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オスカー戦線:「レヴェナント」の猛進で作品部門は3本レースに。イニャリトゥは歴史を変えるか?

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
イニャリトゥ監督(右)DGA受賞で、「レヴェナント」はオスカーへの勢いを増した(写真:ロイター/アフロ)

米西海岸時間6日(土)夜、監督組合(DGA)賞が発表になった。オスカー予測上重視される組合系の賞の中で、最後の発表となるものだ。「マッドマックス 怒りのデス・ロード」のジョージ・ミラー監督を有力視する向きは多かったが、受賞したのは、「レヴェナント/蘇えりし者」のアレハンドロ・G・イニャリトゥ。イニャリトゥは、昨年の「バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」でも、DGAを受賞している。同じ監督が2年連続でDGAを受賞するのは、史上初めてのことだ。

DGAを受賞した監督が、オスカーの監督賞を受賞しなかったケースは、過去に7回しかなく、イニャリトゥのオスカー監督賞受賞は、ほぼ確実なものとなった。同じ監督が2年連続でオスカー監督賞を取った例は、あることはあるが非常に数少なく、もしその通りになれば、ジョセフ・L・マンキウィッツ監督が、「三人の妻への手紙」(1949)と「イヴの総て」(1950)で受賞して以来の快挙となる。その前には、ジョン・フォード監督が、「怒りの葡萄」(1940)と「わが谷は緑なりき」(1941)で、連続受賞している。

わかりづらくなったのは、作品部門だ。DGAの発表に先駆けて、プロデューサー組合(PGA)は「マネー・ショート 華麗なる大逆転、」映画俳優組合(SAG)は、「スポットライト 世紀のスクープ」に賞を与えている。PGAの結果は、過去8年、オスカーの作品賞と一致している上、PGAはオスカーと同じ投票システムを用いている。SAGとオスカー作品賞の一致率は50%程度だが、俳優は、アカデミーで最も大きな部分を占める人々だ。一方で、DGAにおいては、過去60年で、DGAを取った監督の作品が、オスカー作品賞を受賞しなかったのは、14回だけである。

昨年のアワードシーズン前半は、「バードマン」と「6才のボクが、大人になるまで。」の一騎打ちと言われたが、「バードマン」がSAG、PGA、DGAを3つとも受賞し、優位に出た。一昨年は、PGAが「それでも夜は明ける」と「ゼロ・グラビティ」の同点受賞、DGAは「ゼロ・グラビティ」のアルフォンソ・キュアロン、SAGは「アメリカン・ハッスル」で、オスカーは「それでも夜は明ける」が受賞している。

この年も予測が困難だったが、PGAとDGAの間には、かぶる部分があった。3つの組合がそれぞれに違う映画を選んだケースは、2005年にさかのぼるまでない。その年、PGAは「アビエイター、」DGAは「ミリオンダラー・ベイビー、」SAGは「サイドウェイ」を選び、オスカー作品賞は、DGAと一致した。その前の例となる2001年には、PGAは「グラディエーター、」DGAは「グリーン・デスティニー、」SAGは「トラフィック」を選び、オスカーはPGAと一致している。

もしも「レヴェナント」がオスカー作品賞を受賞することになると、イニャリトゥは、いくつかの常識を破ることになる。まず、同じ監督の作品が、2年連続でオスカー作品賞を受賞したことは、過去に一度もない。また、「レヴェナント」は、脚本/脚色部門への候補入りを逃している。脚本/脚色部門にノミネートされなかった映画が作品賞を取ったのは、過去60年に、「タイタニック」(1997)と「サウンド・オブ・ミュージック」(1964)しか、例がない。さらに、作品部門受賞に必須と思われている、編集部門にも、候補入りを逃している。だが、イニャリトゥは、昨年も「バードマン」で、編集部門に候補入りを逃したのに、見事、作品賞を獲得している。編集部門に候補入りしなかったのに作品賞を取った例は、「普通の人々」(1980)以来だった。

「レヴェナント、」「マネー・ショート、」「スポットライト、」には、それぞれに、アカデミーに好まれる要素がある。「レヴェナント」は、クマに襲われて瀕死の重傷を負ったあげく、仲間から置き去りにされたハンター(レオナルド・ディカプリオ)が、復讐を糧に生き延びるという物語。開拓時代のアメリカを舞台にした時代物で、壮大なビジュアルも圧巻ものだ。「マネー・ショート、」「スポットライト、」は、ともに近年に起こった実話で、政治的、社会的に意義のあるテーマを扱う。前者は、リーマン・ショック前に、住宅ローンの融資に大きな問題があることを見抜いていたウォール街の男たちの様子をユーモアと感情を込めて語るもの。後者は、カトリック教徒が圧倒的多数を占めるボストンで、勇敢にもカトリック教会の暗い部分を暴いてみせたジャーナリストたちの物語だ。

この後には、まだ、英国アカデミー(BAFTA)賞の発表が控えている。BAFTAとオスカー作品賞の一致率もかなり高いが、BAFTAは昨年、「バードマン」ではなく、「6才のボク〜」に、また「ミリオンダラー・ベイビー」と「アビエイター」の年にも「アビエイター」に賞を与えている。

オスカーの投票は、12日に開始し、23日に締め切られる。6,261人のアカデミー会員は、これらの作品を見直し、意見を固めるのに、あと16日あるわけだ。その間、この3作品は、より効果的なアワードキャンペーンに知恵を絞るだろう。この接戦状態では、ちょっとした動きが、明暗を分けることになりえるのだ。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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