから広告モデルが成立する。だがそれとは別に、咀嚼するためのファーストウィンドウとしての放送の役割が出てきそうだ。VODが普及することで、いずれ近いうちに”消費”と”咀嚼”の経済バランスが拮抗すれば、「このドラマは消費タイプで視聴率を稼ごう。この企画は咀嚼タイプとして2年スパンで収益を見よう」という考え方になるかもしれない。

私はその方が視聴者にとってドラマの楽しみ方が広がっていいのではと考える。ドラマの面白さはもっと広がりがあるはずだし、もっと新しい可能性もあると思うから。作る側、見る側、それぞれにとって自由があるなら、その方がずっといいのではないだろうか。

コピーライター/メディアコンサルタント

1962年福岡市生まれ。東京大学卒業後、広告会社I&Sに入社しコピーライターになり、93年からフリーランスとして活動。その後、映像制作会社ロボット、ビデオプロモーションに勤務したのち、2013年から再びフリーランスとなり、メディアコンサルタントとして活動中。有料マガジン「テレビとネットの横断業界誌 MediaBorder」発行。著書「拡張するテレビ-広告と動画とコンテンツビジネスの未来」宣伝会議社刊 「爆発的ヒットは”想い”から生まれる」大和書房刊 新著「嫌われモノの広告は再生するか」イーストプレス刊 TVメタデータを作成する株式会社エム・データ顧問研究員

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