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ドキュメンタリー監督がロバート・デ・ニーロを非難。予防接種の害を語る映画の上映中止はセンサーシップか

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
ロバート・デ・ニーロと妻グレイス・ハイタワー(写真:REX FEATURES/アフロ)

ある作品の映画祭での上映中止をめぐり、ロバート・デ・ニーロが、論議の渦中に置かれている。

問題の映画は、予防注射と自閉症の関連を指摘するドキュメンタリー「Vaxxed: From Cover-Up to Catastrophe。」監督は、1998年に「新第三種混合ワクチン予防注射で自閉症になる」という論文を発表した、元医師のアンドリュー・ウェイクフィールドだ。2010年、イギリスの医事委員会は、この論文は不正であったとし、彼の医師免許を剥奪している。2011年には、「ニューヨーク・タイムズ」紙が、「アンドリュー・ウェイクフィールドは、直接的であれ、間接的であれ、今日、最も非難されている医師だ。彼が無責任にパニックを起こしたことで、予防注射摂取率が下がり、百日咳やはしかといった、一度は消えた病気が復活し、子供たちの命を脅かした」と批判している。

その張本人が手がけたドキュメンタリー「Vaxxed」が、デ・ニーロが2002年に創設したトライベッカ映画祭で来月24日に世界プレミアされることが発表されると、医師、研究者、アクティビストらの間で、大きな反響が起こった。「Our Nixon」「Nuts!」などで知られるドキュメンタリー映画監督のペニー・レーンは、「私はトライベッカ映画祭が大好きです。でも、あなたたちは、大きな間違いをおかしました。あなたたちが信頼され、すばらしいドキュメンタリーのプログラムをもつ映画祭であるだけに、この映画に説得され、わが子に予防注射を受けさせるのはやめようと思う人が出るでしょう。その結果、死ぬ人が出るかもしれません」という公開レターを送っている。

作品はまだ映画祭関係者しか見ていないが、映画祭の宣伝資料には、この映画が「医薬業界内部の人や、医師、政治家、親らの話を紹介しつつ、なぜ自閉症が急増しているのかを明らかにするものである」とある。当初、デ・ニーロは、この映画の上映を決めたことを弁護した。アメリカ時間先週金曜日、映画祭事務所を通じて出された声明で、デ・ニーロは、妻グレイス・ハイタワーとの間に生まれた子供が自閉症であるとし、「自閉症にまつわるすべての問題をオープンに話し合い、検証することは重要であると、私は信じた。15年におよぶトライベッカ映画祭の歴史において、私は、ある映画が上映してほしいと頼んだこともないし、プログラム構成に関わったこともない。だが、この映画はとても個人的なもので、(これをきっかけに)会話を始めてもらいたいと思ったのだ」と語っている。

しかし、その翌日、デ・ニーロと映画祭は、同作品を上映プログラムからはずす決定を下した。その理由として、デ・ニーロは、「この2日ほどの間に、映画祭のチームや科学者らと一緒に見直したところ、この映画は、私が思ったような形でこの問題に対する議論を深めるものではないと思った。私たちの映画祭は、論議を避けることはしない。だが、この映画の中のある種の事柄が、私たちに、上映をやめようと判断させたのである」と述べている。

その夜、ウェイクフィールドとプロデューサーのデル・ビッグツリーは、デ・ニーロと映画祭を非難する声明を発表した。その声明の中で、ウェイクフィールドらは、デ・ニーロが、金曜日の弁護の声明の発表前に、アメリカ疾病予防管理センター(CDC)の関係者と会い、同センターの書類に偽りがあることを自分の目で見たと語っている。にも関わらず態度をひるがえしたのは、「映画祭に関わる誰かが、映画を非難するなんらかのことを言ったからだろう。私たちは、言い返すチャンスも与えられなかった。企業が言論の自由、芸術、真実をセンサーシップした、新たな例と言える」と弾糾した。

子供に第三種混合ワクチン予防接種を受けさせるべきかどうかの論議は、近年、アメリカで、あらためて加熱している。2000年にアメリカから撲滅したはずのはしかが、2014年末にディズニーランドで発生したことも、予防注射摂取率に再び焦点を当てることになった。就学する児童に必ず第三種混合ワクチン接種を受けさせるべきかどうかについての決まりは、州によって違う。それまでカリフォルニアでは、“個人的な信条”を理由に子供に予防接種を受けさせないことが認められていたが、昨年、医師から「医学上の理由でこの児童は予防接種を受けるべきでない」という診断書をもらわないかぎり必須とする州法SB277が通過した。完全施行は今年7月1日からだが、すでに予防接種を受ける比率が高まるなど、変化が見受けられる。しかし、サンタモニカなど富裕層が多く住む地区に反対派は今も根強く、成立後には、SB277は憲法違反であるという抗議運動も起きた。子供に予防接種を受けさせたくないがために、ホームスクールという選択肢を考える親もいる。

トライベッカでの上映が中止になったとはいえ、「Vaxxed」が劇場公開されたり、ストリーム配信されたりする道は、ふさがれたわけではない。この騒ぎを受けて、第三種混合ワクチンと自閉症の関連性を信じる人々が、映画の公開のためにさらに尽力しようとする可能性もある。この映画が巻き起こすドラマは、まだ始まったばかりなのかもしれない。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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