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中国企業、ゴールデン・グローブ授賞式番組の製作会社を買収。ハリウッドのTV界に進出

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
ハリウッドで爆買いを続けるワンダグループを率いる王健林(写真:ロイター/アフロ)

中国パワーが、ついにTV界にも及ぼうとしている。ハリウッド映画界で爆買いを続けてきた大連万達(ワンダ)グループが、老舗TVプロダクション会社、ディック・クラーク・プロダクションズ(DCP)を、100%買収したのだ。DCPは、ゴールデン・グローブ授賞式、ビルボード・ミュージック・アワード授賞式、大晦日恒例のライブ番組などを製作する。

二社が交渉を行っていることは、9月にも伝えられていた(http://bylines.news.yahoo.co.jp/saruwatariyuki/20160928-00062652/)。買収価格は、この時報じられていたとおりの10億ドルで、現在のオーナーが2012年の買収時に払った3億7,000万ドルの、3倍弱に当たる(当時は、この3億7,000万ですら高すぎると思われていた)。この会社にそこまでの市場価値があるのかどうかを疑問視する向きもあったが、DCP買収には、ほかの中国企業や、タイムワーナー、コムキャストなど超大手アメリカメディアも名乗りを上げ、もっと高い金額のオファーもあったということだ。ゴールデン・グローブ授賞式番組を放映するNBCを傘下にもつコムキャストは最もふさわしい買い手と思われたが、最終的に、61年の歴史をもつこの会社は、中国企業の手に渡ることになった。

ワンダはすでに、アメリカで2番目の規模を誇る映画館チェーンAMCを買収しており、現在、ライバルのカーマイク・シネマとも買収交渉を続けている。カーマイクの買収が成立し、ふたつのチェーンを合併すれば、アメリカ最大の劇場チェーンのオーナーは中国企業になる。また今年初め、ワンダは、映画プロダクション会社レジェンダリー・エンタテインメントを買収。パラマウントの49%も買収する方向で話を進めていたが、パラマウントの親会社ヴァイアコムのお家騒動でその話はたち消え、代わりにソニー・ピクチャーズの映画に投資する契約を取り付けている。

ワンダの創業者で会長の王健林は、今年8月、ハリウッドのメジャースタジオ6社すべてに目をつけていると名言した。「この6社が私たちに会社を売ってくれるのであれば、大いに興味がある。この6社だけが真にグローバルな会社で、ほかはそうではない。私たちがグローバルな映画帝国を築き上げていく上で、これは必要なステップだ」と、野心を見せている。

「ハリウッドよ、目を覚ませ!」など悲観的な反応の数々

ソニーとの契約で、ワンダはソニーが製作する映画に金も口も出すということになっており、その目的を「映画の中に中国の要素を強く出していくこと」と説明している。アメリカのエンタテインメント業界が中国のプロパガンダに利用されることを懸念する政治家は、すでに政府に対して意見を出してきているが、そんな合間にも、彼らはTV界にまで進出を果たし、一般家庭に入り込んでいく道を確保したわけだ。

このニュースが業界に与えたショックは大きく、ネットには、「言論の自由に根ざす国アメリカとハリウッドが、今、それを抑圧しようとする大金持ちのコミュニストに乗っ取られたわけか」「『セブン・イヤーズ・イン・チベット』みたいな映画が作られることは、もうありえないだろう。リチャード・ギアが出る映画も」「ワンダを所有する中国という国が、ゴールデン・グローブを買ったんだよ!ハリウッド、目を覚ませ!」「ディック・クラークは、今ごろ、墓の中で(悔しさに)転がり回っていることだろう」「TVの終焉が始まった」など、悲観的なコメントが寄せられている。

次の狙いは、ハリウッド映画の撮影を中国に誘致すること

ほかの側面でも、最近、ワンダはハリウッドに脅威を与えている。先月、王はL.A.を訪れ、映画スタジオのトップやL.A.の政界有力者を招待し、映画の撮影を中国に誘致するための大胆な構想を発表したのだ。現在、ワンダは、青島市に80億ドルをかけた巨大な撮影スタジオを建設しており、ここで撮影する外国のプロジェクトに対し、地元政府とワンダは40%の現金リベートを約束するというのである。

ハリウッドの撮影誘致のために、国や州がリベートを提供するのは昔からよくあることで、近年、ハリウッド映画やTVドラマの撮影は、カナダ、イギリス、東欧、ルイジアナ州、ニューメキシコ州、ジョージア州など、別のところに奪われてきている。映画の製作現場で仕事をするクルーにとっては生活に関わる大問題で、カリフォルニアも真剣に対策を考えるべきだという主張が強くなされてきているのだが、そこへきて中国が新たに参入してきたわけだ。しかも、40%というのは聞いたことがない数字。現在、最もおいしい条件を出しているルイジアナですら、30%である。

スタジオの正式オープンは2018年8月。それに先立ち、レジェンダリーが製作する「パシフィック・リム」続編は、ここで撮影されることが決まっている。来年2月北米公開予定のマット・デイモン主演作「The Great Wall」も、スタジオオープン前ながら、この地で撮影された。同作品もレジェンダリーが製作する。

中国の工場で製造された品物は、アメリカ人の生活に当たり前のように入ってきている。だが、映画までMade in Chinaになる日が来ると、いったいどれだけの人が予測していただろうか。経済の流れの中で、ハリウッドは今、未知なる状況に直面しているのだ。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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