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「残業代ゼロ」法案(定額¥働かせ放題)推進派との議論で見えてきたこと その4(了)

佐々木亮弁護士・日本労働弁護団幹事長

お待たせしました(待ってない)。

その4です。

再び、私の出したフリップです。

BS11 報道ライブ21 INsideOUT 3月3日放送より
BS11 報道ライブ21 INsideOUT 3月3日放送より

この2番目ですね。

労働者の自由な時間が減る

労働者は自分で労働時間を決めることができるのか?

今回の制度について、八代教授は、「交渉力のある労働者」「自分で働く時間が決められる裁量を持っている労働者」という趣旨のことを盛んにおっしゃっていました。

たしかに、こういう労働者は全く存在しないとまでは言いません。

しかし、どんなに収入が高かろうと、権限があろうと、業務を与えるのが使用者である限り、労働者が自由に労働時間を決められることは、極めてまれといっていいでしょう。

それはなぜか。それは、労働契約とはそういうものだからです。

労働契約とは、労働者が使用者の指揮命令下にあって労務を提供し、その対価として賃金を受領する契約です。

したがって、労働者には、使用者の指示に従う義務があり、使用者には労働者に賃金を支払う義務があるのです。

もちろん、指示に従う義務といっても、何でも従わねばならないわけではなく、合理性が要求されます。

たとえば、「死ね」という指示には従う義務はありません。

しかし、業務に関連して、合理性のある指示であれば、原則としては従う義務があるわけです。

こうした労働契約の本質からの帰結は、実際に残業をする理由を尋ねた調査結果からも裏付けられます。

データ上も明らかな残業をする理由

前にも紹介した、なぜ残業するのかという調査、再びトップ3を紹介しましょう。

東京都が実施した「中小企業等労働条件実態調査」(2008年)です。

この調査結果では、時間外労働を行う主な理由のトップ3はつぎのとおりです。

1位「業務量が多い」(40.4%)

2位「自分の仕事をきちんと仕上げたい」(35.9%)

3位「所定外でないとできない仕事がある」(17.7%)

独立行政法人 労働政策研究・研修機構「仕事特性・個人特性と労働時間」調査結果(2010年12月7日)では、トップ3は以下の通りです(管理職と非管理職とで分けて調査をしています)。

1位 管理職・非管理職ともに「仕事量が多いから」

(管理職63.9%、非管理職62.5%)

2位 管理職・非管理職ともに「予定外の仕事が突発的に飛び込んでくるから」

(管理職36.0%、非管理職31.2%)

3位 管理職「自分の仕事をきちんと仕上げたいから」(30.9%)

非管理職は「人手不足だから」(30.2%)

これら2つだけではありません。

最近の調査でも、「所定労働時間を超えて働く理由」としてのトップ3は、

1位 仕事量が多いから 62.4%

2位 予定外の仕事が突発的に発生するから 28.1%

3位 人手不足だから 26.9%

となっています。

働き方・休み方改善指標13頁より)

民間の調査でも同様の結果です。

たとえば、レジェンダ・コーポレーション株式会社が実施した調査でも

1位 自身に任される仕事量が多い 61.6%

2位 残業時間帯に会議や準備等をしないと仕事が進まない 31.2%

3位 仕事の難易度が高い 25.1%

2014年 若手社会人「残業に対する意識・実態調査」結果より)

となっています。

どの調査でも、1位は「仕事量(業務量)が多い」となっていることが分かると思います。

労働者に時間管理をまかせれば労働時間は減るか?

逆に、仕事量については現在のまま特に規制なく、時間管理だけを労働者に委ねると労働時間は減るでしょうか?

これは前回も指摘した通り、減らないことが明らかになっていますね。

時間管理のない労働者(1カ月の労働時間)

221時間以上が43.4%

281時間以上が21.2%

裁量労働制・みなし労働(1カ月の労働時間)

221時間以上が50.8%

281時間以上が17.7%

通常の勤務時間制度(1カ月の労働時間)

221時間以上が25.2%

281時間以上が 5.6%

(「働く場所と時間の多様性に関する調査研究」より)

結局、残業代が出ない働き方や、残業代を一定として労働時間をみなす働き方にすると、現実の労働時間が長時間化することがわかります。

この理由として、仕事量(業務量)を労働者がコントロールできないことにあることは、先に挙げた残業をする理由とあわせてみれば、明らかだと思います。

残業命令は断れるのか?

でも、残業なんて断ればいいじゃないか?

と、思うかもしれません。

しかし、最高裁判例では、合法的な残業命令には従う義務があるとされ、これを断った労働者の解雇を有効とした例もあります(日立製作所武蔵工場事件(最高裁平成3年11月28日判決))。

まぁ、この判例の結論の是非を脇に置くとしても、実際の職場で通常の労働時間で終わらない量の業務を命じられても、それをきっぱりと断ることは難しいのが現実です。

そして、実は、この最高裁判例と、この新しい高度プロフェッショナル制度を組み合わせると、おそろしいことになるのです。

前にも書きましたが、この制度の健康確保措置の選択のしようによっては、

13時間、休憩なく、360日働かせてもOK

*インターバル規制を11時間と仮定し、有休義務化5日を前提とした場合

256日は24時間以内であればいくらでも働かせ放題

*365日-(104日+5日(有休義務化分))を想定した場合

などが合法となります。

これだけでも滅茶苦茶なわけですが、先の残業命令に従わなかった労働者の解雇が有効になった例と合わせると、上記の働かせてもよいという期間内に、使用者から業務命令が来ても、断ることができないという結論になってしまうのです。

したがって、この制度は労働者の自由な時間を減らす制度だということができるわけです。

ブラック企業を加速させる

最後のブラック企業を加速させるという点ですが、既に説明したとおりの制度なので、残業代不払いのブラック企業の行為を合法化するものとなるので、加速させると指摘しました。

もっとも、最初は年収要件等がありますので、すぐに影響が出ないでしょう。しかし、この対象が広がるだろうことについては、既に指摘したところです。

(もし、出るとしたら、同時に導入される営業職への裁量労働制の対象拡大の方でしょうね。実はこちらの方が即効性がある分だけ深刻だったりします。)

なお、八代教授は、ブラック企業ばかり見てるとまともな制度を議論できない、ということをおっしゃっていましたが、それは労働基準法のなんたるかを理解していない発言です。

労働基準法は労働条件の最低基準を決めている法律です。

この最低基準のところを緩めれば、ブラック企業が喜びます。

たとえば、交通事故が定期的に起きている交差点の信号を「大半の自動車は安全運転だから撤去してしまおう」というようなものです。

そういう問題ではないですよね。

この制度の議論はこれからが本番!

いずれにしましても、国会での論戦はこれからです。

非常に、労働者の健康や命にとって、危ない制度であることを知ってもらいたいと思います。

また、労働者の自由な時間が減れば、消費が鈍って景気も悪くなるし、少子化にも拍車がかかるし、家庭生活もなおざりになりかねません。

アリの一穴をも許してはいけないと思います。

是非、注目をお願い致します! (^o^)ノ

弁護士・日本労働弁護団幹事長

弁護士(東京弁護士会)。旬報法律事務所所属。日本労働弁護団幹事長(2022年11月に就任しました)。ブラック企業被害対策弁護団顧問(2021年11月に代表退任しました)。民事事件を中心に仕事をしています。労働事件は労働者側のみ。労働組合の顧問もやってますので、気軽にご相談ください! ここでは、労働問題に絡んだニュースや、一番身近な法律問題である「労働」について、できるだけ分かりやすく解説していきます!2021年3月、KADOKAWAから「武器としての労働法」を出版しました。

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