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水泥棒で提訴された俳優トム・セレック。水不足のL.A.で広大な敷地に住むセレブの悩みとは?

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト

「スリーメン&リトルレディ」「ミスター・ベースボール」などで知られる俳優トム・セレックが、水を盗んだ疑いで、カレグアス水道局から提訴された。水道局が雇った私立探偵の調査によると、セレックは、2013年から今年までの間に、L.A.郊外のサウザンド・オークスの消火栓から大量の水を抜き取り、トラックに積んで、ヒデン・バレーの60エーカー(24ヘクタール)の大農場に運ばせていたとのことだ。水道局は、2013年末からセレックに警告をしていたが、今年に入ってからも、同じトラックに乗った男が、同じ消火栓から水を盗む様子が何度も目撃されたという。

記録的な雨不足に悩むカリフォルニアで、節水は、毎日ニュースをにぎわせる深刻な問題。ジェリー・ブラウン州知事は、これを非常事態と宣言し、州民に25%の節水を呼びかけた。芝生を取り除き、水を必要としない植物に植え替える家庭には、その費用を市が負担するというプログラムが実施され、ゴルフ場では、ゴルファーがめったにボールを打たない場所から芝生が除去されている。ドジャー・スタジアムでも、試合後にホースで球場全体を清掃するシステムが廃止され、ほうきとモップで掃除をするようになった。

企業も一般人も本気で節水を意識するようになった結果、ここ数ヶ月、水の使用量の減少が見られるようになってきている。しかし、努力が最も足りないのは金持ちの街で、ほかは目標25%でも、ビバリーヒルズには最低35%の使用量削減が求められている。広い敷地にある豪邸に住めば、それだけ掃除するスペースも広く、水をまかねばならない芝生や植物もあり、プールにも水を満たさなければならない。そもそも、金でどうとでもなってきた人たちに、生活習慣を変えさせるのは、難しいことだ。

L.A.から20マイル(約32 km)離れたヒデン・バレーも、昔からセレブが集まる場所。セレックの大農場も、かつてはディーン・マーティンが所有していた。ジェニファー・ロペス、キム・カーダシアン、マイリー・サイラスらも住人。映画業界のトップやビジネス界の成功者も多い。彼らがここを好むのは、周囲は自分たちと同じように広大な土地を所有し、大きな門をかまえた人ばかりで、パパラッチに悩まされることがないからだ。

しかし、プライバシーと引き換えに、この特権階級の居留地には水道局から飲み水を提供してもらう公共サービスがなく、住人たちはおよそ100個ある井戸の水に頼っているという事実が、セレックの一件によって浮き彫りにされた。前回、水不足に悩んだ2009年、セレックと数人の住民は、近辺のレイク・シェアウッドの消火栓から水を抜き取る許可をもらっている。2ヶ月だけの特別措置だったが、それ以降も、セレックはこの手段をこっそりと続けていたということだろう。セレックを提訴しているカレグアス水道局も、当然、ここは管轄外だ。

カレグアス水道局のマネージャーは、「(管轄内の)63万人の住民は、芝生を取り除いたり、水の使用量を極端に減らしたりしている。我々が確保する水は、住民がお金を払っているもので、管轄内で使用されるべきだ」とコメントしている。

ヴェンチュラ郡警察も捜査はしたものの、犯罪として立件することはできなかったようだ。しかし、ご近所さんの水の無駄遣いを告げ口するツィッターアドレスまである今のカリフォルニアで、他人の水を盗んで自分のアボカドにやるとは、まさに犯罪なみの行為。セレックはノーコメントを続けているが、今ごろ、日本に着いたばかりの「ミスター・ベースボール」のジャック・エリオット以上に当惑しているに違いない。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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