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オスカー中継、30秒スポット料金は2億2,000万円。視聴率が落ちても強気でいられる理由

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
ついにディカプリオが受賞した今年も視聴率は落ちた(写真:REX FEATURES/アフロ)

来年2月のアカデミー賞授賞式中継番組のスポット広告枠が、今年も順調に売れているようだ。毎年定番の広告主がいることもあり、昨年も今ごろまでにはほとんど売り切れに近かったが、今年も、アメリカでの放映権をもつABCは、現在まだ残っている枠に、30秒スポット1本あたり210万ドル(約2億2,000万円)を要求しているという。

今年(2016年度)のオスカー中継番組の広告料金は、30秒あたり180万ドルから220万ドルだった。その1年前の2015年度は、190万ドルから200万ドル。ここ数年はだいたい同じ範囲というわけだが、リーマンショックの影響を受けた2009年と2010年は130万ドルから150万ドルだったので、この5、6年の間に、かなり上がったことになる。

一方、ここ数年、視聴率は下がり続けてきた。クリス・ロックがホストを務めた今年のオスカーの視聴率は、オスカー史上3番目に低い3,440万人(アメリカではパーセンテージでなく、人数で視聴率を表示する)。ニール・パトリック・ハリスがホストと務めた2015年も、「2009年以来最悪の数字」と言われたのだが、今年はそこからさらに6%低下している。2015年も、2014年に比べると、15%ダウン。広告主が最も重要視する18歳から49歳だけを見ても下がっている。

今年は、2年連続で演技部門の候補者20人全員が白人だったことから「白すぎるオスカー」論争が起き、映画人や人権活動家がボイコット運動を起こしたことが視聴率低下を招いたかとも憶測されたが、それだけではないようだ。実際、オスカーに限らず、授賞式中継番組そのものが、アメリカで飽きられつつあるようなのである。

オスカー以外の授賞式番組も視聴率が低迷

今年のプライムタイム・エミー賞の視聴者は1,130万人で、史上最低。前年に比べると5%減で、18歳から49歳に限ると、なんと22%もダウンしている。グラミー賞は、前年比1.4%ダウンと、ほぼ安定を見せたが、それでも過去6年で最低の数字だった。ゴールデン・グローブも昨年より3%、2年前より15%、視聴率が低下している。

授賞式番組の人気が落ちている背景として、現代は好みが多様化し、全体的な数も増えたせいで、かつてのように誰もが知っている圧倒的に人気の映画、番組、歌などが減っていることが指摘される。たとえば今年のエミー賞では、アマゾンの「トランスペアレント」、ケーブルチャンネルの「MR. ROBOT/ミスター・ロボット」、「オーファン・ブラック 暴走遺伝子」、Netflixの「マスター・オブ・ゼロ」などが健闘した。メジャー局の長寿番組「となりのサインフェルド」「フレンズ」「ザ・ホワイトハウス」が毎年のように候補入りしていた頃と違い、「良いとは聞いているけれど、自分は見たことがない」という番組が多いのが実情だろう。また、近年では、映画俳優組合(SAG)賞、英国アカデミー賞など、ほかの授賞式もテレビ中継されるようになり、授賞式番組が飽和状態にある。

オスカーに関しては、昔から、「通好みのインディーズやアート系作品だらけの年は視聴率が下がる」というのが定説とされてきた。その根拠として、「タイタニック」が受賞した1998年には5,500万人の視聴者を集めた事実がしばしば挙げられる。「ロード・オブ・ザ・リング/王の帰還」が受賞した2004年も、前年よりずっと多い4,350万人が見た。かつて5作品だった作品賞部門の候補作の枠が、最大10作品入れるよう広げられたのも、一般に人気がある作品が入ってこられる余裕を作るのが目的だった。そのおかげもあって、今年は、「レヴェナント:蘇えりし者」(北米興収:1億8,300万ドル)、「マッドマックス 怒りのデス・ロード」(北米興収:1億5,300万ドル)、「オデッセイ」(北米興収:2億2.800万ドル)など大ヒット作が候補入りしたのだが、視聴率アップにはつながっていない。

購買意欲の高い視聴者層は広告主に魅力

それでもABCが強気の料金を提示でき、実際に完売できてしまうのは、オスカーがライブの大イベントだからだ。ドラマはDVRに録画し、広告をすっとばして見ても、重要なスポーツの試合や授賞式中継はリアルタイムで友達や家族と一緒に見る人が多い。中でもオスカーは、とりわけ強い尊敬を受ける、品格のある賞である。落ちたとはいえ、視聴率も、グラミーに比べ35%、ゴールデン・グローブに比べ89%高い。

さらに、オスカーを好んで見る人は、購買能力と購買意欲が高いとも見られている。「USA TODAY」が過去に報道したところによると、「番組放映中にCMで見たブランドの商品を買うことに興味がありますか」という問いに対して、オスカーの視聴者の31.1%がイエスと答えたが、スーパーボウルの視聴者の場合は6.1%だったそうである。スーパーボウルの視聴者は男性中心で、オスカーは女性が多いことの反映かもしれないが、多くの家庭で、大きな物の購入を決める鍵は女性が握っているのだから、広告主にとって、これは見逃せない数字だ。

来年のスーパーボウルの広告料金は、30秒スポット1本あたり500万ドル強(約5億2,400万円)。それに比べれば、オスカーはまだ安い。ただし、昨年のスーパーボウルの視聴者は1億1,220万人とオスカーの3.3倍ほどだが、広告料金は2.4倍。つまり、視聴者ひとりあたりで割ると、オスカーのほうが割高なのだ。こんなところにも、オスカーのプライドとブランド力が、見え隠れしている。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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