Yahoo!ニュース

ジョニー・デップ、30年お世話になったエージェントを捨てる。キャリアのテコ入れが目的?

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
(写真:REX FEATURES/アフロ)

ハリウッドの美談が、ひとつ消えた。

スターが所属エージェンシー(日本で言うところのタレント事務所)を次々に変えるのは当たり前なハリウッドで、これまで同じエージェント(エージェンシーの担当者)一筋で来たジョニー・デップがその人を捨てたことが、米西海岸時間本日(27日)、発表されたのである。

デップが移籍したのは、業界大手のCAA。CAAは、これまでデップが籍を置いきた、やはり大手のUTAのライバルだ。つい最近、CAAのエージェントがこぞって辞職し、UTAに入ったことから、二社の関係は、これまで以上に緊張した状況にある。有能なエージェント(および、それらのエージェントが連れていったお抱えタレント)を盗まれて悔しい思いをしているCAAが、逆にUTAから最も稼いでくれるタレントを引き抜いてみせたということで、このニュースは業界で大きな話題となっている。

以前、別の記事で書いたとおり(http://bylines.news.yahoo.co.jp/saruwatariyuki/20160124-00053732/)、ハリウッドと日本はシステムがまったく異なり、タレントはエージェンシー(事務所)から給料をもらうことはなく、演技レッスンやらダンスレッスンやらを受ける場合、それらの費用はタレント本人持ちである。タレントは、エージェンシーが取り付けてくれた仕事のギャラの10%から15%をエージェンシーに払う契約で、つまり、タレントがエージェンシーを雇っている形だ。だからエージェンシーはタレントを“クライアント(客)”と呼ぶのである。

タレントは客なのだから、より良いところを探して回るのは自由。だが、中には、成功してからも恩がある人をずっと離れないというケースもある。デップもそのひとりだったのだが、彼の場合、成功の具合が並外れていた。

そのエージェント、トレイシー・ジェイコブスがデップに目をつけたのは、彼がテレビ番組「21 Jump Street」(1987-1990)に出始めた頃。ジェイコブスがUTAに籍を置くと決めた時、彼女は当時まだ駆け出しだったデップを自分のクライアントとして連れて行った。そこから、彼女は、デップが最もユニークで幅の広いキャリアを築いていく手助けをしていくのである。

これも前の記事に書いたことであるが、日本と違って、ハリウッドでは、事務所が提案する仕事をやるかやらないかを決めるのは、タレント本人である。ギャラがいいからといって、本人がやりたくない仕事をエージェンシーが強要することはできない。優秀なエージェントがやるべきことは、タレント本人がもつ能力を最も発揮できる仕事を見つけ、その人のキャリアを育てていくことでギャラをアップさせ、必然的に自分たちの取り分を増やすことである。

ジェイコブスは、まさにそれをやった。「シザーハンズ」(1990)「ギルバート・グレイプ」(1993 )「エド・ウッド」(1994)「デッドマン」(1995)「ラスベガスをやっつけろ」(1998)などに出るうち、デップは、個性派俳優として業界から尊敬を集める存在になっていった。当時、彼は、酒やドラッグでトラブルも起こしているのだが、一般観客にとっては比較的マイナーな存在だったことや、まだパパラッチの時代の前だったこともあって、そこまで大事にならずにすんでいる。

しかし2003年、デップは、ディズニーの娯楽大作「パイレーツ・オブ・カリビアン」に主演し、突然にしてトップスターに踊り出た。ディズニーランドの乗り物をテーマにした今作は、本来ならば彼が出るような映画ではない。だが、今作が成功した大きな理由に、この意外なキャスティングがあるのは、否定できない事実。そのキャスティングが実現する背後には、確実にジェイコブスがいた。今作で、彼は、初のオスカーノミネーションも手にしている。

「パイレーツ〜」の大成功の後、デップは、ハンサムな主役級ハリウッドスターの型にはめられることなく、「チャーリーとチョコレート工場」(2005)「スウィーニー・トッド フリート街の悪魔の理髪師」(2007)「アリス・イン・ワンダーランド」(2010)のような “変装キャラクター”だけでなく、「リバティーン」(2005)「パブリック・エネミーズ」(2009)といったシリアスな映画もこなしていった。彼のキャリアを、多くの新人俳優は“理想”“目標”と呼ぶ。筆者としては、圧倒的な男社会であるエージェント界で、女性であるジェイコブスがデップのようなスターを育て上げてみせたことも、強調したい。

ところが、近年、彼のキャリアには陰りが出始めた。2011年の「パイレーツ・オブ・カリビアン/生命の泉」より後の彼の出演作は、「ラム・ダイアリー」(2011)「ダーク・シャドウ」(2012)「ローン・レンジャー」(2013)「トランセンデンス」(2014 )など、軒並み期待はずれの結果に終わっている。最近になればなるほどひどく、「チャーリー・モルデカイ 華麗なる名画の秘密」(2015) は、北米9位デビューで、北米興行収入のトータルはたった700万ドル(製作費には6,000万ドルが費やされている)。同年秋に北米公開された「ブラック・スキャンダル」も、彼の演技は高く評価されたものの、北米興収は6,200万ドルとぱっとせず、スタジオが狙っていたオスカー候補入りもかなわなかった。そして最新作「アリス・イン・ワンダーランド/時間の旅」は、1億7,000万ドルの予算をかけたにも関わらず、北米興収はたった7,700万ドルだったのである。1作目の北米興収が3億3,000万ドルだったことを考慮すると、明らかに失敗だ。そんなことが続くうちに、デップは、昨年、「Forbes」誌から、「ギャラをもらいすぎている俳優」1位に名指しされてしまった。これは、もらったギャラに対する興行成績を比較する形で算出されるものだ。

さらに今年は、アンバー・ハードとの離婚騒動があった。奇抜だが、かっこよくて家族思いの優しい人というイメージがあった彼は、真実かどうかはさておき、元妻アンバー・ハードがDVという言葉を持ち出したせいで、そのネガティブな言葉に巻き込まれることになってしまった。デップの側は世間に沈黙を守り続けたが、ハード側が私的なビデオや写真、詳細を流出したことで、この離婚騒動は公が見守る事件となってしまっている。彼の味方をする人が多いとはいえ、ある程度のイメージダウンを受けてしまったと考えるのは妥当だろう。

そして今、彼は、30年近くお世話になったジェイコブスを去り、新たなエージェンシーで再スタートを切るという決断をしたのである。UTAが「私たちはジョニー・デップと30年素敵な関係を保ってきました。彼の今後の活躍をお祈りします」という声明を発表しているところを見ると、デップはきっちりジェイコブスやUTAに話をしたと思われる。そこは、無名時代からお世話になったエージェントをメール1本で切ってCAAに移り、後に訴訟されたクリス・パインとの違いであるし、デップの誠意を表すものと言っていい。

しかし、この門出が必ずしも大きな変化を生み出すかどうかは、わからない。この次、デップは「パイレーツ・オブ・カリビアン」5作目が控えているほか、「The Invisible Man」(透明人間)「The Murder on the Orient Express」(オリエント急行殺人事件)への出演が決まっているが、それらはUTAのジェイコブスが取り付けたもので、CAA移籍の効果があるとすれば、見えてくるのはもっと先だ。

ジョニー・デップは、まだまだ人に愛されている。彼のキャリアが低迷したのはジェイコブスのせいではないし、彼自身もそれはわかっているはずだ。でも、デップは、今、あえてまるきり新しいスタートを切りたかったのではないだろうか。ジェイコブスとUTAも納得している以上、この決断が正しかったにしろ、間違っていたにしろ、私たちも、彼の今後を応援してあげようではないか。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

猿渡由紀の最近の記事