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クリストファー・プラマー、若さの秘訣はジム通い、テニス、妻の愛情料理

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
「手紙は憶えている」に主演するクリストファー・プラマー。撮影/猿渡由紀

こんなふうに歳を取れたら。クリストファー・プラマーに会ったなら、きっとそう感じるだろう。

この12月で87歳になる彼は、背筋もまっすぐなら、肌や表情も生き生きしていて、10歳さばを読んでも十分通じる。しかし、彼の放つゆとりと自信のオーラは、長年にわたる幅広いキャリアがあってこそ、生まれるものだ。

オンタリオ州生まれ、ケベック州育ち。尊祖父はカナダの第3代首相ジョン・アボット。ピアニストを目指すが、「ヘンリー五世」のローレンス・オリヴィエに影響を受け、俳優に転向する。70年代に初のトニー賞を受賞し、その後も舞台、映画、テレビで活躍してきた彼に初のオスカーをもたらしたのは、「人生はビギナーズ」だった。この時、彼は82歳で、演技部門においてはオスカー史上最高齢の受賞者となる。

オスカーを取ると突然にして良い企画が押し寄せるというのはよく聞く話だが、プラマーの場合も例外ではなかった。今、ますます仕事がおもしろいと語る彼の最新作は、昨年秋、ヴェネツィア、トロント、ロンドンなどの映画祭で上映された「手紙は憶えている」。

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アトム・エゴヤンが監督するこのスリラーでプラマーが演じるのは、第二次大戦時、アウシュビッツに収容された経験をもつゼヴ。死ぬ前になんとしても、自分たちをそんな目に遭わせた男に復讐すべきだという友人マックスは、妻を失ったばかりのゼヴに、その使命を託す。認知症を抱えるゼヴが自分のしていることを忘れないよう、マックスは詳細に説明する手紙を書いて、ゼヴに渡した。その手紙をしっかりと胸の内側のポケットに入れて、ゼヴは、ひとり旅立つ。そこで彼は、思いもかけなかったことを知ることになるのだ。

ホロコーストを描く映画はこれまでにも多数作られてきたが、今作は、まったく新しい視点からアプローチするもの。この映画にかける思い、これまでのキャリア、そして若さを保つ秘訣を、トロントで聞いた。

驚きの展開をもつ映画ですが、あなたはとくにどの部分に惹かれましたか?

まずは、ゼヴという役だね。僕がこれまでに演じたことのないタイプの男だ。それに、脚本自体の構築が優れていた。この脚本家(ベンジャミン・オーガスト)が、今作で脚本家デビューした人だと聞いて、びっくりしたよ。すごいライターだと思った。これは、ホロコーストを、まるで違う角度から見る。それに、どんな人もふたつの側面をもっているということも語っているように思う。誰の中にも、もうひとりの自分がいる。別の自分をどこかに隠し、見せたいほうを表に出しているんだ。どんな職業についているかは関係ない。だから、誰に対しても、注意をして接しないといけない。僕は、人生で、本当にそう信じるようになってきたんだよ。

認知症を患っているキャラクターを演じる上では、何かリサーチをされたのでしょうか?

いや、していないよ。必要なかったからさ。ゼヴは記憶を失くしているが、そのことに自分で気づいていない。懐かしい思い出に浸ることもなく、ただ、今だけを生きているんだ。どうしようもない状態にありながら、「大丈夫」と自分に言い聞かせて生きている。彼はストーリーを推し進める人ではなく、ストーリーによって推し進められる人でもある。だから、無理に役に入っていこうとすると、逆に信憑性がなくなるんだよ。それに、記憶がなくなった経験は、僕自身にもあるし(笑)。舞台で起きたんだ。それも、自分が何度も演じてきた役で。そういうのこそ注意しないといけないんだよね。僕は自信を持ちすぎていた。それなのに、ある時、突然、自分が何を演じているのかわからなくなったんだ。急に体が麻痺したような感じで、でも、なんだか気持ち良くもあったんだ。それがまた怖いんだが。ありがたいことに、すぐ元に戻ったし、観客は、何も気づかなかったみたいだ。

マックス(右)を演じるのはマーティン・ランドー
マックス(右)を演じるのはマーティン・ランドー

ホロコーストについて、あらためて何か調べることはしましたか?

それもしていないね。それも必要なかった。僕にとって大事だったのは、無力な、自分でどうにもできない状態になりきってみせること。銃が何なのかもわかっていなくて、自分が触れたことがあるのかどうかもわからない。ゼヴの中に、僕は少し「リア王」に通じるものを見た。僕は過去にリア王を演じているんだが、その二幕目が少し重なったよ。自分がどこにいるかわからず、混乱して、そのうちやや狂気を帯びてくる。それをゼヴにも使った。

あなた自身は今もとてもお元気ですが、どうやって若さを保っているのですか?

僕は今もテニスをするよ。ジムにも行くし、ウォーキングもする。そういう退屈なことをたくさんしているよ(笑)。僕の妻は料理がとても上手で、バランスのとれた食事を作ってくれる。僕らは45年も結婚してきたから、それだけ長いこと、健康なものを食べさせてもらってきているんだ。そしてありがたいことに、僕はまだ仕事をさせてもらっている。この後も、出演作が3つ決まっているよ。90歳になってもまだ仕事をできていたら素敵だね。仕事のおかげで若さを保てていると思う。せりふを覚える必要があるから、脳のエキササイズになるんだよ。この後も、物忘れがひどくならないまま生きていけることを願うばかりだ。

あなたの長いキャリアで一番誇りに思っていることは?

僕は古典劇をたくさんやってきた。ほとんどの古典劇を演じてきていると思うよ。カナダ、アメリカ、イギリスの舞台に立ったし、ナショナル・シアターやロイヤル・シェイクスピアでも演じた。そのうちのいくつかは、「なかなか良いじゃないか」とも言ってもらえた(笑)。ああいうのをやるのは、僕にとって、一番エキサイティングだ。純粋に楽しいんだよ。それも、僕が若さを保てている理由のひとつかもしれないね。

あなたのキャリアには、いくつかの転機があったように思えます。自分で振り返ってみて、どんなキャリアでしたか?

僕は、ずっと幸運だった。若かった60年代には、若い男の主役を演じさせてもらった。あの時代にも良い映画はいくつかあったが、僕が出たような叙情詩的映画は、今見てみたら、テンポがスローで、だらだらしているものだった。当時は製作費の節約なんて、誰も気にしていなかったからね。2時間半くらいかけてランチをして、酔っ払って続きを撮影したりしたものだよ。ひどいものだった(笑)。40歳を過ぎた頃から、僕は個性派俳優になって、仕事はもっと楽しくなった。幅広いキャラクターを演じさせてもらえるようになったんだ。「王になろうとした男」(1975)が、始まりだったと思う。あの時に、実際、僕には演技ができるんだと気づいてもらえたんじゃないかな(笑)。その後は、本当に楽しいと感じられるものがたくさんあった。「インサイダー」(1999)は、断然そのひとつだね。あの映画の後、僕のところに来る脚本は前よりずっと良くなったし、82歳でようやく賞(オスカー主演男優賞)をもらったら、ますます良くなった。自分でも、本当にラッキーだと思うよ。

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「手紙は憶えている」は、28日(金)全国ロードショー。

クリストファー・プラマー Christopher Plummer1929年カナダ、オンタリオ州トロント生まれ。58年から上演された「JB」でトニー賞にノミネートされ、73年の「シラノ」でトニー賞主演男優賞(ミュージカル部門)を受賞。映画の代表作に「サウンド・オブ・ミュージック」(1965)「ピンクパンサー2」(1975)「マルコムX」(1992)「12モンキーズ」(1995)「インサイダー」(1999) 「終着駅 トルストイ最後の旅」(2009)「ドラゴン・タトゥーの女」(2011)「トレヴィの泉で二度目の恋を」(2014)など多数。「終着駅〜」で初のオスカーノミネーションを果たし、「人生はビギナーズ」(2011)で主演男優賞を受賞した。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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