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L.A.の山火事で撮影名所が壊滅。「24」「透明人間」のロケ地

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
(写真:ロイター/アフロ)

西海岸時間22日(金)午後に始まったL.A.郊外サンタ・クラリタ地区の大規模な山火事のせいで、ハリウッドの映画やテレビに何度も使われてきた撮影専用の大牧場セーブル・ランチが、焼滅した。西部劇の世界を感じさせる広野、数種類の馬小屋、いくつもの建物を持つこの農場では、「特攻野郎Aチーム」「24 TWENTY FOUR」などのテレビドラマや、「地獄のモーテル」(1980)「透明人間」(1992 )などが撮影されている。敷地内の事務所のいくつかは被害を逃れたものの、撮影現場自体は、完全に破壊されてしまった。

1,600人以上の消防士が全力で消火に当たっているものの、現地時間24日(日)現在、被害エリアは2万2,000エーカーに広がっている。土曜日は猛暑で、現地の気温が40度以上に上ったことも、消火作業を困難にした。筆者の家は、現場からフリーウェイを使っても1時間以上離れているが、昨日は、空が煙で覆われたせいで、天気は快晴であるにも関わらず、日光が遮断され、昼間から暗かった。場所によっては、空がオレンジやピンクだったりして、「まるで『アルマゲドン』だ」という声が聞かれたほどだ。本日(日)は、やや暑さが収まり、多少湿度も上ったが、もっと風がある。現在、1,500人の住人が緊急避難している。

セーブル・ランチのような“映画牧場”は、西部劇が人気を集めていた20年代、スタジオシステムのもとで作られ始めたものだ。近辺のネバダ州、アリゾナ州などには西部劇に理想的な場所があるが、ハリウッドにはすでに組合制度ができており、遠方で撮影する際の賃金について、スタジオと雇用者の間で揉め事が起きていた。“遠方”の定義が30マイル(48km)だったことから、スタジオは、その範囲内に、撮影専用の牧場を作ろうと考えたのである。クルーは基本的にフリーランスである現在は、ルイジアナ州やジョージア州、イギリスやカナダなど、おいしい税金優遇措置をもうけている場所に行き、そこで現地のクルーを雇って撮影がなされるが、20年代や30年代のネバダやアリゾナに、経験豊かな撮影クルーのコミュニティなど存在するはずがなく、L.A.から連れて行くしかなかったのだ。

それら“映画牧場”には、やはり山火事の被害にあったところも多い。

シミ・バレーのブルースカイ映画牧場では、「ローハイド」「ガンスモーク」「大草原の小さな家」などのテレビドラマや、「星の王子ニューヨークへ行く」(1988)「メン・イン・ブラック」(1997)などが撮影された。現在も稼働中ではあるが、2003年の山火事で、「大草原の小さな家」や「ガンスモーク」を含め、多くの名作の撮影場所が破壊されている。

やはり「大草原の小さな家」に使われ、ほかに「許されざる者」(1992)や「バック・トゥー・ザ・フューチャー PART 3」(1990)も撮影されたカリフォルニア州ソノラのレッドヒルズ映画牧場は、1996年、落雷が原因の山火事で壊滅した。また、「ローン・レンジャー」「ボナンザ」などが撮影されたL.A.郊外チャッツワースのスパーン映画牧場も、1970年の山火事で破壊され、現在は公園の一部となっている。お隣のアリゾナ州ではあるが、「OK牧場の決斗」(1957)「西部のパラディン」(1957)「殺し屋の烙印」(1969)などが撮影されたアパッチランド映画牧場も、1969年に一度目の山火事に遭って牧場の大部分を損傷。その後、ほとんどが再建されたが、2004年2月に再び山火事が起こり、同年、永久閉鎖している。

前述したとおり、ハリウッドのビジネスのやり方が大きく変わった今では、ただ近いからという理由でロケ場所に選ばれたりしない。もちろん、今も、俳優、監督、クルーを含めた映画関係者の多くはL.A.に住んでおり、できれば家から通えるところで撮影したいという思いは強いが、スタジオやプロデューサーは、コストを抑えるべく、どこが一番良い条件をくれるかを秤にかけてロケ場所を決めている。撮影を誘致する場所には、たいてい、すでに経験豊かなクルーが育っている上、現地雇用をどれだけするかというのも税金控除を受ける条件であるため、クルーやエキストラは、現地で雇う。わざわざ連れて行くのは、監督と俳優、スタッフでは美術監督、衣装デザイナー、スタントコーディネーターなどトップだけだ。

その結果、近年、映画の都ハリウッドでは、皮肉なことに映画やテレビがほとんど撮影されないという現象が起き、クルーが仕事にあぶれる状況が問題視されてきている。たとえばL.A.が舞台の「世界侵略:ロサンゼルス決戦」(2011) は主にルイジアナで、「カリフォルニア・ダウン」(2015 ) は主にオーストラリアで撮影されている。2003年、アーノルド・シュワルツェネッガーがカリフォルニア州知事に選ばれた時には、彼ならこの問題に取り組んでくれるのではという期待が高まったが、ほとんど変わらなかった。しかし、今さらながら、少しましな税金優遇措置が施行されたせいで、ここ2年は連続でL.A.で撮影されるテレビドラマの数が増え、L.A.の業界関係者は、やや胸をなでおろしている。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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