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オスカーノミネーション発表、今年は全世界ネット配信に。伝統を破る決断に業界は賛否両論

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
(写真:Reuters/AFLO)

アカデミー賞のノミネーションが発表される日は、ハリウッド関係者がみんな早起きをする日だ。ABCがニューヨークのスタジオから生放送する「Good Morning America」の中で現場からの中継が流れるよう、東海岸時間に合わせて、午前5時半頃に発表があるからである。

家で見る人は、その少し前に起きて、パジャマのままテレビをつければいいが、ビバリーヒルズのアカデミー事務局内にあるシアターで直接発表を聞くならば、それよりずっと早くに家を出なければいけない。発表は、プレゼンターが舞台で読み上げ、同時に、舞台上のスクリーンに、その作品または人物の写真が映し出される。読み上げられる途中、会場にいるスタジオ関係者やパブリシスト、キャンペーン・コンサルタントは、時おり拍手をしたり、歓声を上げたりする。そういった反応やざわめきを見られるのも、楽しさのひとつだ。

しかし、何十年も続いてきたその伝統が、突然にして終わってしまうことになった。米西海岸時間13日(金)、アカデミーは、今年のノミネーション発表は観客を招待せず、自分たちで発表映像を制作し、Oscars.comとOscars.orgでライブ配信すると発表したのである。時間は、これまでとあまり変わらない西海岸時間午前5時18分。これまで同様、ABCの「Good Morning America」内でも放映され(ABCは、オスカー授賞式を中継する局)、ほかの局にも、衛星を通じて映像が提供される模様だ。プレゼンターは、渡辺謙、ブリー・ラーソン、ジェニファー・ハドソン、ジェイソン・ライトマン、エマニュエル・ルベツキらが務める。

アカデミーは変更の理由を説明していないが、ハリウッド関係者の間では、さまざまな憶測が出ている。昨年は、一昨年に続き、演技部門の候補者20人が全員白人だったことから「白すぎるオスカー」論議が出たが(今年のプレゼンターの人種のバランスが取れているのも、意図的だろう)、そのような状況になった場合、目の前で批判を受けなくていいからではないかというのは、ひとつ。また、近年、アカデミーはデジタル化を積極的に進めている。オンライン投票への移行には数年を費やしてきており、サイトの閲覧数を増やすための努力も行っているようだ。ノミネーション発表配信が、サイトを訪れてもらうための有効な手段となることは確実である。出席者にはビュッフェスタイルの朝食をふるまうことから、コスト削減も目的ではないかとの声もあるが、たいした金額ではないはずで、それが一番の理由とは思えない。

「私たちをのけ者にしようと思ったのは誰?」

新しい方法に対する反応は分かれる。朝3時に車を運転していかなくてもよくなったことを素直に喜ぶ声もあれば、不必要な変更だとの不満も聞かれる。反対派の代表は、「ノーカントリー」「クイーン」などのキャンペーン・コンサルタントを務めたドロシー・サージェント。サージェントは、アカデミーに向けて手紙を書き、「Hollywood Reporter」を通じて公開している。

2003年から賞関係のコンサルタントをしているという彼女は、冒頭で、「私は、絶対に実際の場所で発表を聞きたいタイプです。家にいながらスマホで見るほうがいいというパブリシストやコンサルタントがいるのは知っていますが、私は違います」と明言。真っ暗な道を、どきどきしながら運転し、行き着いた先には、ライバル、先輩、仲間が、みんな疲れ切った顔で集まっている。そこではとても特別なことが起こるのだという。

「ノミネーション発表の朝は、授賞式本番よりももっと意味がある」という彼女は、その理由を、ノミネーションされたかどうかは、自分のこれまでの努力が十分だったのか、十分だったが間違っていたのかがわかる時だからだと説明。その上で、「たとえ帰り道、がっかりしながら運転することになったとしても、自分の仕事をわかってくれる人たちと一緒にその朝を過ごせたことに、私はいつも喜びを感じるのです」とし、最後は、「私たちをのけ者にするのが良いアイデアだと思ったのは誰なのでしょう?はっきり言いますが、これは全然良いアイデアではありません。(中略)たとえ宝くじに当たったとしても、私はこの仕事を辞めません。毎年、ウィルシャー・ブルバードで過ごす、あの1月の暗い朝が好きだから。あなたはそれを私から奪ったのです。とても悲しいです」と締めくくっている。

世界の映画ファンにとっては良いニュース

もちろん、L.A.の一部の業界関係者以外の数多くの人々にとってはもともと関係のない話で、海外の人にとっては、むしろ良い変化と言える。L.A.時間の午前5時18分といえば、日本時間の午後10時18分。これまでノミネーション結果は後になってニュースで読むだけだったという人も、今年は、サプライズや喜びを、世界中の映画ファンと分かち合えるのだ。この方法を来年以降も続けるのかどうかについて、アカデミーは言及していないが、サイトへのヒット数が急増し、ソーシャルメディアでも大きな反響があれば、後戻りする手はないだろう。

ノミネーション発表は、来週24日。渡辺謙も登場する新しい形のオスカーノミネーション発表を、日本にいるみなさんにも、ぜひ同時に体験してほしい。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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