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「美女と野獣」、検閲を覆しマレーシアで公開決定。今度はクウェートが上映を打ち切り

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
実写版「美女と野獣」でル・フウを演じるジョシュ・ギャッド(写真:REX FEATURES/アフロ)

野獣は、やはり強かった。悪役ガストンの手下ル・フウがゲイとして描かれていることから、公開が無期延期になっていたマレーシアで、「美女と野獣」が、今月30日、公開されることになったのだ。マレーシアの検閲委員会は、合計4分38秒のカットをディズニーに求めていたが、結局、ノーカットのまま公開される。ただし、 13歳未満は大人の同伴が必要なPG-13指定となる(アメリカではPG)。

カットの要請を受けた時、ディズニーは、「 マレーシアのために映画をカットすることはしていませんし、これからもしません」と確固たる姿勢を示し、自ら公開の無期延期を決めた。マレーシアは同性愛を認めておらず、映画の中で、LGBTのキャラクターは、ネガティブに描かれる場合のみ、登場が許される。検閲委員会の会長アブドゥル・ハリムは、「New Sunday Times」に対し、「これらのシーンを許してしまったら、人は、マレーシアがLGBTを認めていると思ってしまう」と、カットを求めた理由を述べた。

この状況を受け、不服申立てを取り扱う別の委員会が、現地時間21日(火)に、映画を見ている。その直後にノーカットで上映してもいいことになったのは、検閲を覆すことのできるこの委員会が、権力を行使した結果のようだ。AP通信が、匿名の関係者の話として伝えるところによると、映画を見た上で、それらのシーンに問題はないと判断がなされたということである。

この新たな決定について、ハリムは、今のところ何のコメントもしていない。しかし、先の「New Sunday Times」へのインタビューで、公開が無期延期になったことに対する不満の声が国内で聞かれることは、認めていた。疑問をもっていたのは一般の映画ファンだけではなかったようで、同国の観光相ナズリ・アジズも、「The Malay Mail」に対して、「『美女と野獣』にゲイが出てこなかった時にも、世の中にゲイはいた。これは何の影響も及ぼさない」と、検閲の判断はばからしいとするコメントをしている。

一方で、今度はクウェートにある13軒の映画館のうち11軒を所有する会社が、やはりル・フウのキャラクターを理由に上映を打ち切った。映画は先週木曜日に公開になっていたが、同社は、月曜日の前売りを買っていた人たちに、上映打ち切りの連絡を入れている。「後日、編集したバージョンが上映される可能性はあります」と言っているそうだが、マレーシアの例を考えても、ディズニーがカットに応じるとは、まず思えない。ロシアでも、一時、公開中止の可能性が出たが、16歳未満は大人の同伴が必要な指定で公開され、結果的に大ヒットしている。

最終世界興収は10億ドル以上の見込み。北米で「ローグ・ワン」を超える可能性も

ごく小さいそれらのシーンを問題視する人たちは、あくまで少数派だ。それは、興行成績が証明している。

日曜までに北米で1億7,475万ドルを売り上げ、いくつかの記録を破った今作は、アメリカで多くの学校が春休みに入っていること もあり、月曜日も数字を伸ばした。最終的な北米興行収入は5億5,500万ドルにも達するかと、業界関係者は予測している。もしそのとおりになれば、「ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー」(5億3,070万ドル)や「ダークナイト」(5億3,300万ドル)を上回ることになる。

今作の製作予算は1億6,000万ドルで、その面でもスーパーヒーロー映画並みだ。ミュージカルというジャンルでは、史上最高 である。この金額を使った場合、赤字にしないためには、全世界で3億7,500万ドルを売り上げる必要がある。「美女と野獣」は、早くも全世界で4億ドルを売り上げてしまった。最終的な世界興収は、10億ドルを超えるだろうと予測されている。

エマ・ワトソンのSNS もヒットに貢献

今作が予測を上回るデビューを果たした理由としては、「作品の知名度」を筆頭に、「暗い時代だけに、人は心が温まる感動作を見たいのかも」「女性にエンパワーメントを与えてくれるからでは」など、さまざまな分析が聞かれるが、主演のエマ・ワトソンの貢献も大きかったのは間違いない。

ソーシャルメディアを積極的に利用するワトソンには、ツイッターだけでも2,400万人のフォロワーがいる。「美女と野獣」の最初の予告編が出た時、9,000万のヒットのうち、半分近い4,000万ほどは、ワトソンのSNSから流れてきたものだったらしい。サステイナブルなファッションを推進するワトソンは、「美女と野獣」のプロモーションツアー中、彼女が認めるブランドの服を次々着こなしては、この目的のために新たに作ったインスタグラムのアカウントに写真を投稿してもいる。

公開数日前には「その日まで、あと少し」、公開日には、あのイエローのドレスを着た写真とともに、「『美女と野獣』、本日公開!私がこの映画を作るのを楽しんだと同じくらい、あなたたちも楽しんで見てくれることを願っています。エマより愛を込めて」とツイートした。その興奮が、ファンの心をも興奮させたのだ。

「美女と野獣」の主人公ベルは、愛の力で呪いを解いてみせた。彼女を演じる女優もまた、劣らぬパワーを秘めているのである。

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「シュプール」「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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