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ショーン・ペンのメキシコ麻薬王取材記事、事実と違う部分も?メキシコ女優、沈黙を破り衝撃の裏話を暴露

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
ケイト・デル・カスティーリョは、ペンの本当の意図を知らされていなかった(写真:REX FEATURES/アフロ)

刑務所を脱獄したメキシコの麻薬王“エル・チャポ”をショーン・ペンが極秘にインタビューし、今年1月、「ローリング・ストーン」誌にその記事を発表したことは、大きな話題を呼んだ。“エル・チャポ”ことホアキン・グズマンが、記事発表の前日に逮捕されたことで、ペンとの接触が彼の居所の手がかりを与えたのかとの憶測を呼ぶことになっている(http://bylines.news.yahoo.co.jp/saruwatariyuki/20160111-00053301/)。

ペンがグズマンに会う橋渡しをしたとされるのが、メキシコ女優ケイト・デル・カスティーリョ。彼女は長い間、沈黙を守ってきたが、「ニューヨーカー」誌の最新号で、彼女の側から一部始終を語った。

ペンが関わる前から、グズマンとデル・カスティーリョは、グズマンの自伝映画を作る企画を進めていた。ペンと会うことにしたのは、ハリウッドの大物が参加してくれれば、スタジオの配給がつく可能性が高まると考えたからだ。しかし、実際のところ、ペンは、映画の企画には興味をもっておらず、彼の本当の狙いは「ローリング・ストーン」に独占記事を書くことだった。グズマンに会い、ペンが記事の話を切り出した時、デル・カスティーリョは、寝耳に水で驚いたという。また、ペンは、出版前に記事をグズマンに見せることを約束したが、見せて承諾を得た後に加筆された部分もあり、その中には、事実と異なる記述もあったらしい。「ニューヨーカー」の記事の中で、彼女は、以下のようなことを語っている。

ペンに映画の手助けをするつもりはなく、ただチャンスを利用した

グズマンとデル・カスティーリョは、実際に会ったことはなかったが、グズマンは彼女に自伝映画の権利をあげると約束。刑務所にいながら、グズマンは彼女とコミュニケーションを続けた。彼女は、アルゼンチン人のプロデューサー、フェルナンド・サリシンとホセ・イバニェスに関わってもらうことに決める。その後、グズマンは脱獄し、全米の大ニュースとなった。ペンとこの脱獄のニュースについて語る機会があったサリシンは、グズマンと連絡を取り合っているメキシコ人女優がいると、ペンに教える。ペンに参加してもらうことで、配給がつきやすくなると思い、デル・カスティーリョとサリシンは、サンタモニカのホテルでペンとミーティングをもった。ペンは映画の企画に興味を示さなかったが、デル・カスティーリョに、「彼に会うことはできるだろうか?」と聞く。「彼は今、逃げているんだから、それはすごく危険じゃないでしょうか。でも、聞いてみることはできます」と彼女が答えると、ペンは、「聞いてくれ」と言った。

グズマンは、デル・カスティーリョが会いに来ることをすぐに承諾。彼女はプロデューサーふたりとペンも同伴すると伝えたが、グズマンはペンが誰か知らなかったという。

数日後、ペンは、デル・カスティーリョの自宅を訪れ、彼女がどのような背景でグズマンと親しくなったのかを、詳細にわたって質問してきた。デル・カスティーリョは、ペンがそれだけ映画に興味をもっているということだろうと解釈したが、彼女の知らないところで、ペンは、「ローリング・ストーン」に、インタビュー記事の企画を売り込んでいたのである。

インタビュー記事のことを隠していたのは彼女だけ

グズマンと初めて対面で会ったデル・カスティーリョは、彼女のブランドであるテキーラを差し出し、ペンとふたりのプロデューサーを紹介した。タコスとテキーラの食事を楽しみながら、グズマンとデル・カスティーリョが家族や人生についておしゃべりをしていると、ペンが、彼女に、自分の言うことをグズマンに通訳してほしいと言ってきた。そして彼は、自分は「ローリング・ストーン」に記事を書くために来た、なのでぜひあなたをインタビューさせてほしいと言ったのだという。デル・カスティーリョにとっては、寝耳に水だった。ペンは、「ローリング・ストーン」の編集者からの手紙をたずさえていたが、その手紙には、ペン、サリシン、イバニェスが筆者だと書かれており、デル・カスティーリョの名前はなかった。ペンは、デル・カスティーリョとの最初のミーティングで記事のことを話したと主張しているが、彼女は「そんなの、まったくの嘘」と断言し、「この夜がこんな展開になるなんて、想像もしていなかった」とも付け加えている。サリシンは、インタビュー記事について、メキシコに向かう機内でペンから知らされたと言い、イバニェスは、到着してからホテルで聞いたと振り返っている。しかし、なぜか、ペンは、この対面を実現させてくれた重要人物であるデル・カスティーリョには、最後まで秘密にしていたのである。

ペンは、インタビューのためにあと2日滞在したいと言ったが、グズマンは、それは無理だと言い、8日後にまた話そうと提案した。ペンはそれに同意したが、ペンとグズマンが会ったのは、それが最後である。ペンは、22個の質問を、デル・カスティーリョに翻訳してもらい、グズマンに送った。その時も、まだ、デル・カスティーリョは、「この記事が終わったら、映画に集中できる」と思っていたのだという。グズマンは、インタビューに、ビデオ映像で答えてきた。そして、全部の質問には答えていない。

編集者に「もっと詳細な描写を」と言われ、実際にはなかったことを加筆

インタビューを依頼するにあたり、ペンは、出版前に記事をグズマンに見せるという条件に同意している。しかし、ペンは、グズマンが質問の答えを送り返す前に記事の執筆を始め、それらをスペイン語に訳させて、グズマンに送っている。つまり、本人の了承を得た後に、相当な部分が加筆されているのである。

たとえば、デル・カスティーリョは、初期のバージョンで、グズマンのいるところまで向かう長いドライブの部分について、編集者が「このドライブについて、もっと詳しい描写を入れてほしい。どんな経験だったのか。どんな場所だったのか。人はどんなことを話したのか。7時間のことを、もっと細かく語るように」とメモを入れていたのを覚えている。出版されたバージョンで、ペンは、彼らが軍隊の検問所を通過し、そこでユニフォームを着たふたりの戦士に質問を受けたと書いた。だが、デル・カスティーリョは、そんな事実はなかったと断言。これに関しては、サリシンとイバニェスも、デル・カスティーリョに同意している。

また、デル・カスティーリョとグズマンの、もっとも初期のやりとりについても、ペンは、事実と異なることを書いている。ペンは、デル・カスティーリョがグズマンについてのポジティブなツィートをした時、グズマンの弁護士が花を贈りたいからと彼女に連絡をし、デル・カスティーリョは、不安を感じながらも住所を教えた、と書いた。だが、実際には、その時、弁護士とのそんなやりとりはなかったと、デル・カスティーリョは語っている。グズマンが彼女に花を贈りたいと思ったのは本当ながら、彼女の住所がわからなかったため、かなわなかった、というのが事実だということだ。

この接触のせいでグズマンが逮捕されたと聞いた時、デル・カスティーリョは「死にたいと思った」そうだ。その後、デル・カスティーリョとグズマンの間で交わされたテキストメッセージなどが露出し、その内容に、少しいちゃつくような要素があったことから、彼女は、メキシコで、ゴシップの対象にさらされることになった。また、メキシコの警察は彼女を重要な捜査対象人物とし、たとえば彼女のブランドのテキーラに麻薬関係のお金が流れていないかなどを調べているという。彼女がグズマンの用意するプライベートジェットに乗ったというだけでも、不正資金の対象となる可能性がある。

ペンは、メキシコ政府の捜査対象には入っていない。彼は彼で、このインタビューは失敗だったと、テレビのインタビューで認めているが、彼の述べる理由は、ほかが見る理由とはかなり違っている。ペンは、このインタビューを通じて麻薬問題の重大さについて人々に語ってもらいたかったのに、人はほかの部分に関心をもってしまったとコメントした。しかし、この問題を追及してきている人々の間からは、「メキシコの最大の麻薬王に質問をするのに、どんな流通をしているのかとか、アメリカでヘロインの使用者が増えているのはあなたのせいなのかとか、アメリカの政府関係者にも知り合いはいるのかなど、重要なことをいっさい聞いていない」などの批判が聞かれる。ペンがグズマンに出版前の記事を見せるという条件を結んだことも、「ジャーナリズムのルールに反する」と非難された。ペンが得意げに「僕はこの記事をノーギャラで書いている」と宣言したことも、ジャーナリストを本業とする人の間では、決して快く受け止められていない。取材に至る経緯、そして取材がどうなされたかの事情が明らかになった今、“ジャーナリスト”ショーン・ペンへの敬意の念は、さらに下がるだろう。

「ローリング・ストーン」にとっても、大きな打撃だ。同雑誌は、昨年、ヴァージニア大学のキャンパス内で起こったレイプ事件についての記事を掲載し、世間にショックを与えたが、後に、事実確認が甘かったとして、記事を撤回。現在、3つの訴訟に直面している。

デル・カスティーリョは、今週金曜日、テレビでダイアン・ソイヤーのインタビューに応じる予定だ。さらなる衝撃の事実が、明らかになるかもしれない。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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