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キャメロン、ノーラン、シャマランは反対。新作映画同日VOD案をめぐりハリウッドの大物が対立

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
クリストファー・ノーランは”スクリーニング・ルーム”に反対(写真:ロイター/アフロ)

新作映画を公開日に50ドルでストリーミングできるサービス“スクリーニング・ルーム”に反対する声が、ハリウッドの内外で聞こえ始めた。

スティーブン・スピルバーグ、J・J・エイブラムス、マーティン・スコセッシ、ロン・ハワード、ピーター・ジャクソン、テイラー・ハックフォードなど大物監督を味方につけ、一時は実現への可能性を高めたように見えたが(http://bylines.news.yahoo.co.jp/saruwatariyuki/20160316-00055490/)、この数日の間に、ジェームズ・キャメロン、ジョン・ランドー、クリストファー・ノーラン、ブレット・ラトナー、M・ナイト・シャマランら、別の大物らが、抗議の声を上げ始めたのである。キャメロンと共に「アバター」「タイタニック」を製作したランドーは、deadline.comに対し、「ジム(・キャメロン)と僕は、劇場体験という聖域を信じる。公開時に、劇場のみで映画を見せるのは、僕らにとって、クリエイティブ面でも経済的な意味でも、とても重要だ。僕たちが一生懸命創造した芸術を最高の形で見てもらう機会を飛ばす動機を、どうして業界が観客に与えようとするのか、理解できない」と語っている。それを受けて、ノーランは、「ジョン・ランドーとジェームズ・キャメロンは、劇場限定で公開することの重要性を、説得力をもって語ってくれた」とコメント。シャマランも、「僕も同感だ。僕はスクリーニング・ルームに大反対。一度フィルムメーカーと劇場主がそのアイデアを受け入れてしまったら、もう戻れない」とツィートした。

アメリカ国内外の劇場主たちも、立ち上がっている。最初に不満の意思を表明したのは、アートハウス系の劇場を代表する団体アートハウス・コンバージェンス(AHC)だが、その翌日には、アメリカの興行主の団体NATOが、「今日の映画業界では、より洗練されたシステムが必要とされているのかもしれない。(だが、)それらのシステムは、配給会社と興行主がお互いと話し合って開発していくべきもので、第三者によるものであってはいけない」と声明を発表した。米西海岸時間18日(金)には、イギリスの興行主団体と、ヨーロッパの興行主団体が、それぞれに反対の声明を発表している。

スクリーニング・ルームは、Napsterの創業者で、元Facebookのプレジデント、ショーン・パーカーが生みだしたアイデア。最初に150ドルで専用ボックスを購入し、新作映画を、劇場公開と同時に、1回50ドルで48時間レンタルできるというもので、その50ドルのうち、最大20 ドルは、興行主に支払われるという。パーカーのコンサルタントを務めるのは、元ソニー・ピクチャーズ副会長のジェフ・ブレイク。スピルバーグ、ハワードら賛成派の多くは、このベンチャービジネスのアドバイザーや投資家でもある。このシステムは、映画を見る人の層を広げるものだというのが、賛成派の主張。アメリカ映画協会(MPAA)の統計によると、子育てや仕事で忙しい25歳から39歳の観客は、この5年の間に減少しているが、外に出かけずして見られるのであれば、この人たちは50ドルを払って見るだろう、というのがパーカーらの考えだ。

一方で、反対派は、パーカーのNapsterが音楽業界に与えた影響と同じことが映画業界にも起こることを危惧する。Napsterが登場した1999年に140億ドルを稼いでいた音楽業界は、その後の15年間に57%も売り上げを落とし、レコード店は、事実上、街から消滅した。スクリーニング・ルームは興行主とも売り上げを分かち合うと言うが、映画館の売り上げの85%はポップコーンやコーラなど売店の売り上げから来ているため、客足が減ると、大きな打撃を受ける。週末に映画を見に行くという習慣が失われれば、映画館だけでなく、周辺のレストランやショップにも影響が出るだろう。さらに、違法コピーの不安もある。専用ボックスにどこまでしっかりしたセキュリティ対策がなされるかわからず、また、たとえそれがどれほど強いにしろ、潜り抜ける方法を見つける人は必ず出てくると、反対派は警告する。値段が2ドル、3ドルではなく、50ドルと高いことも、犯罪者にモチベーションを与えることになるかもしれない。

Netflixやアマゾンのストリーミングサービスが大成功した今、人は、決まった曜日の決まった時間にチャンネルを合わせるのでなく、好きな時に、好きなだけ、好きな場所で見ることに慣れてしまった。同じ流れが映画にも起こることは避けられないと見て時代に遅れないように早々と先手を打つのか、それとも、映画館でほかの人たちと一緒に感動を共有するという貴重な文化を最後まで守り抜くのか。ハリウッドは、今、そのジレンマの元に置かれている。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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