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悲劇の死を遂げた「ワイルド・スピード」のポール・ウォーカー。「映画スターとして死にたくない」

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト

「ワイルド・スピード」シリーズ主演のポール・ウォーカーが、アメリカ西海岸時間土曜日午後に、悲劇の事故死を遂げた。友人が運転するポルシェGTが木に突撃して引火し、助手席に座っていたウォーカーと運転手は死亡。事故の詳細は、まだ調査中だ。事故現場は、L.A.郊外のサンタ・クラリタ。詳細はまだ明らかになっていないが、ウォーカーは、自らが主宰するチャリティ団体Reach Out Worldwideのイベントに出席していたらしい。

ウォーカーの突然の事故死に、業界は大きなショックを受けている。ウォーカーは現在、来年公開予定の「ワイルドスピード7」を撮影中だった。過去に何度となく彼をインタビューしている筆者も、10月に同作品のアトランタの撮影現場で元気な姿を見たばかり。10月当時、現場担当のパブリシストは、撮影はこの後、L.A.とアブダビでも行われると語っていた。シリーズ物は、回を増すごとに飽きられていくのが普通だが、「ワイルド・スピード」シリーズは、珍しく、4作目以後、毎回、前作を上回るヒットを記録し続けてきている。この後もまだ続く予定だっただけに、ヴィン・ディーゼルと並んで主演だったウォーカーが急死したことで、スタジオはストーリーに大きな変更を加えざるをえなくなるだろう。

ウォーカーは73年生まれの40歳。母がモデルというだけあり、ハンサムなルックスに恵まれ、子供の頃からCMなどに出演した。海を愛するアウトドア派で、大学では海洋生物学を専攻。俳優になったもののしばらくぱっとせず、元恋人との間に娘をもうけた時、何か仕事がないかとエージェントに問い合わせた結果つながったのが、最初の「ワイルド・スピード」だったと本人は告白している。

今でこそユニバーサルにとって最も貴重な大ヒットシリーズだが、1作目は、ほぼ無名の俳優を集め、L.A.の郊外で撮影した比較的低予算の若者向け映画だった。このヒットでブレイクを得るものの、3作目には出演がかなわなかったり、このシリーズ以外ではほとんどヒットを得られないというフラストレーションに直面したせいか、完璧なルックスをもつセレブリティであるにも関わらず、常に地に足のついた態度を保ち続けた。たとえば、「ワイルド・スピード MEGA MAX」公開前にL.A.で受けてくれたインタビューには、その直前に保健所から引き取ったばかりだという犬を連れてきている。小さいが完全な子犬というわけでもなく、結構大きな雑種だ。その子を妊娠した母親が保健所に連れてこられたので、その犬はまさに保健所で生まれたのだと教えてくれた。おっとりとした性格で、取材中もずっと寝そべっており、ウォーカーは、「こういう性格だから、旅行に連れて行くのにいい子だと思ってね」と語っていた。彼の家には全部で5匹の犬と、ほかに猫も数匹いるとのこと。映画のプロモーション活動ではスタジオが予約する5つ星ホテルに泊まっても、自分ではむしろ第三諸国をふらふらと貧乏旅行するのが大好きなようだった。「第三諸国どころか、第四諸国みたいなところでひとりで寝袋で寝るよ」と笑った顔が、忘れられない。

海洋生物学への情熱は、「ワイルド・スピード」シリーズの大成功の後も、消えることはなかった。皮肉なことに、筆者が今年5月にロンドンでインタビューした時にも、彼は、こう語っている。「僕が死んだ時、『映画スターが死んだ』と言われたくないよ。だって、それは僕じゃないから。そういうレッテルを、僕は貼られたくない。僕は海洋生物学者で、父親で、探検家で、レースカードライバー。僕にはいろいろな顔がある。人は僕をひとつの箱に入れたがるけれど、僕はそれを拒否し続けるんだ。」

すばらしい人物を、我々はまたひとり失った。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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