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白すぎないエミー。ジョークのネタはオスカーとトランプ<エミー賞レポート>

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
ドラマシリーズ主演男優賞を受賞したラミ・マレック(写真:REX FEATURES/アフロ)

同じハリウッドでも、テレビは映画よりずっと先を行っている。米西海岸時間18日(日)の第68回プライムタイム・エミー賞は、その事実を誇らしげに見せつけた。

昨年も、ヴィオラ・デイビス、ウゾ・アドゥバ、レジナ・キングら黒人女優が受賞し、さまざまな人種の女性たちが登場する「オレンジ・イズ・ニュー・ブラック」が候補入りしたが、今年はさらに一歩先に進んだ。演技部門ではキングが再び受賞したほか、やはり黒人のコートニー・B・ヴァンス、スターリング・K・ブラウンが受賞。監督部門では女性のジル・ソロウェイとスザンネ・ビア、脚本部門ではムスリム系のアジズ・アンサリとアジア系のアラン・ヤンが受賞し、多様性は、幅広い部門で反映された。

ホストのジミー・キンメルも、それを十分認識し、何度かジョークのネタにしている。

オープニングのモノローグで、キンメルはまず会場を見渡し、「今年は、これまでで最も多様性に満ちた候補者が揃いました。僕らがこんなに立派にやり遂げたのを見て、オスカーは突然にして僕らとお近づきになりたがっているでしょうね」と、2年連続で演技部門の候補者が全員白人だったアカデミー賞との違いを強調。さらに、「もちろん、多様性そのものよりも、僕たちには多様性があるねと自分たちを祝福するのが、ここハリウッドなんですが」と自虐的なジョークを言ったかと思えば、「有色人種の候補者の人、近くにいる白人を探して、『勇気ある行動をとってくれてありがとうございます』と言ってください。白人を探すのはそんなに難しくないと思いますよ。このへんに結構います」などとも言って、場内を笑わせている。

「マスター・オブ・ゼロ」で脚本賞に輝いたアンサリとヤンも、多様性を称え、奨励する発言をした。ヤンは、受賞スピーチで、「この国には、アジア系アメリカ人が1,700万人います。イタリア系アメリカ人も、1,700万人です。イタリア系の映画は、『ゴッドファーザー』『ロッキー』『グッドフェローズ』などいっぱいあるのに、僕らといえば『Long Duk Doung』くらい。でも、僕らも追いつくことができるはず。子供をもつアジア人のみなさん、いえ、そのうちの何人かでもいいから、お子さんにバイオリンじゃなくてカメラを買ってあげてください」とアジア系アメリカ人仲間に向けて訴えかけた。一方、6月にドナルド・トランプを批判するエッセイを「New York Times」に寄稿したアンサリは、プレゼンターとして再び舞台に上がった時、「いろいろ考えた結果、僕は、トランプに賛成することにしました。ということで、この会場から、今すぐムスリム系とヒスパニック系の候補者を追いだしたいと思います。これがオスカーだったらあっというまだよね」と、これまたエミーの多様性を際立てるジョークを飛ばしている。

トランプのネタは、これだけではない。不動産王トランプは、リアリティ番組「The Apprentice」で、一般への知名度を高めている。「テレビがなかったら、彼が大統領候補になることなんてなかったはず」と指摘するキンメルは、「The Apprentice」をプロデュースし、今年も「The Voice」で会場に来ていたイギリス人プロデューサーのマーク・バーネットを名指しして、「この人のおかげで、僕らはもはやリアリティ番組を見る必要がなくなりました。リアリティ番組の中を生きることになったんですから。もしトランプが大統領選に勝って、本当に国境に壁を作ったら、最初に壁の外に追い出されるべきなのはこの人です」と言い放った。リアリティ部門の発表で「The Voice」は受賞し、バーネットはプレスルームで行われる受賞者の会見に現れたが、キンメルのコメントをまったく気にしておらず、それどころか、「テレビでただで名前を宣伝してもらえて、トランプは今ごろ、キンメルに感謝のメールを送っているんじゃないですかね」と笑顔を見せている。

「トランスペアレント」のソロウェイ(左)とジェフリー・タンバー(写真/猿渡由紀)
「トランスペアレント」のソロウェイ(左)とジェフリー・タンバー(写真/猿渡由紀)

トランスジェンダーを扱うコメディシリーズ「トランスペアレント」で監督賞を受賞したジル・ソロウェイは、もっと辛辣だった。「ヒトラーは政治的権力を高めるためにユダヤ人を差別しました。今、トランプは同じことをやっています。美人コンテストに出るようなルックスでない女性をブタと呼び、国内の問題をメキシコとムスリムのせいだと言って、障害のある人たちをバカにしています。彼は深刻な差別者。とても危険なモンスター。私は迷わずに、彼をヒトラーの継承者と呼びます」と、ソロウェイは、バックステージでトランプを糾弾した。

もちろん、授賞式になくてはならない、涙と感動の瞬間も、いくつかあった。

「Veep」でコメディシリーズの主演女優賞を受賞したジュリア・ルイス=ドレイファスは、過去に何度も受賞しているにも関わらず、感極まりない様子で舞台に上がり、受賞スピーチの最後で、2日前に父が亡くなったことに触れた。「父が『The Veep』を気に入ってくれていたことを、とてもうれしく思います。父がどう思うかは、私にとって一番大事なことでした」と述べ、涙を流しつつ、舞台を退場している。

バラエティ特別番組の脚本賞を受賞したパットン・オズワルトも、今年、突然にして妻を失う悲劇に直面した。受賞スピーチで「この賞を僕はふたりの人と分かち合いたいと思います。ひとりは、今、家で僕を待っている娘。もうひとりは、ほかのどこかで僕を待ってくれている人」と述べた。バックステージでその発言について聞かれたオズワルトは、「僕の人間としての成長は、全部、彼女のおかげでした。彼女は僕よりずっと頭が良くて、自分をわかっていた。彼女が、今の僕を作ってくれたんです。彼女は本当にすばらしかった。そんな人と一緒にいられた僕は幸運です。これ(エミー賞受賞)に意味がないとは言わないけれど、彼女がいなくなってから、僕の人生の明かりが半分消えた感じなんですよ。彼女がいた時と同じ自分に戻れるまでには、すごく長い時間がかかると思います」と答え、少しの間、記者たちを沈黙させた。コメディシリーズの助演女優賞を受賞したケイト・マッキノンも、恐れを知らずに可笑しなことをどんどんやってみせる普段のキャラはどこへいったのかと思うくらい、舞台の上で感動に声と体をふるわせ、喜びの涙を流してみせている。

バックステージで受賞の感想を語るラミ・マレック(写真/猿渡由紀)
バックステージで受賞の感想を語るラミ・マレック(写真/猿渡由紀)

ラミ・マレックも、新鮮だった。ケビン・スペイシー、リーヴ・シュレイバー、ボブ・オデンカーク、カイル・チャンドラー、マシュー・リスといった大ベテランを打ち負かし、初のノミネーションにしてドラマシリーズ主演男優賞をかっさらったマレックは、まさか自分が受賞するとは思ってもいなかったようで、名前が呼ばれると、一瞬、当惑したような表情を見せた。受賞スピーチでは、彼が「MR. ROBOT/ミスター・ロボット」で演じるエリオットが幻想を見ることに引っ掛けて、「お願いですから、みなさんも、僕が今見ているものを見ていると言ってください」と発言。舞台の上では泣かなかったが、「舞台から退場したとたん涙が出て、ジミー(・キンメル)に抱きついて泣いてしまったんですよ。彼の服を涙で汚しちゃいけないと思いながら」と、バックステージで告白した。そして最後には、「これもみんな、みなさんが、放映開始直後からこの番組のことを書いてくれたおかげです。ありがとう」と記者たちにお礼を述べてくれている。そういうのはしょっちゅう聞くことではないので、筆者もちょっと心が温かくなった。

ホストを務めたキンメルへの評価はすこぶる良い。エミーは、オスカーと違い、毎年、メジャーネットワークが交代で放映する。対象がテレビ番組であり、9月と10月に始まる自社の新番組のCMを流せるメリットがあるため、恩恵は順番に、平等に、というわけだ。今年キンメルが選ばれたのは、キンメルのトーク番組が、今年のエミーを放映するABCでレギュラー放映されていることが大きい。しかし、彼があまりによかったので、コラムニストのドミニク・パットンは、「違う局の番の時も、キンメルの続投を考慮するべきではないか」と書いている。別の業界コラムニスト、マイク・フレミング・Jr.は、「彼がオスカーのホストをやったことがないのはなぜなのだ?」と書いた。

オスカーがいつも予定の3時間を上回ってだらだらと続くのに対し、キンメルは、「これまでよりも素早く、短くする」という約束どおり、きっちり3時間で終わらせてもいる。ブラックなユーモアはあってもブラックすぎるものはなく、会場を楽しい笑いで包んでみせた。

とりわけ好評だったのは、トーク番組シリーズ部門が発表された直後のジョークだ。この部門には、キンメルの番組もノミネートされていたが、受賞したのはジョン・オリバーの番組だった。そこへ突然、マット・デイモンが登場。キンメルに「今の、見逃したんだけど、君、受賞したの?」と聞き、受賞者はオリバーだったと言われると、デイモンは、「よかった!投票者は、わかってるね!僕もわかっていたよ。彼に賭けていたくらいさ。それにしても、屈辱だろうね。君は賞を逃したのに、この後も最後までここに立たなきゃいけないんだから。本当なら、家に帰って泣きたいんだろうね」と言って会場を笑わせている。

デイモンのコメディの才能のすごさもだが、それよりも、自分が受賞しないことを想定して、こんなギャグを最初から計画したキンメルの度量の大きさに感心させられる。来年、ライバルの局が彼を雇うとは考え難いが、オスカーから声がかかるのは、時間の問題かもしれない。

「第68回エミー賞 授賞式」

日本では、海外ドラマ専門チャンネルAXNで、9月24日(土)9:00PM 放送

ドラマシリーズ部門作品賞は「ゲーム・オブ・スローンズ」(写真/猿渡由紀)
ドラマシリーズ部門作品賞は「ゲーム・オブ・スローンズ」(写真/猿渡由紀)
L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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