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ハリウッドが早くも知らされた、中国マネーの当てにならなさ

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
史上最大の予算をかけた米中合作「グレートウォール」は大赤字を出した(写真:REX FEATURES/アフロ)

おいしすぎる話には要注意。昔から言われてきたことを、ハリウッドは、今さらながら学んでいる。中国の“爆買い”に喜んで応じて裏切られるという事態が、相次いでいるのだ。

昨年11月、中国の大連万達(ワンダグループ)は、ディック・クラーク・プロダクションズ(DCP)を、10億ドルという、相場以上の値段で買収(中国企業、ゴールデン・グローブ授賞式番組の製作会社を買収。ハリウッドのTV界に進出)。しかし、それから4ヶ月もたった西海岸時間10日(金)、売り手のエルドリッジ・インダストリーズは、売買の話は流れたと発表した。1月、ワンダは、正式契約を2月まで延期したいとエルドリッジに申し入れ、2,500万ドルのペナルティの条件を飲んでいる。結局、売買そのものが不成立になったことで、エルドリッジは、ワンダに合計5,000万ドルの違約金を求めている。

DCPは、ゴールデン・グローブ授賞式やビルボード・ミュージック・アワード授賞式、大晦日のタイムズスクエアでのイベントのライブ中継などを手がける、ハリウッドで老舗のTVプロダクション会社。中国企業が買収すると発表された時は、「故ディック・クラークは、今ごろ墓の中で怒りに燃えているだろう」などというコメントがソーシャルメディアを飛び交っただけでなく、アメリカのテレビが中国のプロパガンダに利用されるのではないかと、一部の政治家たちが、より厳しい審査を求める意見書を提出している。

ワンダがこのお宝を手放すことになった背景には、中国企業が海外へ大規模な投資を続ける中、お金が国外に流出しすぎていることを懸念する中国政府が、最近になって干渉を始めたことがある。それ以前に、レジェンダリー・ピクチャーズや米映画館チェーンのカーマイク、イギリスの映画館チェーンのオデオンとUCIなど、立て続けに大きな買い物をしすぎたせいで、さすがのワンダも、懐事情がやや苦しくなっているという現実があったようだ。

ワンダは中国最大の映画館チェーンのオーナーだが、驚くペースで成長を続けてきた中国の興行成績もやや落ち着いてしまい、本業の不動産も、昨年は前年比6.7%と、ここ25年で最低の伸び率を見せるにとどまっている。また、ワンダが所有するレジェンダリーが、ユニバーサル・ピクチャーズと共同で、1億5,000万ドルという米中合作では史上最大の予算をかけて作った「グレートウォール」が、大きな損失を出してしまった。正確にいくらの赤字だったのかは明らかでないが、最低でも7,000万ドルというのが、業界の推測だ。

昨年12月には、別の中国企業AX社によるハリウッドのヴォルテージ・ピクチャーズの買収話も、主に中国政府の干渉のせいで、おじゃんになってしまっている。そして今、新たにパラマウント・ピクチャーズが不安にさらされているのだ。

パラマウントが取り付けた中国からの10億ドルの出資は宙に浮いた状態

パラマウントの親会社ヴァイアコムは、昨年11月、上海電影集団とHuaha Mediaの2社から、10億ドルの投資を受ける合意を取り付けた。今後3年間、パラマウントが製作するすべての映画に、この2社が最低25%を出資するという契約だ。最初の支払いは1月の第1週目までになされるはずで、本来ならば現在までに1億4,000万ドルが支払われているべきなのだが、パラマウントは、まだ1ドルもお金を受け取っていないという。

ここでもやはり中国政府による現金の海外流出規制が絡んでいると思われるが、ほかにも複雑な事情がある。12年間パラマウントのCEOを務めてきたブラッド・グレイが、先月、辞職を発表したことは、そのひとつ。中国とのパートナーシップを推進してきたグレイがいなくなったことで、彼と信頼関係を築いてきたこの2社は、先行きに不安を感じているらしい。さらに、Huaha Mediaの資金繰りの問題がある。昨年11月、オリエンタル・タイムズ・メディア(OTM)は、Huahaをおよそ1億6,000万ドルで買収することに合意した。しかし、中国の証券取引委員会に目をつけられ、今週、OTMは、買収を取りやめると決めている。このお金が入ってこないとなると、Huahaが約束どおりパラマウントに支払いをすることが難しくなるのは必至だ。

昨年は、ソニー・ピクチャーズも中国とのパートナーシップ契約を結んでいる。お相手はこれまたワンダで、ソニーが製作配給する映画のいくつかに出資する代わりに、映画に中国色を強く出すよう、口も出すという条件だ。スティーブン・スピルバーグが自らのプロダクション会社、アンブリン・パートナーズの一部をアリババに売却したのも、昨年のことである(ついにスピルバーグまで。中国のアリババがアンブリン・パートナーズの一部を買収)。

ライバルが次々に中国からごっそりとお金を取り付ける中、遅れを取るものかとばたばたとディールを結んだら、数ヶ月後にはこの有様。昨年1月に自ら創設したレジェンダリー・ピクチャーズをワンダに売り、そのままCEOにとどまったトーマス・タルも、今年1月、辞職させられるはめになった。「グレートウォール」の失敗も原因のようだが、それ以外にも、経営のしかたなど、いろいろな面で衝突があったようである。そういえば、結婚するならある程度きちんとおつきあいをしてから、とも、昔から言われてきていないだろうか。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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