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ハケンとマタハラ、混ぜるともっとキケン!~派遣法改正案は女性労働者の敵

佐々木亮弁護士・日本労働弁護団幹事長

最近の労働ニュースで一番ビッグだったのは、「マタハラ」(マタニティ・ハラスメント)に関する最高裁判決ですね。

判決文

妊娠降格、承諾なしは無効 最高裁マタハラ訴訟、差し戻し

マタハラ訴訟、審理差し戻し 最高裁

大変な反響のあった判決でした。

マタハラとは?

さて、あまり聞き慣れないかもしれませんが、「マタハラ」とはどういうことを指すのでしょうか。

マタハラ問題に取り組む団体(マタハラNet)によると、次のことを指すとしています。

「マタハラ」とはマタニティハラスメントの略で、働く女性が妊娠・出産をきっかけに職場で精神的・肉体的な嫌がらせを受けたり、妊娠・出産を理由とした解雇や雇い止め、自主退職の強要で不利益を被ったりするなどの不当な扱いを意味することばです。

出典:マタハラNetより

要は、女性労働者が妊娠・出産を理由として職場で理不尽な不利益を被ることを指すわけですね。

労働問題におけるハラスメントは、このほかにもセクハラ(セクシャル・ハラスメント)やパワハラ(パワー・ハラスメント)があります。これと合わせて、三大ハラスメントと呼ぶこともあります。

これらの中でもマタハラは、女性のみが被害を受けるという点で、セクハラ、パワハラとは若干違った特徴を持っていると言えるでしょう。

女性を保護する労働法はけっこうある

もちろん、マタハラという新しい言葉で最近脚光を浴びてはいますが、そもそも従来から法律でダメとされていることはたくさんあります。

しかし、

  • そもそもそんな法律なんて知らない
  • 法律を知っていても権利を行使できない
  • 権利を行使すると不利益を被るかもしれないので泣き寝入りせざるを得ない
  • 権利を行使したら本当に不利益を被った

ということが横行し、マタハラと呼ばれる悲しい現実が存在しているのです。

ちなみに、既にある法律の妊娠・出産に関する権利を思いつくままに徒然書くと、

  • 産前産後の休業(労基法65条1・2項)
  • 妊産婦の軽減業務(労基法65条3項)
  • 妊産婦の時間外労働(労基法66条)
  • 育児休業(育児介護休業法)
  • 妊娠出産を理由にした不利益取扱いの禁止(均等法9条)

このあたりがぱっと思いつきます。もっと、ちゃんと考えればまだまだあります。

働く女性はこうしたことを知っておいて損はありません(むしろ得することもあるでしょう)。

「いやいやいやいや、こんなん覚えられないです」

という人もいるでしょう。

安心してください。実は、女性に関する労働法の冊子を東京都が無料で配布しています。

「え?そうなの。でも、どこでもらえるの?」

と思うでしょう。

これは東京都の労働相談情報センターなどへ行けば確実ですが、無料でダウンロードもできます。

2014年版働く女性と労働法(ダウンロードできます)

この冊子、働く女性は必携といえましょう。

派遣労働は、派遣先が派遣労働者を切り放題できる雇用形態

さて、目先を変えてハケン、すなわち派遣労働を見てみましょう。

何度も言っておりますが、派遣労働は不安定の極致の働き方です。

言ってみれば、理由なく職を失うことのある働き方と言っても過言ではありません。

たとえば、P社という派遣会社から派遣され、派遣先A社で働く労働者のXさんがいたとします。この労働者を「気にくわないヤツだぜ。」とA社が思ったとしましょう。

A社の正社員であれば、気にくわないからといって解雇することはできません。解雇権濫用法理というものがあり、法律に定めがあります。もし、こんな解雇をすれば、あとで争われれば、解雇したA社が痛い目を見るでしょう。

しかし、「派遣」だとどうでしょうか。

「あいつ、気にくわないヤツだから、派遣会社を変えて、別の人にしよ~」ということができてしまいます。

やり方は、派遣先A社と派遣元P社との間の労働者供給契約を更新しなければいいだけの話です。派遣先A社は、別の派遣会社と契約して、違う人を受け入れれば無問題です。

さらに、もっと簡単に派遣元会社を変えないままに派遣労働者だけ変えるやり方もありますが、良い子が真似するといけないので、ここに詳しくは書けません。

いずれにしても、たった、本当にたったこれだけで、労働者を入れ替えることができる、それがハケンなのです。

それでは、マタハラとハケンを混ぜてみましょう

もう一度マタハラへ視線を戻します。

先日の最高裁判決も賛否両論あったことは記憶に新しいですね。

賛否の「否」にはひどいものもあり、「戦前かよっ!」というものもありましたし、田母神氏のようなトンデモ発言まであり、もう「あんた、誰から生まれたんだYO!」と言いたくなった女性も多かったことでしょう(たぶん)。

このように、女性が働くこと自体、さらには働く女性が妊娠・出産することに対して、やたらと厳しい見方をする人間が一定数いるというのが我が国の悲しい現実なのです。

だからこそ、「マタハラ」という新しい言葉で、社会がこの現実を直視し、被害者にそれがおかしいことなんだと気づいてもらう必要があるわけです。

そんな中、派遣法の改正案が通って、派遣労働者が激増(激増する理由はこちら)したら、女性の派遣労働者はどうなるでしょうか。

特に妊娠・出産する派遣労働者は、前と同じように働き続けることができるのか、とても不安になると思います。

もちろん、企業側も露骨に「妊娠」を理由として派遣切りするようなことはしないでしょう。何か適当な別の理由をでっち上げ、切ることになります。世の中の多くのマタハラはそういうやり口だからです。

また、妊娠・出産する女性の権利についても、いつ切られるか分からない派遣社員には、なかなか言い出せない現実があります。その中で、自ら職を辞することも少なくありません。

今でさえ、こういう現実があるのに、これに拍車をかけてどうするのでしょう。

マタハラがハケンと合わさることで、救いようのない暗い世界を生み出すことになります。

まさに、ハケンとマタハラ、混ぜるとキケン、なのです。

今、このような派遣労働者をさらに増やすことになる改正案が審議入りしています。

この改正案は本当にとんでもないので、廃案が一番です。

ぜひ、皆様も派遣法改正案に反対の声をお願いします。

*なお、本投稿のタイトルは「あすわか」からパク・・・拝借しました。そちらもよろしく。。(^_^;)

弁護士・日本労働弁護団幹事長

弁護士(東京弁護士会)。旬報法律事務所所属。日本労働弁護団幹事長(2022年11月に就任しました)。ブラック企業被害対策弁護団顧問(2021年11月に代表退任しました)。民事事件を中心に仕事をしています。労働事件は労働者側のみ。労働組合の顧問もやってますので、気軽にご相談ください! ここでは、労働問題に絡んだニュースや、一番身近な法律問題である「労働」について、できるだけ分かりやすく解説していきます!2021年3月、KADOKAWAから「武器としての労働法」を出版しました。

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