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「美女と野獣」、全世界で大ヒットデビュー。ゲイのシーンで制限を受けたロシアでも

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
エマ・ワトソンが主演する「美女と野獣」は、今週末デビューした国で爆発的ヒット(写真:ロイター/アフロ)

ディズニーが、世界に魔法をかけた。

1991年の名作アニメをエマ・ワトソン主演で実写映画化した「美女と野獣」は、16日(木)公開され、北米だけで1億7,400万ドルを売り上げるという、華々しいデビューを飾る。これは、ディズニーの実写映画で史上最高記録。昨年の「バットマンVSスーパーマン ジャスティスの誕生」(1億6,600万ドル)を抜く、3月公開作品の史上最高デビューでもあり、ワトソンにとっても「ハリー・ポッターと死の秘宝 PART 2」(1億6,900万ドル)を抜いて、キャリア最高記録だ。この数字は、西海岸時間日曜午前中に出された推定のもので、正確な数字は月曜午前中に発表されるが、たいていの場合、ズレは非常に小さく、これらの新記録は、すでに揺るぎないものである。

Rottentomatoes.comで70%と、批評家受けも、まあまあ良い。だが、観客受けは最高だ。観客の感想を調査するシネマスコア社の結果は、A判定。つまり、これからまだまだ口コミで数字が伸びるということ。ツイッターにも、「ええ、家具に泣かされました」「10点満点で11点ですね」「途中7回泣いたわ」などという感動コメントが飛び交っている。

海外でも、 44か国のうち、インド、ベトナム、トルコを除くすべての国で、1位デビューを果たした。ベル役のワトソン、野獣役のダン・スティーブンスをはじめ、エマ・トンプソン、ユアン・マクレガー、イアン・マッケラン、ルーク・エヴァンスなど多くの出演者の出身国であるイギリスでは、PG指定映画で史上最高のオープニング記録を達成。中国でも、「マレフィセント」「アリス・イン・ワンダーランド」の劇場興収総額を上回る4,480万ドルを、すでに売り上げてみせている。

公開前に論議を呼んだ“ゲイのシーン”のせいで、一時は公開禁止の可能性が浮上し、最終的に16歳未満は大人の同伴がないと入場できない16+の指定で公開されたロシアでも、大ヒットした。この週末の 600万ドルの売り上げは、2015年の「マレフィセント」のトータル興収を上回る数字だ。一方、マレーシアでは、政府の検閲委員会が、ディズニーに対し、4分38秒のカットを提案したが、ディズニーが拒否。ディズニーの判断で、公開は無期延期となっている。これには検閲委員会もショックを受けたようだが、委員会の会長アブドゥル・ハリムは、「New Sunday Times」に対し、「マレーシアはLGBTを認めていません。私たちには、人々と憲法に対する責任があります」と語っている。

それらのシーンは「目に見えないくらい」

問題の“ゲイのシーン”は、悪役ガストンの仲間であるル・フウに絡むものなのだが、実のところ、ものすごく些細で微妙だ。瞬きしていたら見逃す程度で、マレーシアがなぜ4分38秒もカットしたがったのか、まったくもって疑問である。

そもそも、このことが話題に上がったきっかけは、ビル・コンドン監督が「Attitude」へのインタビューで、「今作には、ディズニー映画で初めてのゲイの瞬間があるよ」と語ったこと。そのシーンについて、彼は、「ル・フウはガストンみたいになりたいと思う日もあれば、ガストンにキスしたいと思う日もある。彼は、自分が何を望んでいるのか、わからない。だが、自分の中に、そういった違う感情があることは、わかっている。(ル・フウを演じる)ジョシュ(・ギャッド)は、とても微妙で素敵な演技をしてくれた。それが最後のシーンにつながるんだよ。ここで明かしたくはないけれどね」と説明している。

その発言があまりに大きく取り上げられたことに、今ではコンドンも辟易しているようだ。作曲家のアラン・メンケンも、「The Hollywood Reporter」に対し、「あれらのシーンは別に何も言ってないよ。ものすごく小さくて、目に見えないくらいだ」と、このことについて語らない理由を説明している。

ソーシャルメディアに見られるコメントは、「カットしてくれなくてよかった。悪いところなんて、全然ないじゃないか。それに、自分たちの価値観を押し付けてもいないし」「もうマレーシアではどの映画の公開も禁止すれば?」など、ディズニーの確固たる姿勢を褒め称えるものが圧倒的だ。

「ディズニーにはマレーシアなんかいらないでしょ。公開やめて正解」という、シビアなコメントもある。実際、マレーシアで、「美女と野獣」の興収は、トータルでせいぜい550万ドル程度と見られていた。

アメリカ国内でも、アラバマの小さなドライブインシアターが、「11歳の孫娘と8歳の孫息子を連れて行けない映画をかける理由はない。イエス様が横で一緒に座って見てくださる映画でないのなら、見せない」という理由で、上映を中止している。

人の言うことをそのまま信じるのでなく自分で考えて判断すること、見た目で決めつけないことなど、「美女と野獣」は、多くの重要なメッセージを送ってくる。帰り道でつい口ずさんでしまう名曲の数々が心に与える影響については、言うまでもない。誰かが決めたせいで、そんな映画を見られない11歳の女の子や8歳の男の子が、残念ながら、世界には、少なからずいるのである。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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