Yahoo!ニュース

オスカー授賞式:受賞作品にも反映された、ハリウッドの“反トランプ”メッセージ

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
作品賞はバリー・ジェンキンス監督の「ムーンライト」(写真:ロイター/アフロ)

名指しこそしないが、確実に“反トランプ”。

現地時間26日(日)に行われたアカデミー賞授賞式は、トランプ政権と闘うスピーチに終始した先の映画俳優組合(SAG)授賞式に比べると(激しくなる一方のハリウッドとトランプの対立。オスカーはどうなる?)、一見、明るいムードに見えた。しかし、アカデミー会員の心には、政治がしっかりとあったのだ。

受賞作品を見ても、それは明らかである。

「イヴの総て」「タイタニック」とタイの史上最多の14ノミネーションを達成した圧倒的なフロントランナー「ラ・ラ・ランド」を破って作品賞を獲得してみせたのは、「ムーンライト」。(先に『ラ・ラ・ランド』だと発表され、プロデューサーたちが受賞スピーチをしている時に間違いがわかるという、これまたありえないことが起こったりもしたのだが、これについては別に書くことにする)。驚きの大逆転は、実のところ、そんなに驚きでもない。その気配は、ここ1、2週間ほどの間、ハリウッドにただよっていたのだ。

ハリウッドの政治的意識が大地震を起こした

トランプが次々に差別的、排他的かつ保守的な政策を実施していく中、リベラルの間では、不安感と抵抗がますます強まってきている。14のノミネーションが証明するように、「ラ・ラ・ランド」が受けた支持は絶大ではあるのだが、「今は、恋愛ミュージカルに賞をあげている場合ではないんじゃないか」というような意見は、たとえば筆者の周囲の映画ジャーナリスト仲間内でも、聞かれるようになっていた。映画は映画と割り切るのが正しいのかもしれないが、「ラ・ラ・ランド」の大ファンである筆者ですら、なんとなく能天気すぎないかと感じたというのが、正直なところである。それに、「ラ・ラ・ランド」は、(それだけの話ではないにしても)映画業界内の話だ。「アーティスト」「バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」で、すでに自画自賛はやったのだし、こんな時にまたやらなくてもいいのではないかという空気もあった。(オスカー候補作、新聞に反トランプ意見広告を掲載。緊迫する政治情勢は受賞結果にも影響を与えるか

授賞式が近づくにつれ、はっきりとそう主張する人たちも、何人か出てきている。まだ投票期間中だった先週、L.A.TIMESの映画批評家ジャスティン・チャンは、「オスカーは『ムーンライト』が獲るべきだ」という、長く、説得力のあるコラムを掲載。同じ頃、俳優で映画監督のマーク・デュプラスも、アカデミー会員に向けて公開状を出し、「『ムーンライト』は、人間の価値観の核心に迫り、私たちみんなをつなげてくれるラブレターなのです」と、今作に入れるべきだと主張している。

それでも、オスカー予測のプロは、「ラ・ラ・ランド」は巨大すぎて動かせないだろうと見ていた。

6人のアワード・ウォッチャーが予測するL.A.TIMESの企画では、ぎりぎりの段階でも、6人全員が作品賞に「ラ・ラ・ランド」を挙げている。コメント欄に、「『ムーンライト』に獲ってほしいとは思うが、やっぱり『ラ・ラ・ランド』でしょう」と書いていた人もいるが、そう考えるのが妥当だったのである。また、オスカー当日のL.A.TIMES日曜版では、先に挙げたチャンと、先輩批評家ケネス・トゥーランの対談が出ていたのだが、ここでもチャンは、「ムーンライト」逆転の可能性を「絶対にないとは言えないのかもしれないが」と、かなり消極的に述べるにとどまっていた。

そもそも「イヴの総て」と「タイタニック」は共に作品賞に輝いたし、「ラ・ラ・ランド」は、ほぼ確実にオスカー作品賞につながるプロデューサー組合(PGA)を獲っている。統計的に見て、「ムーンライト」は、大地震でも起きないかぎり、打ち勝てない。アカデミー会員の政治的意見は、大地震を起こすほど、強かったということだ。

外国語部門はイラン監督の作品が受賞

だが、「ムーンライト」は、決して政治的な映画ではない。実際、すばらしく繊細で詩的な傑作であり、ただ単に政治的な理由でオスカーを獲れたように言うのは、侮辱である。反トランプを示したいのならば、「LION/ライオン〜25年目のただいま」や「Hidden Figures」でもよかったのだ。

日本ではまだ公開されていないので簡単に説明しておくと、「ムーンライト」は、マイアミに住む貧しい黒人少年の成長物語である。母はドラッグ中毒で、学校ではいじめを受け、自分がゲイであることを発見する。人種差別、LGBT、いじめ問題など、さまざまな要素に触れるが、それらは主人公が置かれた環境であり、映画のテーマではない。主人公は年齢の違う3人の無名俳優が演じ、製作予算はわずか150万ドル。オスカーキャンペーン中も、ライバルの「ラ・ラ・ランド」や「マンチェスター・バイ・ザ・シー」のような派手な宣伝広告をするお金はなかった。バリー・ジェンキンス監督は、受賞スピーチで、「たとえ夢の中でも、これはありえない。でも、やったんだ。これは本当なんだ」と、ここまで来たことが信じられないという、感きわまる思いを述べている。

そして、もうひとつの受賞作。外国語映画部門の「セールスマン」だ。

今作の監督はイランのアスガー・ファルハディ。トランプが7カ国に対して入国禁止命令を出したのに対抗するべく、ファルハディは授賞式を欠席すると宣言していた。ファルハディは過去にこの部門でオスカーを受賞している尊敬された人物であることから、アカデミー会員は、彼を支持する意味でも、「セールスマン」に票を入れるのではないかと考えられていた。ファルハディの代理でオスカー像を受け取ったイラン系アメリカ人アニューシャ・アンサリは、「私が欠席したのは、非人道的な法律のため、アメリカに入国することを禁じられたわが国と、ほかの6カ国の人々に、敬意を表するためです」という、ファルハディの声明を読み上げている。

「トランプ」の名前自体はほとんど出ず

授賞式の前には、「この3時間で、『トランプ』『多様性』という言葉が何回出てくるだろうか」というジョークも聞かれたのだが、興味深いことに、授賞式中、トランプの名前をはっきり出してきたのは、ホストのジミー・キンメルくらいである。「この授賞式は、今や僕らを嫌う225カ国でも中継されています」という言葉でオープニングのモノローグを始めたキンメルは、続いて、「こう言うと嫌われるかもしれませんが、僕はトランプに感謝したいと思っています。去年はオスカーが人種差別者と思われていたんですから」と言い、笑いを取った。「ハリウッドは、どの国の出身かということで差別はしません。年齢と体重で差別するのです」というブラックなジョークも飛ばし、その後にはメリル・ストリープに向かって、「素敵なドレスですね。それ、イヴァンカ?」とも語りかけている。

キンメルはまた、「今晩、あなたたちの誰かが舞台に立ってスピーチしたことに対して、トランプが明日の朝、トイレに座りながら、全部大文字で(怒りの)ツイートをするかもしれませんね。楽しみですね」とも言ったのだが、面と向かった批判スピーチは、ほとんどなかった。それでも、ガエル・ガルシア・ベルナルは「メキシコ人の僕は、僕らを分け隔てるいかなる壁にも反対します」と言って大きな拍手を受けたし、「ムーンライト」の原作となった舞台劇を書いたタレル・アルヴィン・マクレイニーの、「黒い肌の、あるいは茶色い肌の男の子たちと女の子たち。それに、自分の生まれついた性に違和感をもっている子たち。僕らは、あなたたちの話を語ろうとしているのです」とのスピーチも、感動を呼んだ。前日のインディペンデント・スピリット賞授賞式同様、この授賞式でも、アメリカ自由人権協会(ACLU)を支持する青いリボンが目についてもいる。今年のアカデミー賞で、人々の心は、静かだが強い形でつながっていたのだ。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

猿渡由紀の最近の記事