Yahoo!ニュース

ケビン・スペイシーが駆け上る野望の階段。彼は本当にハリウッドのスタジオの会長になるか?

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
「ハリウッドで俳優がスタジオの経営を任されるなんて稀」とケビン・スペイシー(写真:ロイター/アフロ)

オスカー俳優ケビン・スペイシーの次なるキャリアステップが、ハリウッドを騒がせている。昨年夏、経営破綻したレラティビティ・メディアの創設者ライアン・カヴァナーが、スペイシーを、レラティビティ・スタジオズの会長に任命したのだ。スペイシーのプロダクション会社トリガー・ストリート・プロダクションの社長でスペイシーの製作パートナーであるデイナ・ブルネッティも、スタジオの社長に就任する。スペイシーは、やる気満々で、今月1日に行われた再建に関する裁判では、事前に録画したビデオを法廷に提出し、「私は、ここから先に進み、将来、すばらしい映画のいくつかを製作していけることを望んでいます」と、再生計画を認めてもらいたい旨のメッセージを、裁判長に送っている。

スペイシーにとって、このオファーは、降って湧いたような話だった。

レラティビティは、現在41歳のカヴァナーが2004年に創設した、新しいタイプのスタジオ。投資ビジネスの経験を持つカヴァナーは、映画に投資したいヘッジファンドと作品を結びつけることで、ハリウッドに近づいた。当たり外れが大きい映画ビジネスで、「絶対に損をしないアイデアを考案した」と言っては、数々の投資家からお金を集めたが、実際には、「リミットレス」「インモータルズ-神々の戦い-」などのヒットもあった一方、「マシンガン・プリーチャー」「デビルクエスト」など失敗作も多く生み出す。約束と違う目的に金を使ったなどの理由で投資家から訴訟される中、昨年7月末には、3億2000万ドルの負債を払えず、米連邦破産法第11条(日本の民事再生法に当たる)を申請した。スタジオは秋に競売に出され、誰が買うかが注目されたが、結局、カヴァナーと投資家が買い戻しに成功。そしてカヴァナーが、再建計画を認めてもらう上で強力な説得材料となると考えたのが、「ハウス・オブ・カード 野望の階段」や「キャプテン・フィリップス」で、プロデューサーとしての優れた力量を証明したスペイシーとブルネッティを連れてくることだったのだ。

合意が発表された直後のインタビューで、スペイシーは、「僕らは、これまでに立ったことがないポジションに立てる。すごくエキサイティングだ。映画にゴーサインを出せるんだ。僕は、映画に出る俳優だった。それが、スタジオを経営するはめになったんだ。ハリウッドでスタジオの経営を任された俳優が何人いるか知らないが、稀だと思う」と興奮を語っている。娯楽大作やシリーズ物に集中し、中型予算(2000万ドルから5000万ドルあたり)のドラマが作られにくくなっている中、自分たちは、そういった中心に作っていくつもりだとの抱負も述べた。

スペイシーには、すでに、立て直しに成功した実績がある。2003年、ロンドンのオールド・ヴィック・シアターの芸術監督にスペイシーが任命された時は、本人いわく「電話1本とプロデューサーひとりしかいなかった」という状態だったが、昨年8月、後任に引き継ぐ時には、80人のスタッフを抱えるまでに成長していた。テレビドラマの新作を1シーズンまとめて製作し、Netflixのストリームで一気に配信するという試みをいち早く行ったのも、彼。そのドラマ「ハウス・オブ・カード〜」は、エミー賞をはじめ、数々の賞にノミネートされ、先日の俳優組合(SAG)賞ではスペイシーが主演男優賞(テレビドラマシリーズ部門)を受賞した。「当時、ストリーム用に作品を作るなんてクレイジーだとみんなに言われたものだ」と、スペイシーは振り返っている。

それらの経験があるスペイシーだからこそ、彼をトップに据えることには説得力があると、カヴァナーは考えたのである。しかし、2日、裁判長は、ビジネスを再開する条件として、スペイシーとブルネッティの役割を明確にすること、レラティビティが言うところの8,000万ドルの投資が確実に来ると証明することなどを挙げた。次の裁判が予定されている今月17日までに、レラティビティ側は、それらの証拠材料を揃える必要がある。

この合意自体にも、まだあやふやな点がある。たとえば、当初は、レラティビティがトリガー・ストリートを買収したと報道されたが、その事実が確認されないことが、後に明らかになった。また、スペイシーとブルネッティは、まだ契約書に署名をしていないことも判明している。ふたりは、レラティビティが倒産から立ち直った後に、署名をするつもりということだ。

たとえ、無事にレラティビティが業務を再開しても、派手で強烈なパーソナリティで知られるカヴァナーとスペイシーらが、どんなふうに協力し合っていくのかという疑問も残る。カヴァナーは、マリブの自宅からビバリーヒルズのオフィスまでヘリコプターで通い、ビバリーセンターの向かいのホテルの屋上をヘリコプターの駐車場に使っては、近所の住人のひんしゅくを買った人。スターと仲が良いことを強調したがる反面、彼のことを“詐欺師”と呼ぶ投資家も、少なくない。

合意直後のインタビューで、スペイシーは、クリエイティブ面で自由を持てることへの興奮を語っていたが、レラティビティは、カヴァナーが立ち上げ、育て、倒産という苦渋も味わった、言わば“血を分けたわが子”である。果たして、本当に、スペイシーらは好きなようにできるだろうか。今後の行方を、多くが興味津々に見守っている。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

猿渡由紀の最近の記事