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マイケル・ムーア:「トランプ大統領は4年もたない」予測と、「野球帽をバカにした」メディアの勘違い

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
マイケル・ムーアはトランプが意図的でなくして法を破り任務を追われると予測(写真:ロイター/アフロ)

ドナルド・トランプの勝利を今年7月に予測してみせていたマイケル・ムーアが(http://bylines.news.yahoo.co.jp/saruwatariyuki/20161110-00064275/)、アメリカ時間11日(金)朝、MSNBCの討論番組に出演し、トランプが勝った背景や今後について、思うところを語った。

トランプ大統領誕生を受けて、ニューヨーク、L.A.、シカゴ、ワシントンDCなど各地で抗議デモが行われているが、就任式にも女性たちによる史上最大規模のデモがあるだろうとムーアは予測する。政府の重役に、トランプを常にサポートしていたルディ・ジュリアーニやサラ・ペイリンを任命したりしたら、反対の声はもっと強まるだろうとも述べた。

さらに、トランプは4年の任期をまっとうできないはずだとも予測する。

「彼にはイデオロギーがない。彼がもつイデオロギーは、自分に対するものだけ。そういうナルシストだから、彼は、意図せずして、いずれ法律を破るだろう」と、彼は理由を説明している。

4ヶ月前に自身のウェブサイトに投稿したエッセイで、ムーアは、トランプが中西部の4つの州に重点を置くだろうと予測していた。ミシガン出身で白人、高卒、35歳以上のムーアは、「まさにトランプ支持層にぴったり当てはまる」。そんな彼だけに、メディア、すなわちニューヨークやL.A.のお高くとまった人たちが、いかにこの層を見くびっていたかに気づいていた。

例のひとつとして、「トランプがキャンペーン予算でやったことといえば野球帽を作ることくらい」とメディアが揶揄したことを挙げる。政治のプロで、選挙運動資金がトランプの倍以上あったヒラリー・クリントンは、正確な統計調査など、もっと洗練された幅広い目的にお金をつぎ込んだ。なのにトランプときたら野球帽だ、という侮辱を聞いて、いつも野球帽をかぶっているムーアは、「奴らは本当にわかっていないんだな。僕らは、こういう人たちなんだよ」と思ったと、振り返っている。

バーニー・サンダースの支持者だったムーアは、ミシガンやウィスコンシンではサンダースがクリントンに勝っていた事実も指摘している。当時74歳でユダヤ人の自称“社会主義者”は、本来、ミシガンやウィスコンシンの地元人に受けそうなタイプではない。だが、実際のところ、そういった肩書きは、日々、家賃を払うのに苦労している労働者階級にとって、まるで意味をもたなかったのである。サンダースの政治献金のひとりあたりの平均金額は、27ドル。トランプの場合は、200ドル以下の献金が全体の64%。一方でクリントンに200ドル以下の献金をした人は、全体の26%にすぎない。この数字を見ただけでも、それぞれの候補者を支えていた人たちの顔が浮かんでくる。

セレブ勢揃いのクリントン選挙運動には現実味も説得力もなかった

そう考えると、選挙直前までビヨンセやマドンナが登場したクリントンのオールスター選挙運動は、何の効果もなかったどころか、むしろ多くの投票者をしらけさせていたのではないかと思えてくるのだ。ヘア、メイク、スタイリスト代(余談だが、日本ではヘアメイクといってひとりが両方やるが、アメリカではヘアとメイクは別物である)やジュエリーまで入れたら、自分の年収くらいかかっているのではと思えるゴージャスなスタイルで登場した人に、「彼女こそ理想の人よ」と説教されても、そこには何の現実味もなかったのではないか。

かつて父がケンタッキー州から国家議員に出馬した時、自分も積極的に表に出てキャンペーンを行ったが負けたという苦い経験をもつジョージ・クルーニーは、筆者との過去のインタビューで、当時を振り返り、「ハリウッドが自分たちの土地を脅かそうとしている」と批判されて逆効果になったと反省を語ったことがある。だから、2008年の大統領選では、オバマに、「僕はあなたのことを支持しますが、表に出ず、裏から支えます」と言ったのだと説明した。なぜ考えを変えたのかはわからないが、今回の大統領選で、クルーニーは、テレビに出てはクリントンを支持する理由をとくとくと語ったり、参加費ひとり300万円以上もするパーティに自宅を提供したりして、まるでクリントン選挙運動のアンバサダーかというような活躍ぶりを見せている。

ハリウッドとメディアは、すっかりそれにだまされた。L.A.Times紙と南カリフォルニア大学共同の世論調査が、何度もトランプのリードを見せつけていたにも関わらず、ほかの調査がクリントン勝利を示していることだけに注目して、見ないふりをしてきた。テレビ局の親会社やシリコンバレーの有力企業のトップはクリントンに多額の献金をしているし、L.A.TimesもNew York Timesもクリントン支持を明確に表明していて、社内も、社外も、みんな反トランプだ。彼が勝つはずはない。

メディアの拠点であるニューヨークとL.A.は、結局のところ、大きな勘違いをしていたのだ。今になって、L.A.のど真ん中で、スター、業界人も多く住む大金持ち地区ビバリーヒルズでは、54%がトランプ、42%がクリントンに入れていたという衝撃の事実も、明らかになっている。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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