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一番愛された映画が作品賞を取るとは限らない、複雑なオスカーの投票システムを簡単に解説

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
「スポットライト」は、「レヴェナント」「マネー・ショート」を相手にオスカーを競う(写真:ロイター/アフロ)

オスカー授賞式が間近に迫ってきた。今年は、「スポットライト 世紀のスクープ」「マネー・ショート 華麗なる大逆転」「レヴェナント/蘇えりし者」の、大接戦。どれが取ってもおかしくない状況なだけに、投票形式が与えるかもしれない影響が、いつも以上に命運を分けることになりうる。

アカデミーは、2009年、作品部門に限り、選択投票システム(preferential voting system)を導入した。ノミネーションの段階でも、最後の投票の段階でも、作品部門では、この方法で投票がなされる。

ノミネーションに際し、アカデミー会員は、自分が所属する部門と、作品部門にのみ、投票できる。つまり、作品部門は全員が投票できるが、監督部門には監督のみ、脚本/脚色部門には、脚本家しか投票できない。(外国語映画部門とアニメ部門は、それぞれにルールがある。これについてはここでは触れないことにする。)投票者は、作品部門に、最大5作品までを、順位をつけて挙げる。ある作品が候補入りするためには、投票した人の5%以上から、上位に選ばれていなければならない。

この“上位に”食い込むに当たっては、(1) 投票者から1位に選ばれている、(2)投票者から2位に選ばれていたが1位の作品があまりにも多くから1位に選ばれたため余剰ルールが適用されて繰り上げられた、(3) 投票者から2位に選ばれていたが、その投票者が1位に選んだ作品は、1%以下の投票者からしか支持を得なかったため繰り上げられた、などの状況がありえる。つまり、(2)と(3)の状況においては、投票者が2番目に好きだった作品が、1位の扱いを受けるわけである。(3)の場合、投票者が2位に挙げた作品も1%以下の支持しかなかった場合は、3位の作品が繰り上げとなる。“余剰ルール”については、説明すると長く複雑になるので、ここでは省略するが、ひとことで言えば、1位の作品が十分すぎるくらいノミネーションを受ける票を得たため、その分がほかに回されるということだ。

ノミネーション発表後の、最終投票の段階では、全員が全部門に投票をする。ほかの部門で、投票者は、ひとり、あるいは1作品を選んで投票するが、作品部門に関しては、これまた選択投票システムである。ここでは、投票者が、候補に挙がっている全作品、つまり今年の場合だと8作品に、1位から8位までの順番をつけるわけだ。

50%以上の投票者がある作品を1位に挙げた場合、その作品の受賞が決まる。しかし、票が分散して、どの映画も大多数を得られなかった場合は、1位に選んだ人が最も少なかった作品が候補からはずれ、それを1位に選んだ人の票は、その人が2位に選んだ作品に回される。その作業は、ひとつの作品が50%以上の支持に達するまで、続けられる。

このシステムのもとでは、多くの場合、投票者は、自分の票が最終的にどの映画に貢献することになったのか、知る由がない。投票を管理するプライスウォーターハウス・クーパーの代表も、「多くの人が、3位、4位、あるいは5位に挙げた映画が作品賞を取ることは、よくあることだ」とコメントしている。

この方法を採用した理由について、アカデミーは、「最も幅広い支持を得た映画が受賞するためのもの」と説明する。実際、この投票システムは、ひとつの票に最大の影響力を持たせるために生まれたもので、ほかの選挙に使われたりもしている。しかし、「僕にとっては、この映画以外にありえない」と、1位だけを挙げ、2位以下の順番をつけなかった投票者がいたとすると、その映画が1%以下の支持しか得なかった場合、その段階で、その人の票は、もうどこにも行き場がなくなってしまうわけだ。それを理解せずに、伝統的なやり方のまま、ひとつしか挙げないで投票する会員は、少なくないらしい。一方で、自分の作品が候補に挙がっている人は、自分の映画を1位に、競争相手を最下位にするようなテクニックを使ったりするようだ。

アカデミーがこの投票システムを導入した後、プロデューサー組合(PGA)も、同じ方法に切り替えている。監督組合(DGA)や映画俳優組合(SAG)は、ひとりに投票する、伝統的な方法のままだ。それもまた、PGA賞の結果が、オスカー予測において重視される理由のひとつ。“読めなさ”が共通するのである。今年のオスカーが発表される時、何人の会員が、その結果に完全に納得するだろうか。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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