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センサーシップ、公開枠制限、盗作問題。今年もハリウッドを悩ませた中国の映画市場

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
米中合作「グレートウォール」のマット・デイモン、チャン・イーモゥ監督ら(写真:REX FEATURES/アフロ)

2016年、ハリウッドと中国の関係は、ますます深まった。

ハリウッドと中国の共同製作である「カンフー・パンダ3(日本未公開)」の大ヒットで新年を迎えた中国では、現在、1億5,000万ドルという、米中合作では史上最大の予算をかけたマット・デイモン主演、チャン・イーモゥ監督の「グレートウォール」(北米は来年2月、日本は来年4月公開予定)が公開中だ。大連万達(ワンダ)グループはアメリカの映画館チェーンやプロダクション会社を買いあさり、アリババはメジャースタジオの大作に積極的に投資した。

ライバルに負けないために、自分もなんとか中国とお近づきにならなければと、ハリウッドのトップは必死。その一方で、中国という特殊な市場にまつわるフラストレーションは絶えない。

そのひとつが、公開枠だ。中国政府が1年に公開を許す外国映画の数は、34本。その中に入れてもらえなければ公開はされず、入れてもらえた場合も公開日は選べない。同じ公開日、あるいは翌週に、強力な中国映画をぶつけられて、多くの劇場をそちらに回されてしまうこともある(『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』が公開2週目に72%も落ちたのは、もともと『スター・ウォーズ』の知名度がないことに加え、翌週デビューした中国アニメに多くのスクリーンがあてがわれたせいもあると考えられている)。

次に、センサーシップの問題。今年は、「ゴーストバスターズ」「スーサイド・スクワッド」「デッドプール」などのハリウッド大作が、政府のセンサーシップのせいで中国公開されなかった。「ゴースト〜」と「スーサイド〜」は、中国政府に気に入られるよう、タイトルを工夫したりもしたが、「ゴースト〜」は、迷信やホラーにからむ、「スーサイド〜」はダークだという理由で引っかかってしまったのではないかと憶測されている。「ゴースト〜」は1億4,400万ドル、「スーサイド〜」は1億7,500万ドルの巨額な予算を使って製作されただけに、世界で2番目の映画市場に無視されたのは、痛いところだ。

「カーズ」盗作問題はディズニーの勝訴に

盗作問題も注目を浴びた。昨年公開された中国のアニメ映画「The Autobots(汽車人総動員)」が、2006年のピクサー映画「カーズ」にそっくりだとして、今年の夏、ディズニーが、上海の裁判所に訴訟を起こしたのである。「The Autobots」の卓健栄監督は、「『カーズ』は見たことがなかった」「ふたつは全然違う映画だ」と余裕を見せていたが、中国時間今月30日(金)、裁判所はディズニーの言い分を認め、「The Autobots」側に19万ドルの支払いを命じている。

中国では、これまでにも海外の会社やブランドが盗作や著作権侵害で訴訟を起こしてきているが、海外の会社が勝訴するのはあまりないことだ。ディズニーは、今年、55億ドルを投じて上海にテーマパークをオープンしたばかりで、ほかより大きな影響力をもつことも関係しているかもしれない。「The Autobots」側は示談での解決を提案していたが、ディズニーは断じて裁判所での決着を求めたそうだ。この勝利は、ハリウッドに多少なりとの希望のメッセージをもたらすかもしれない。

今年初めには、クエンティン・タランティーノも、センサーシップと違法コピーという問題について、独自のメッセージを送っている。2012年の「ジャンゴ 繋がれざる者」で、彼は中国にさんざんな思いをさせられたのだ。

センサーシップに引っかからないよう、タランティーノは自ら中国向けに映画を編集し直し、無事承認されて、2013年4月に公開が決まった。しかし、公開日当日、突然にして上映禁止が命じられる。その1ヶ月後、さらなる編集がなされた上で公開されるも、そのバージョンでは多くの重要なシーンが抜けており、明らかに違う映画になっていた。不満を感じた中国の映画ファンは、本物を見るべく、違法コピーを買いに走ったというのである。

本来ならば、違法コピーは映画監督にとって大きな敵。だが、中国という特殊な状況においては、自分の映画を違法コピーで見てくれるのはむしろうれしいと、タランティーノはコメントをしている。「僕のファンは中国にもたくさんいる。彼らは、道で違法コピーを買って、僕の映画を見ているんだ。それは気にならないね。(世界の)ほかの場所でやられるのは困るよ。でも政府にストップをかけられるところであれば、僕は、どんな方法であっても、人が(自分の映画をそのまま)見てくれるほうを好む」というのが理由だ。

違法コピーを防ぐ上で、3D上映が中心である現在の映画館の状況は効果的だ。今年、中国では、「ジェイソン・ボーン」を3Dで見て気分が悪くなった観客が、抗議運動を起こすという出来事もあった。中国以外の国で、「ジェイソン・ボーン」は2Dでしか公開されていない。抗議者たちは、3Dのほうがチケット代を高く取れるからそうしたのだと非難しているが、理由はほかにもあるのかもしれないのである。

トランプ政権のもと、中国との関係は変わるのか

2015年には前年比50%もの成長ぶりを見せ、2016年中にも北米を抜いて世界一の映画市場になるかと予測されていた中国だが、今年は減速し、北米を抜くことは、まだしばらくなさそうな状況となった。ワンダによるハリウッド企業の“爆買い”にはアメリカ内で危機感が高まり、もっと慎重に審査してほしいと、一部の政治家は政府機関に警告の手紙を送っている(ワンダは、ハリウッドのメジャースタジオを買収したいと野望を公言している)。ワンダは青島に巨大な映画スタジオを建設中で、ハリウッド映画の撮影の誘致にも積極的だ。そうでなくても、L.A.では、映画やテレビの撮影を、税金優遇措置をもつほかの州や国に奪われる状況が、長年にわたって問題視されてきた。今や、中国までその競争に参入しようというのだ。

スタジオの規模と立派さがいかほどであれ、L.A.から距離的にとても遠く、言葉や文化、常識の違いもある青島が、“東のハリウッド”になれるのかどうかは、不明である。ドナルド・トランプは、選挙中から中国のビジネスのやり方を堂々と非難してきた。だが、同時に彼は、ハリウッドからそっぽを向かれてもきた人でもある。ハリウッドと中国の複雑な関係は、トランプ政権のもと、どんな方向に動いていくのだろうか。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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